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先輩によって態度が変わるのは常識です

息を切らしてやってきた後藤は、俺と先輩の前で止まるとパタパタと手をうちわにして自分を扇いだ。


「先輩…教室に行ってもいないからそこいらじゅうさがしたんですよ?」


「あぁ、そういえば今日だったわね。ごめんなさい」


とくに謝罪の意思を感じられない謝り方だったが、後藤は気にしていないらしく苦笑する。


「でもまさか山手と一緒だったとは思いませんでした。何の話してたんです?」


「別に。報酬の確認をとっていただけよ」


先ほどの恥らう表情はどこへやら、先輩は実に事務的に素っ気なく答えた。

後藤は明るくそうなんですかぁ、と相槌をして、ようやく俺の方に目を向けた。


「なんだ。お前、先輩に用があったのか」


俺の問いかけに後藤はあぁ、と頷く。それから楽しげに俺の顔を見た。


「なぁ山手。お前、この後ヒマ?」


「は?なんだよ。そりゃ学校終われば、学生は暇人になるに決まってんだろ」


そう言うとそれはそれは嬉しそうな顔をするので俺は自分の返答に舌打ちしたくなった。


「なら、お前も来いよ!これから先輩に紹介するために部活に行くとこなんだけど、お前も…」


「だが断る」


言い終わる前に遮ると後藤がきょとんとして言葉を止めた。その後すぐに目を見開いた。


「えー!なんでだよ?」


「誰が好き好んで変人どもの集まる巣窟に行くか」


後藤は変人は酷いなぁと笑ったが、俺の評価はなに一つ間違っていない。あそこは常人が行ってはならぬ摩訶不思議ルームだ。

後藤率いる少人数メンバーの所属するオカルト研究部は、年々部員不足に悩まされていた。

今だって後藤を入れてたったの5人しかいない。

そこで、この目の前の善人の皮を被った極悪人は、横にいる宮井米子先輩に、依頼成功後の報酬として部活に入部してもらうなどという卑怯極まりない約束をさせたそうだ。

人数確保のためと、先輩が『視える人』だからという理由で。


常々最低だと思っていたが、もはや最低などという罵りでは足りない気さえしてきた。


それにしても、と横の先輩に目を向ける。


先輩は嫌なら 断るだろうし、後藤だって無理やり部活に強制入部はさせないだろう。

断らなかったということは、先輩はおそらく知らないのだろう。

自分がこれから入る部活がいかに意味不明で、部員が変人しかいないということを。


俺は仏心から先輩に声をかけた。


「先輩、やめておいた方がいいですよ?こいつの率いるオカ研が周りからなんて呼ばれてるか知ってます?」


先輩は首をかしげた。


「いいえ。知らないけれど」


「"残念部"です」


「残念?」


ますますわからないという顔の先輩に対して、後藤は不満タラタラな顔をした。


「全く…どこのどいつがそんな変な名前考えたんですかねぇ」


「いや、むしろ俺はかなり的確なネーミングセンスだと思うけどな」


後藤が嫌そうな目つきでこちらを見たが、とくになにも言ってはこなかった。


おそらく自分でも内心ではあまりにも破天荒なメンバーの集まりに対して、思うところがあるのだろう。


「残念とはどの辺りがなの?」


1人置いてけぼりを食らった先輩が問うので俺はごほんと咳払いをした。


「なにがって全てがですよ。メンバー全員個性的過ぎてもはや収集つかないし、まず部活動の目的もはっきりしてないんですから、残念としかいいようがありません」


ちなみに、残念部は正しくは"黙ってればイケメン・美人揃いなのに本当に残念な部"というのだが、長いので略して残念部だ。


後藤が俺の説明にムキになる。


「目的ならはっきりしてるよ。怪奇現象の正体を探る!それ以外にないだろ」


「どうだか…とにかく意味のわからない部活なんで、先輩が入る必要はないと思いますよ」


再び先輩に向き直り告げるが、先輩は頷くどころか、さっきと同じように首を降るだけだった。


「たとえそうでも約束は約束。私、そういうことはきちんとしておきたいの」


「えぇっ!?本気ですか?」


目を見張る俺に後藤が失礼だな、とつぶやいたが、無視して俺は先輩を見た。


「もちろん。あなたの報酬も、本当にさっきのでいいのね?」


そこだけ確認する際に変に目が光ったように感じておもわず息を飲む。

