ネトウヨ物語
事実も少し混じっていますが、あくまでイメージのお話です。
ある日の昼下がり、編集部のデスクで新人君が怒鳴られています。
「まったくお前は何を考えているんだ?」
「はあ、すいません」
「大体なんだこの記事は? いいか、ネトウヨに関する記事を書く時は編集部の意向は最後にちょこっと付け足すぐらいでちょうどいい。大部分は有識者のコメントで埋めて、必要な部分を切り取って貼り付けるだけでいいんだ。誰が有識者か知らなければ、編集部のデータバンクに入っているからそれを使え。欲しいコメントを逆引き出来る検索機能付きだ。なのになんで自分で全部書いた?」
「はい。編集部のスタンスを明確にしようと思いまして」
「10年早いんだよ!!」
「八極拳使い?」
「何わけのわからんことを抜かしてやがる。いいか、今はネトウヨバッシングがおいしい時期なんだ。広告代理店からも強くプッシュされている。今は広告費もネットに流れるし、情報も向こうが早くてうちみたいな週刊誌は売上が右肩下がりだ。だからネットの印象を思いっきり悪くして、週刊誌からネットに流れる読者を少しでも食い止めるんだ。幸いにもニュースを扱うネットメディアはまだまだ新聞雑誌からネタをもらって記事を作っている段階だ。奴らにおいしいスクープをモノに出来る実力はねぇ。やり方次第でいくらでも盛り返せる。なのにお前はくだらない記事を書いて満足してやがる。自分の記事を読んでみろ」
「はい。現在巷間で勃興するネトウヨと呼ばれるインターネット上の右翼言論活動家の方向性は特定アジアと呼ばれる儒教文化圏諸国家への批判に終始し、あらゆるインターネットメディア上で国際的な衝突を繰り返している。これらの衝突の根底には互いの国から発信される大手メディアの情報記事があり、双方が確固たる情報リソースを元に議論を展開している。また、各国政府が発表しながらもメディアで取り上げられなかった一次情報も多数取り揃え、決して表層的な感情論に陥ることなく、時間的な幅を持った重厚な考察が為されることもしばしばである。従って、それらの議論を経て結成された在日特権を認めたくない会、通称在認会の主張には明確な論拠があり肯かされる場面が多々ある。惜しむらくはそれらの過去の議論を経ずに主張のみを受け入れた層が張り上げる感情的な声であり・・・」
「もういい! そんなことは考えなくていいんだ。奴らネトウヨは何も考えていない差別主義者で外国人に職を奪われた哀れで醜く性根の卑しい魂の腐った連中なんだ。ネットは議論の場所じゃない。ただの通信技術でそこから生まれる考えに価値などはない。価値の無い考えに頭の悪い連中が振り回されているだけだ」
「でも、職を奪われたことが原因なら、中華系も叩かれるはずですよね?」
「こまけえことはいいんだよ!」
「どっかのタレント知事みたい」
「黙れこの青二才。いいか、ネトウヨを記事にする時はヨーロッパの外国人排斥運動と絡め、ヘイトスピーチを繰り返す差別主義者として扱うんだ。奴らの主張は切り刻んで正確に伝わらないようにしろ。どうせ中身はないんだから構わん。たとえ何かの間違いで中身がありそうでも決して記事にはするな。むしろ街の声を拾って印象だけを記事にしろ。周りが厚化粧のババアばかりでも、広い年代の声を拾うんだ。なければ千葉でも群馬でも行って拾え。街の声に変わりはない。意見さえ集めれば取捨選択はこちらの自由だ。ただ、捏造はするな」
「交通費出ます?」
「歩け。ひたすら歩け。健康のために歩け。それと有識者のコメントを載せる時はネットと関わりの深い連中は避けろ。ネットの扱いがよくわからなくて、今でも紙媒体を頼りにしているありがたい大御所なんて腐るほど余っているから、そいつらのコメントを取ってこい。ネット時代だ何だで寂しい思いをしているから、阿吽の呼吸で上質なコメントが採取できる。ランクを上げれば特上コメントの大振舞いだ」
「そのうち天鱗とか龍玉も出てきそうですね。爺級だと」
