ツンデレ王女クレアの巻
伝説の勇者が魔王を倒し、早一年が経とうとしていた。
伝説の勇者の発祥の地、ここ『ベスタニャ王国』では、連日のように旅人が訪れ、勇者の石碑に祈りを捧げていた。
「まったくぅ、どいつもこいつも勇者様~って。あたしだって活躍したんだからね」
ベスタニャの城下町を見下ろせる、強固な佇まいの城の一室から顔を覗かせているのは、この国の王女『クレア姫』である。
先の戦いで彼女は、勇者達を雇い自らも戦場に赴いた。
見た目は大きな瞳に、ブロンドのツインテールが特徴的で、誰が見ても美しいと思えるほどだ。
しかし、天は二物を与えなかった。
それに比例するほど、誰が見ても貧乳なのだ。
もちろん、彼女の前で『小さい』とか『真っ直ぐ』なる言葉は御法度である。
それが理由で、何人もの兵士が牢獄行きになったのは言うまでもない。
「姫様には、困ったものだ」
そう管を巻くのは、彼女の召使い兼、大臣のジルバーグだ。
ジルバーグは、クレアのおてんばぶりに度々頭を悩ませていた。
「ジル、街へ出たい」
「姫様、いけません。先日も外出を許可した際、神父様の背中に蛙を入れる悪戯をしたではありませんか? 王様に如何なる時も、姫様を外に出してはいけないと言われたばかりです。諦め下さい」
「もう、ジルは冷たいよ」
クレアが街に繰り出すと、途端に城下町は混乱の渦に巻き込まれる。
幼少の頃からずっと、十五歳になった今もそれは変わりない。
「あたしだって、考えがあるんだからねっ!」
ジルバーグにそう捨て台詞を吐くと、クレアは自室を出ていった。
こういったことは日常茶飯事で、ジルバーグは直ぐ様見張りの兵士と連携を取った。
しかし、日没を過ぎても、クレアを見つけ出すことは出来なかった。
『ツンデレ王女のモフモフは誰のモノ?』
クレアは秘密の地下通路を経由し、裏門から城の外に出ていた。
城の外に出るのは一年ぶりである。
一年前は、勇者達がいたのを口実に外に出れたが、今は勝手が違う。
外の世界に憧れていたクレアは、いつか再び外の世界に出たいと常々考えていて、今日遂にそれを実行させたのだ。
「あたしに掛かったら、簡単なんだから」
クレアは、自分自身を褒めながら、ベスタニャ王国に程近い精霊の泉を目指した。
精霊の泉には、先の戦いで仲良くなった『水の精霊ナップ』がいた。
ナップは水の魔法のスペシャリストで、クレアに魔法を教えてくれた師匠でもある。
因みにナップは、人間界でいうネズミのような容姿だ。
「あ~あ。早くナップに会いたいな」
ドレスの裾を気にしながら山林を潜り抜けると、そこには小さな丸太小屋があった。
そここそが、ナップの住みかであり、クレアがナップと出会った場所でもある。
クレアは、その丸太小屋が視界に入ると駆け出した。
「ナップ! あたしよ。いるんでしょ?」
しかし返事はなく、クレアの声はかき消されていった。
――バサバサ――
クレアの頭上を、コウモリが横切る。
「きゃぁ、コ、コウモリなんて怖くないんだからね。甘くみないで、あたしはクレアよ」
クレアは、恐怖心を打ち消す為に声を張った。
「ナップ……いないのかな……」
クレアは心細くなり、一人で城を抜け出したことを後悔していた。