動揺しながら頷く俺に先輩はひとことそう、とだけ返して後藤を呼んだ。


「じゃあ後藤くん。行きましょうか。待たせてしまってごめんなさいね」


「あ、いえ。山手、お前はこないんだよな?」


「え…あ、あぁ」


そう返したとたん、再びさっきの鋭い視線を感じ、慌てて背後に目をやる。

やはり、誰もこちらに注意は向けていないように見えるが、確かに睨まれた。


「………?山手?」


後ろを凝視する俺に後藤が首を傾げる。どうやらあの視線を感じたのは俺だけのようだ。


「いや…なんでもない」


「そうか。じゃあ俺たちはもう行くからな。山手も気が向いたらまた顔出しに来いよ」


後藤は爽やかにそう言ってから先輩をエスコートして行ってしまった。

しかし、ああして並ぶと美男美女のお似合いカップルに見える。

いや、後藤じゃまだ先輩には釣り合わないか、と考え直している俺の元に、確実にこちらにむけて向かってくる足音が聞こえてきた。


疑問に思い、振り向こうと体を反転させた俺のデコにバチコーンッと小気味な音を立てて強烈な痛みが走った。


「いッッだ〜〜〜!!!?な、なに!?」


何が起こったのかまるでわからずとにかくデコになにか硬いものが激突したことだけは十分理解できた。


あまりの痛さに膝をついてデコを抑えたままうずくまる俺の目の前に使い古されたシューズが涙でぼやけた視界に写った。


「山手和也。お前には失望した。無能はとっとと山へ帰れ。人間の真似事などせずに、猿と戯れてろ」


そして、頭上からは偉そげな声による罵詈雑言が降り注いだ。無駄にイケボイスなのが耳障りだ。


ようやく誰がこの激痛を与えたのかを知り、俺は軽くめまいを堪えながら立ち上がった。


少し見上げる視線の先には、シャツを腕まくりしてポスターを丸めて肩に乗っけたメガネの男が1人。捲り上げた腕はたくましい筋肉が覗いている。


いって〜まだヒリヒリしてる…


おでこを触ると明らかに腫れていた。抑えたまま相手を睨みつける。


「なんですかいきなり。俺がなにかあんたに迷惑かけましたか?ていうか、なにしやがりますか。めちゃくちゃデコ痛いんですけど、意味わかんないんですけど!」


ガーッと一気に言いたいことを言った俺にメガネ野郎は腹の立つことにフンと鼻で笑った。


「この程度の不意打ちも躱せないとは…お前が剣道部なら即ペナルティを与えるところだ」


俺は負けじとハンッと高笑いしてやった。


「そうですか。剣道部の部員さんも可哀想ですねぇ…こんな理不尽な考えの安土さんが部長で。俺は今、自分が帰宅部なことに心底ホッとしました」


俺の返しにメガネ、もとい安土(あづち) 訓明(のりあき)先輩様はいまいましげに盛大な舌打ちをした。


「貴様にはまず年上を敬うという初歩的なことから叩き込まなければならないようだな。安心しろ。峰打ちで勘弁してやる」


「それほど理不尽な考えのくせに年上の自覚がお有りでしたか。ビックリですよ。安土さんの思考回路って昭和のまんま止まってんじゃないですか?少し先に産まれたからって、偉そげにしてれば下が敬うと思ってんなら、後輩に夢見過ぎですから。そういうのをご所望なら、ご自分の支配されてる部活で、部員たちにしてもらってくださいよ」


「俺は平成生まれだ」


ピキピキと血管を切らしかねないほど切れているメガネをかけたこいつは、俺の高校で県でトップと騒ぎ、奉られている剣道部の主将、安土訓明さんだ。

俺の二つ上で、宮井米子先輩と同学年。

ストイックな性格で誰よりも厳しくて怖いと噂されるかなりの手練れ…だが、俺にとって、安土さんは天敵であり、正直関わりなくない苦手なタイプである。


というか、そもそも関わりを持つことすらないはずだった。

帰宅部の俺と、剣道部の主将。

一体どこに接点が?と周りは不思議がるだろうが、出会いはそれほど大したものではない。


お祓いに行く前、宮井米子先輩に俺が連れ出されたことはかなりの人に知れ渡っていた。

人の口に戸は立てられないので、連れ出された翌日から周囲のクラスメイトや、まるで知らない生徒から一体なにをしてたんだと問われまくった。


当然、先輩の家の事情はなにも言えないので曖昧にはぐらかしているうちに、噂がどんどん尾ひれがつき、ついには告白しただの、実は付き合っているだのとまで言われるようになったのだ。