「よくわからんがそういうことだ。どうしてもネットに詳しそうな識者が必要なら、よその出版社や新聞社が共同認定したネット専用コメンテイターを使うんだ。それ以外の詳しそうな奴らは何をしゃべるかわからないし、手間と金の無駄だからな。特集で半島バッシングをする時は上から素材が提供されるからそれを使えばいい。枠ギリギリで読者を満足させるネタが既に用意されている。それ以上のことは書かないし、書いちゃまずいんだよ。だからお前も余計なことは書くな。読者がネトウヨを見下して自尊心を満足させる記事にすりゃいいんだ。抗議の電話なんか派遣に相手させればいい。どうせひきこもりのキモオタが母親以外の女の声を聞きたくて電話しているだけだ。いいか、ネトウヨすなわち惨めなキモオタだ。それ以外はいくら数が多くても希少な例外だ。希少種なんだ。わかったな。これを肝に銘じてネタを拾ってくるんだ。さあ、いってこい!」
街に出た新人君は学生時代の先輩とばったり出会いました。
「おお、久しぶりだねぇ」
「先輩、ちーす」
「どう、あそこの出版社は慣れた?」
「今でも毎日怒られています」
「ははは、それも新人時代の特権さ。期待されているから厳しくされるんだよ」
「先輩の新聞社でも毎日怒られているんですか?」
「今さらそんなのないよ。選挙が近い時はピリピリするね」
「やっぱり投票日がヤマですか?」
「それだけじゃないよ。衆議院の小選挙区や参議院の選挙区では選挙中なら五回まで新聞広告を出せるんだ。それも税金でな。支払いも候補者を通さずに直接選挙管理委員会から来るから取りっぱぐれ無しの大儲け。これがお得意様なら値引きもありだけど、候補者も他人の金だからそんなことはしやしない。おまけに政党からは比例代表の名簿登録者数に応じて税金から新聞広告代が出るんだ。候補者なんて票が取れなければ供託金は没収され、ハガキもビラもポスターも全部自腹になるってのに、こちらへの支払いは選挙管理委員会がしっかり保証してくれる。あんな広告、誰も読まないのにね。まあ、読んでも読まなくても、あのでかいだけで中身の無い広告にきっちり税金から払っているんだから、それがもったいなかったら読者はもっと選挙広告をありがたがって読むべきだな。広告抜きにしても、選挙はなんでもネタにしやすいし、読む方も動向が気になるから本当に有難いよ。ま、そんな選挙でおいしい思いなんて毎年あるわけじゃない。でも紙面で政権与党を叩いて何度も解散総選挙を煽れば、その内に効果も出るってもんさ」
「いいなあ。週刊誌なんてそんなに広告来ないもん」
「当たり前だろ。週刊誌と新聞じゃあ格が違うんだよ。新聞はな、社会の木鐸なんだ。何も知らない無知蒙昧の読者に必要な情報を毎日届けて教育しているんだ。しかも分かり易い解説と社説まで付けてな。うちのコラムなんて試験問題に採用されるほど中身が濃くて格式が高いんだぜ。まさに社会の公器、国家を支える情報の背骨だ。そんな新聞社が赤字で傾くなんて国の損失だよ。赤字分は税金で補填してもいいくらいだ。全部で毎年500億もあれば足りよう」
「でも最近はインターネットに押され気味だよね」
「それは週刊誌も同じじゃないか。だいたい、ネットのニュースだってほとんど新聞社が中心になって配信しているんだ。海外に紹介される記事も基本的に新聞社の見解が中心で、雑誌の記事なんていかがわしいネタしか扱ってくれないだろ。日本に配信されて来る海外ニュースも新聞社の記事ばかりだ。世界はな、新聞社が中心になって情報でつながっているんだ。インターネットなんてそのおこぼれで騒いでいるだけさ。いいか、世界の中心は新聞社なんだ」
「でも、変態扱いされて大変な新聞社もあるよね」
「あそこは自業自得だな。この間もそこの記者と一緒に飲んでいたけど、隣で合コンしていた女子大生が、もう変態、と言っただけで、全身から汗を流し、白目をむいて手を震わせていやがった。とにかく言葉で食っているから、余計、言葉に敏感なんだな。最近は部数も落ち込んでいるし、さっさと潰れてくれればこちらもライバルが消えて売上が上がるんだがな」
