モフモフしちゃうぞの巻
――困ったわ。こんなになっちゃったし、言葉は話せないし……――
クレアは困り果て、一旦歩くのを止めた。
――ぐぅぅぅ――
――お腹も空いたわ。ん? くんくん……何かいい匂い――
クレアはその匂いに釣られ、オイルにまみれた石畳を通り抜けた。
白い毛並みも、オイルですっかり薄汚れてしまった。
しかし、そんなことはお構い無しに、慣れない手足で匂いの方向へと急いだ。
――何だろう、このいい匂い。お肉かなぁ――
クレアがそんなこと思っていると、不意に何者かがつまみ上げた。
「おい、気を付けな。ここは人間共の住みかだ。逃げるぞ」
「ば、化け猫~、離してよ」
「失礼な、俺はペルシャ猫のジェイムだ。助けてやって、それはないだろう」
「アンタ、あたしの言葉がわかるの? あたし、人間よ」
「可笑しなことを言う奴だな。俺には、お前がハムスターにしか見えないけどな」
クレアは、ハムスターにされたのを忘れ、自分が人間だと言ってしまった。
ジェイムはそれを信じるはずもなく、鼻で笑う。
「あたしを何処に連れて行く気?」
「うるさい、姉ちゃんだな。ほれ」
ジェイムはクレアを放り投げ、背中に乗せた。
「うわ~。モフモフしてる」
「お前だって、モフモフしてんだろ?」
「お前じゃないもん。クレアだもん」
「それはそうとクレア、何でこんな危険な所にいるんだ?」
クレアは、ありのままをジェイムに話した。
「にわかに信じがたい話だけど、信じるよ」
「何よ、せっかく話してあげたのにその態度」
「シッーっ! 人間だ。隠れるぞ」
ジェイムはクレアを背中に乗せ、人通りの少ない路地裏まで駆け抜けた。
「ここまで来れば、安心だ。そういや、腹減ってないか?」
「うん……少し」
「じゃ、飯にしよう。とびきり美味いステーキをご馳走するぜ」
「本当に~。ジェイム、ありがとう」
「腹減ってると、やけに素直だな」
「うるさいわね~。さっさとご馳走しなさいよ」
「へいへい」
ジェイムは再び駆け出し、オイルが流れ出る水路へと足を運んだ。
「ちょっと、ここで待ってろ」
場所が場所だけに不安はあったが、行く宛のないクレアは、一人ジェイムの帰りを待った。
「おっそいわね。何分待たせるつもり?」
ジェイムが姿を消して五分も経たないのに、クレアは苛立っていた。
その苛立ちが頂点に達した今、クレアから平常心というものを奪っていた。
暗がりにポツンと光が二つ。
「ジェイム? ジェイムなの?」
クレアはその光に向かって呼び掛けた。
「フギャー」
しかし、その先にいた何者かは、クレアの姿を見るなり飛び掛かって来た。
「ちょ、ちょっとぉ、ジェイム~! 助けなさいよぉ」
「フギャー、フギャー」
クレアは、その何者かに両手を押さえられてしまった。
「アンタ、何なのよ。あたしなんか食べても美味しくないわよ」
「フギャー」
クレアが言うも、ジェイムのように言葉が通じないようだ。
見方によっては猫にも見えるが、それこそ化け猫だ。
「もう……助けてよぉ……」
クレアは諦めにも似た言葉を発すると、抵抗するのを止めた。
――タッタッタッ――
何処からともなく、力強い足音が聞こえてくる。
「やめろ――っ! クレアを離せ――っ!」
足音の主はジェイムだった。