全く、人の噂の広がるスピードとは末恐ろしい。


そのせいで、先輩にもかなり迷惑が生じただろうが、先輩は気然としたままあっさり否定したので、常日頃の人望の厚さのおかげで噂はどこかへと消え失せた。


…が、少なくとも、俺たちがなにか秘密を共有し合う仲だということは、周知の事実となってしまったために、やっかいな輩を呼び寄せてしまったのだ。


そう…たとえば、先輩のファンとか。


その中の1人が、このストイックメガネ、安土さんというわけだ。


「…貴様があの二人を監視しないでどうする。なんのための諜報員だ。いますぐ追いかけろグズが」


相変わらずの理不尽さ。


呆れてものも言えないが、笑えることにこの口汚い罵り男は、宮井先輩に惚れているというのだ。


隠れファンというらしく、全く表には出さないが、すでに二年は片思いらしい。


そして、周り同様に、安土さんは俺に先輩の情報を聞き出して欲しいと頼んできたのだ。いや、脅してきたのだ。


それと、ストッパー。


先輩と後藤がカップルではないかという噂はすぐに消えたが、まだ疑っているやつは何人かいる。

たいていがファンクラブの人々で、安土さん以外にも何人かにその調査も依頼されている。


剣道部の主将が実は宮井先輩のファンクラブ会員だったという驚きの事実に、知った直後の俺はひどく狼狽したものだ。


ちょっと、マジでちょっとだが、憧れてもいた。


だからこそ、周りの同じような依頼も全て断っていた俺が、協力してやったというのに…


「おい。聞いているのか山手。耳がつんぼならこいつ(まるめたポスター)でかきむしってやる」


まさかこんな口悪メガネだったとは。


幻滅もいいところだ。


それ以来、俺は最初の聞き分けのいい後輩の皮を脱ぎ捨て、安土さんに対していっさいの遠慮をしなくなった。


安土さんをよく知らない人は、カッコいいけど恐い、厳しくてついてけないとよく愚痴をこぼすが、はっきり言ってこの人、ただの口の悪いメガネだから。


全然怖くない。むしろキモい。


「…おい。今なんか俺の悪口を考えてただろ」


イライラしながら吐き捨てるように安土さんが言う。相変わらず勘が鋭い。


「被害妄想も大概にしてくださいよ先輩」


「おいやめろ。お前に先輩呼ばわりされると悪寒が走る」


本気で嫌そうな顔をする理不尽男に、ハイハイと適当に返して俺は疲れた表情を隠さずに見せた。


「で、何の用ですか安土さん。俺これから帰るとこなんですけど。先輩だって、部活動行かないと部員が待ってますよ」


「うっせぇ。お前に言われなくてもわかってんだよ」


「ならいいですけど。じゃ、部活頑張ってくださいね☆」


そのまま、さらりと帰ろうとしたが、やはり許してはくれないようだった。


がし。と肩を掴まれ引き戻される。


この…っ馬鹿力!いったいんだよ!


「なんなんですか。肩離してください」


「帰んな馬鹿野郎。さっき言った言葉覚えてねぇのかよ。記憶力まで猿並みか」


「猿の記憶力舐めないでくださいよ。下手すりゃ人以上ですからね」


「…猿は否定しねぇのか」


安土さんはげんなりして肩に置いた手を離した。

俺は掴まれた肩をさすりながらため息をついた。


「だから、何度も言ったじゃないですか。後藤と先輩じゃ万に一つも可能性はありませんって」


「お前に人の気持ちを汲み取る術があるとはな。いいからお前は黙って従ってろ」


「俺は剣道部の部員たちみたいにあんたに盲信してませんから、あんたの命令に従う義理はありません」


「ハッ…力づくをご所望か。なら望み通りにしてやるぜ」


「帰宅部エースの実力舐めないでくださいよ。あんたに叩かれる前に全力で逃げてやりますからね」


お互い一歩も譲らず険悪なムードのまま、睨み合っていた俺たちだったが、突然安土さんがピクリと反応して脇にそれた。


なにしてんだ?と問いかける間もなく頭に重いなにかがのしかかってきて俺はあわてて振り返った。


「……!?な、なんだ先生か。いったいな〜なにすんですか」


後ろにいたのは担任の染井(そめい)先生だった。このおっさん教師め、なんだと思えば俺の頭に大量のノートを置いてやがった。


染井はやる気が常にない不良教師だが、生徒からはなかなか人気だ。まあいざとなれば役に立つし、いい先生だとは思う。


けどこいつ、俺が偽霊媒師だって知ってたくせに愛犬の弔いをさせやがったからな。


俺の中では、ふざけた教師として定着している。


「おぉ。山手くんじゃあないか。こんなとこで会うなんて奇遇だねえ」


ニヤニヤと笑うおっさんの笑顔から悪い予感しかしない。


「なにかご用ですか。俺これから帰るとこなんですが」


染井はまあ待て、とノートを二冊俺に寄越してきた。


「数学のノート返却ですか。あの、後藤のはいらないんですけど」


「じゃ、頼むぞ。お前ら仲良いからな。友情は大切だぞ」


そのまま立ち去ろうとする染井にあわてて手を伸ばす。


「ちょっと!なんの説明もなく、いきなりこれ渡されても困りますよ!てゆーか、なんで今返すんですか。授業中に返してくださいよ!」


「先生は忙しいんだ。これからこのノートの山を採点せにゃならんからな」


「は?俺たちのこのノートは?」


ノートを振り上げて叫んだ俺の声に先生はスタスタと歩きながら話していたが、立ち止まりこちらを向いた。その顔にはあの、嫌な笑いが張り付いていた。


「喜べ。君らには特別チャンスを与えてやろう。偶然ここで俺に会えてよかったなあ」


「えーと…つまり…」


染井先生は再び歩き出しながら、後ろ手でひらひらとこちらに手を振った。


「やり直しだ。二人ともな」


「嘘だろ…」


そのまま去って行く先生を絶望的な気分で見ていた俺の頭にポンと優しげに手が置かれた。


「ちょうどいいじゃないか。ほら、行って来いよ」


俺が見上げた先には、安土さんの心底腹の立つ笑顔が向けられていた。




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