「わあ、冷酷。週刊誌なんてわざと発売日を重ねてライバル関係で煽っているのに」
「そんな手法古い古い。新聞社はな、お互いにスクープを抜け駆けしないように現場の記者が情報を交換して協力しあっているんだ。で、余った情報をお前ら週刊誌の記者に格安で譲ってやっているんだ。新聞の紙面にはふさわしくない内容でも紙面を埋めるときに助かっているだろ。ほら、うちって高級紙、クオリティペーパーだからさ、下劣なネタなんか載せられないし、下手な記事を載せて第二の変態新聞なんて笑われたくないからさ。ハハハ」
「ネットでは永遠に残っちゃうし」
「それが難点なんだよな。特にうちの社なんかネトウヨに目の敵にされているから、本社の社員じゃなくても配達店のバイトや勧誘員の不祥事まで集めてまとめサイトとやらで晒され続ける。ほんと、鬱陶しいよ。そもそもネットがあるからと言って、誰でも言論活動をしていいはずがない。こちとら言論のプロなんだ。きちんと要点をまとめて意見を伝えられるプロだけに言論活動を限定するべきなんだ。なんなら免許制度にしてもいい。それ以外のくだらない書き込みやブログは警察が取り締まって削除したほうが世の中のためにもなる。感情垂れ流しの意見なんて誰も聞きやしないけど、数が多いとそれなりに影響があるのも事実だ。大衆なんてまともに考えることもせずに周りの空気に流されるだけ流されて、たまたま目についた自分に都合のいい意見を自分のものと勘違いして喚くだけの軽薄な集団だ。ネトウヨなんてのも無職ニートのひきこもりが自分の低能力を棚に上げて優秀な人材に嫉妬して言論のプロである新聞社にじゃれついているだけさ。むしろそんな哀れで怠惰な連中のために新聞社は頑張っているんだけどね。今もろくな収入がない低所得者層のために格差是正のキャンペーンを企画しているところだよ。どうせ政府の連中は机上の空論で官僚に作文を書かせるだけだし、この手の格差是正キャンペーンは何度でも使えるから本当に便利・・・・・ちょっと待ってね電話だ・・・・・ああ、俺だけど。え? まだキャンペーンの資料が集まっていない? 何やってんだよ俺の原稿を書く時間を削る気かよ。下請けのくせにトロいんだよ。こっちは貴重な時間を割いて記事を作っているんだよ。年収300万のあんたと1000万超えの俺とじゃ時間の価値が違って当たり前だろ。言い訳せずにさっさと収集と分類を済ませておけ。わかったな・・・・ふう、人を動かすのも楽じゃないぜ」
「貧乏人の相手は疲れますね」
「まったくだ。昔は貧乏暇なしなんて言われていたが、今では貧乏人が暇にあかせてネットにゴミみたいな意見を流し続けていやがる。同じ文字を読むのなら新聞を購読して読んだ方がはるかに知的レベルが高まるってもんなのにな。なにせこっちは言論のプロだ。重要な情報を短く的確にまとめて読者に教えてやっているんだ。それなのにネトウヨみたいな貧乏人どもは新聞の意見をあげつらって笑いものにしようと企んでいるし、部数が減ればそれだけでお祭り騒ぎで喜びやがる。どこも暗黙の了解でやっている押し紙まで公然と晒してくれるし、まったくやりにくい事この上ない。押し紙なんて、うちよりひどい新聞社もあるのに、ちょっと右寄りの意見を出すだけで擁護される始末だ。ああいうネトウヨを見ていると戦前のひどい日本が復活しそうで身の毛がよだつね。温和なアジアの人達を奴隷化し、虐殺につぐ虐殺を重ねてその生き血で繁栄を築いた日本帝国主義を肯定するネトウヨどもは、もっと我が社の新聞を読んで歴史を学ぶべきだな。幸いにも我が社は日本が悪行を重ねたアジアの国々とも仲良くやっているから、その気になればいくらでも現地の証言が集まるし、政府には出来ない民間外交を一手に引き受けている。日本が過去に強制連行して苦しめた外国人の子孫を言論で守ってきたのも、その外国人の人権と日本で生きる権利を日本で主張してきたのもうちの新聞社だ。日本の大使館は目の前に少女の像を立てられて憤っているが、むしろ我が社の周りに隙間なくズラリと並べて過去の日本の悪行をもっとアピールしたいぐらいだ」
「わあ、歩くのに邪魔くさそう」
