許さないんだからの巻
――ギィィ――
クレアは、意を決して丸太小屋のドアを開けた。
視界に入った暖炉の火は、ゆらゆらと揺れているが人の気配はない。
恐る恐る中へ足を踏み入れると、クレアの意思とは関係なしに、体が奥の部屋へと引っ張られる。
「ちょ、ちょっと、どうなってんのよ」
引っ張られた奥の部屋へ辿り着くと、そこには怪しげな液体をかき混ぜる、黒ずくめの老婆がいた。
「アンタ、誰?」
「おやおや、勝手に上がり込んで来て、随分じゃないのかね」
「勝手に? ここはナップの家よ。ナップは何処?」
「ナップ? あぁ、あのうるさいネズミかい? あんまりうるさいから、石にしてやったよ。ほれ、これじゃ」
――ゴロン――
老婆は懐から石化したナップを取り出すと、床へ放り投げた。
「ひっど~い。もう許さないだからね」
クレアは、魔法の杖を取り出し構えた。
「私に楯突く気かい?」
「あ、当たり前よ」
「おや、震えてるじゃないか?」
老婆の言うことは、あながち間違ってはいなかった。
水の魔法を習得していたクレアだったが、この一年ただの一度も魔法を使ったことがなかったのだ。
更に老婆は続ける。
「子供が中途半端にそんなもの使っちゃ駄目だ。命を落としかねないよ」
「ほ、本気だもん」
クレアは老婆に対して引き下がらなかった。
「そこまで言うなら、やってみな」
老婆は、挑発的な言葉を発した。
クレアは身の危険を感じ、魔法を唱える。
「アクア――っ!」
クレアの放った水の魔法は、老婆に届く前に流れ落ちた。
「あ、あれ?」
「何と情けない……水の魔法ってのはね、こうやるんだよ! アクア――っ!」
老婆は無詠唱で、水の魔法を放った。
「きゃぁ」
クレアは激しい水圧に押され、部屋の壁に叩き付けられた。
「ふん、生意気な小娘が。……さて、どうするかね……ふむ、ちょうどいい……今出来たばかりのこの『呪いの樹液』の効果を試そうかね」
老婆は、グツグツと煮だった緑色の液体をお玉で掬い上げる。
そして無抵抗のクレアに、その液体は注がれた。
――ジュァァ――
何とクレアは、白い毛並みのハムスターになってしまった。
「上手くいったね。しかし、ここまで柔らかな毛並みで、モフモフしてるのは、好みじゃないね~。いっそ、食ってしまおうか?」
「ふまふま……」
――言葉が話せないわ。どうなってんのよ――
「何だい、うるさいね」
老婆はハムスターになったクレアをつまみ上げ、窓の外に向かって放り投げた。
「それ――っ! 楽しい余生を過ごしな。ヒッヒッヒ……」
「ふまふま――っ!」
勢いよく飛ばされたクレアは、空中で気を失い、流れに身を任せた。
――ポムン――
何処まで飛ばされたのだろうか?
幸い、モフモフした毛並みがクッションになり命は助かったが、そこはクレアが見たこともない場所だった。
オイルと鉄臭さが混じり合う、薄汚れた空気。
――ケホッ、ケホッ。困ったわ~。人間に戻る方法を考えなくちゃね。それよりここは何処だろう――
クレアは、急激な不安に襲われた。
しかし、今はただ現状を把握するべく、短くなった手足で必死に駆けずり回った。
「ふまふま、ふまふま」
――誰かいないの? ――
クレアのか細い声に、反応する者はいなかった。