「そんなことを言ってはいけないよ。日本の悪行は永遠に語り継がないといけないんだ。決してどこかの国に接待されているわけじゃないぞ。日本を擁護しても政府は当たり前に受け止めるだけだけど、特定の国を擁護するとおいしいお酒が飲めたり山吹色のお歳暮が届いたりするわけじゃないんだからな。勘違いするなよ。そんなことは絶対にないからな。でもまあ、美味しいハチミツはありがたい。そうそう、今夜、俺の先輩と一杯やるんだ。お前の先輩でもあるからおごってくれるぞ。いくか?」
「ゴチになります。先輩」
手ぶらで編集部に戻って散々絞られた後、新人君は先輩と一緒にタクシーに乗って高そうなお店に入りました。
「ども、ご無沙汰しています、先輩」
「ちーす、先輩の先輩」
「ギャハハ、よく来たな。ま、好きな酒を注文しろや。なんなら女を注文してもいいぞ。モデルの卵でもなんでも呼びたい放題だぞ」
「さすが、テレビマンは違いますねぇ」
「ギャハハ、当たり前だろ。テレビは新聞や雑誌と違ってメディアの王様なんだ。リモコンひとつでいつでもタレントや芸人を拝み放題。タレントになりたい奴ってのはな、要するにテレビに出たい奴ってことなんだ。映画なんてただの箔付け。テレビに出てレギュラー持って、司会者になるのが芸人連中の上がりなんだ。ま、俺ぐらいバリバリ出世すると、その上がりも俺様の胸先三寸なんだがな」
「ふうん、すごいんだ」
「ギャハハ、この坊主はまだ良くわかっていねえみてえだな。いいか、ネットだケーブルだ衛星放送だと騒いでいるが、その中心にはテレビがデンと居座っているんだよ。それ以外は全部テレビ業界のおこぼれで食っているんだ。動画投稿サイトが注目されているというが、著作権違反でどれだけの動画を削除させてきたと思う? 素人が作った動画とプロが作った動画の差は歴然としているんだ。誰もが見たくなるのはプロが作った洗練された映像なんだよ。それに新聞や雑誌は外国には直接通用しないが、映像なら凄さが直接伝わるんだ。それは外国から日本の場合も一緒で、衝撃映像はどこの国でも衝撃映像なんだよ。尺が足りない時は同じ映像を繰り返して誤魔化すがな」
「羨ましいですな。新聞で同じ事をクドクド書いたら抗議の嵐ですよ」
「ギャハハ、抗議の嵐って、それは読んでくれている証拠じゃねえか。むしろ感謝しろよ。テレビなんて、特に朝の情報番組なんて、朝飯作る主婦が時報の代わりに点けている場合も多いんだぜ。それでもスイッチが入っているからありがたいけど、ゴールデンタイムみたいにみんなが集まって見ているわけじゃねえ。だからこっちもそれに合わせて作るしかない。まあ、天気の話題を何度もしたり、定期的に時刻を告げるだけで便利がられるから悪い話じゃねえな。女がマジメに気にして見ているのは占いコーナーぐらいじゃないか?」
「占いも地デジになっても中身が変わらないし」
「ギャハハ、懐かしい話題だね、地デジ。最初に総務省がぶちあげた時は局内も慌てたものだが、結局地デジ移行の費用もかなり税金で助けてくれたし、政治家とのコネって大事だよな、うん。広告代理店もテレビ局でも政治家や官僚のボンボンをたっぷり受け入れて食わせているから、これぐらい当たり前だけどね。そもそも新聞や雑誌、ネットだってそうだけど、それらと違ってテレビは電波使っているから放送免許が必要なんだ。何しろ電波ってのは帯域が決まっているからきちんと国が管理して割り当てないとおかしなことになる。印刷媒体と違って、国のお墨付きで商売やっているんだし、免許の更新も放送設備さえしっかりしていればどんな内容を放送しようと、とやかく言われる筋合いはない。言論の自由も表現の自由も全部こっちの味方だしな。地デジで電波が有効に使えるようになっても利権は業界でがっちり固めているから、実質的に新規参入は不可能だ。携帯電話だって新規参入の壁がどれほど高かったか、身をもって経験した会社があっただろ? テレビ局の新規参入なんてそれ以上に高い壁だぜ。ま、視聴者もろくにいねえ地方じゃ、新しい局もできるが、そんな地方の事情なんて知ったこっちゃないがね」
「さすがに東京キー局は格が違いますね」
「ギャハハ、わかっているねぇ。でもね、テレビ局だけじゃないでしょ。日本はね、東京とそれ以外でぜんぜん違うの。新聞だって雑誌だって東京から離れられる? そんなの無理だろ。政治も経済も芸能も東京を抜きにして語れないのが日本なんだよ。外国人が観光したがる都市ってどこ? 一番は東京なんだよ。日本を代表する大学のほとんどが東京だろ。地方で勉強して東京の大学を目指し、そのまま東京に居着く若者がどれほどいる? そのまま東京に才能と若さを捧げて使い物にならなくなったら地方にお引き取り願う。これが日本の仕組みなんだ。別に学生に限った話じゃない。きらびやかな芸能界や東京のファッションで地方の若い女を魅了して上京させ、その中からおいしそうなのを選んでみんなで頂く。芸能界へ憧れを抱く女はデビューを夢見てこちらの言いなりだし、年をとったらうまく言いくるめて手軽にポイ。どうせ次から次へと若い女が東京を目指すんだから、飽きたら次の女に夢見させるだけ。こっちがポイした女なんて誰も話題にしないし、視聴者が見るのは俺達が選んだ幸運な女達だけだ。これね、もうすっかりシステムとして完成しているんだよね。だから群がってくる連中も多いけど、そういう連中とうまく付き合うと、これまたおいしいんだよな。こんな役得、新聞にも雑誌にもないだろ。テレビマンの特権なんだよね。雑誌は本屋で買うしかないし、新聞だって契約が必要だ。しかしテレビはスイッチひとつでつながるし、おまけにタダ。利権は政府が保証してくれるし、キー局の新規参入もない。広告税とか電波オークションの声もあるが、そんな政治家はニュースで叩いて潰せばいい。いやほんと、安全すぎて笑いが止まらない毎日だよ」
「ふうん。でも、視聴率が下がっているよね」
「こら、そんな失礼なことを口にするんじゃない」
「ギャハハ、いいんだよ。視聴率を調査しているのは広告代理店の子会社だ。今この時間、家でテレビ見ている人数と外にいる人数、どちらが多いと思う? でも、視聴率でそんな低い数字は出ないだろ? 今の俺達もテレビは見ていない。だけどそこそこの数字は出る。つまりはそういうことさ。昔は真面目に数字を出すニールセンなんてのもいたが、みんなで力を合わせて追い出してやったよ。テレビ局、広告代理店、おまけにスポンサー企業まで協力しての日の丸防衛隊。あの時は本当に痛快だったね。そりゃ、視聴率が下がって役員から愚痴られる時もあるさ。でもテレビでCM出したい企業なんて掃いて捨てるほどあるんだよ。イメージが良くないサラ金様パチンコ様でもテレビのCMで親近感が増してどかどか顧客が増える。ソーシャルゲームでも健康食品でもCMを出す出さないでまったく違うんだよ。選挙の時は政党も先を争ってCMを打つだろ。党首連中がわざとらしい笑顔でくだらないキャッチコピーを口にするやつ。あんなので投票先を変える有権者なんていないだろうと考えるだろうが、実際にはどうだと思う? まあ、ここをはっきり口にするほど俺も野暮じゃないけど、他の党がCMやっているのにこちらだけ出さない、というわけにもいかないから、どの政党もどんどんCMを出してくれる。その一部の金は政党助成金からも出ているので、納税者としては払った税金が戻ってくるのでありがたいけどね。本当にCMを出すスポンサー様なんて千差万別、宗教団体だって出してくれる。おまけに直接表に出てこない裏のスポンサー様もこちらの懐を潤してくれる。広告料がネットに取られているとか言うけど、こっちは新規参入もない業界なんだ。無限に増え続けるネットのサイトとは、その濃さが全く違う。ネットの検索ワードもテレビの影響でどんどん変わる。今の日本でテレビの影響から完全に逃れるなんてテレビを捨てても不可能なんだよ」
「あんな派手なデモされたのに?」
「こら、まったくおまえは」
「ギャハハ、まいったね。確かにテレビ局にデモ隊が押し寄せたのって久しぶりで少し慌てたよ。でもね、ネトウヨとか言うあの集団がいくら押し寄せてもこちらは痛くも痒くもないね。デモってのは広く知らしめてこそ意味があるんだけど、あのデモをどれだけのテレビ局が大きく取り上げた? 新聞社はどうだった? スポンサー企業にデモしようが、広告代理店へ押しかけようが、メジャーメディアが黙殺すれば、それはなかったことにされるんだよ。なんなら別の意味を与えてもいいし、面倒臭ければ保守の論客に批判させればいい。保守派でもテレビと仲良くしたい現実派はいくらでもいるからね。テレビを見ている層なんて、日付が変われば昨日起こったことのほとんどを忘れている。憶えているのは誰が何を喋ったかではなく、なんとなく残った曖昧なイメージぐらいのものだ。ネトウヨがどんなにデモをしようと、こちらでレイシストやヘイトスピーチのレッテルを貼って恥ずかしい日本人像に仕立て上げれば、あら不思議、どんな正当な主張をしようと、もう誰もその声に耳を傾けなくなる。論理的思考の訓練を欠いている多くの日本人は、権威のあるメディアに与えられたイメージに従って物事を判断していく。ま、これは情報を提供する俺たちも注意しなけりゃいけないポイントなんだがね。テレビもネトウヨの意見なんて真面目に取り上げないし、ネトウヨにインタビューしても、内容はうまく切り貼りして編集しちまえば何の問題もない。だいたい、編集権はこちらにあるんだからね。相手がそのインタビューを記録しようとしていたら厄介だが、そんな機転の効く奴はごく少数だし、面倒臭ければ番組で取り上げなければいい。ネトウヨどもも、せいぜい派手な事件でも起こしてくれたらネタとしても面白いんだけどね。どちらにせよ、ネトウヨがどんだけ騒ごうと、メジャーメディアが本腰を入れれば簡単に潰せるんだよ。きれいな印象を押しつぶして汚い面だけを強調し続ければいい。日本人はそんなに利口ではない。レッテルを貼られたネトウヨどもなんて簡単にやっつけることが出来る。そういうわけだ。おや、あまり酒が進んでいないな。さあ、もっと飲め」
おうちに帰った新人君は酔い覚ましに水を一杯飲んでから電話をかけました。
「もしもし・・・・ええ、ぼくです。今日ちょっとメディア関係の人に会ったんですが、まだまだ大丈夫ですよ。まだまだ裏工作の余地はあります。ネットの影響拡大も言われていますが、いまだに彼らは自分たちの影響力に自身を持っています。その心理を巧みに突けば、今まで通り、あなた方の影響力を及ぼし続けることは不可能ではありません。・・・そうです、政治家もまだまだ既存メディアの影響が強いですから。アジアとの友好や過去の歴史認識は今も一定層の人々に説得力を持っています。工作ターゲット候補とするべき人物もメディア内にはまだまだたくさんいます。それらの具体的な人物名は後ほどまとめて提供します。ええ、約束の金額をおねがいしますよ。では」
一度電話を切った新人君は、別のところへ電話しました。
「もしもし、はい、ぼくです。ええ、どの国でも同じ、ネットと既存メディの対立は日本も例外ではありません。この対立の中でも、過去の歴史認識を中心に煽れば、両者ともにあなたの国のメディアへ意見広告を出し続けることになるでしょう。格式ばかり高くて経営が厳しい有名新聞社にとっても悪い話じゃないはずです。おまけに対立陣営のロビー活動も知れ渡ってきていますから、これは清廉潔白でロビー活動に躊躇する日本人の背中を押すきっかけになるかもしれません。一度ロビー活動で効果を実感したら、裏工作の苦手な日本人も味をしめてロビー活動に邁進することでしょう。・・・ええ、その時は先生の名前を出しておきます。ただその前に、少し親日派アピールをなさったほうが、日本人には受けますね。日本人は結果を出し続けるタイプよりも努力し続けるタイプの人柄を好みますから、努力する素振りを見せれば多少の失敗は大目に見ますよ。大丈夫です。ええ、それは例の口座でお願いします。ではよろしく」
電話を切った新人君は狡猾そうにニヤリと笑いました。
読んでくれてありがとうございます。台詞が長くてごめんなさい。