収穫の秋~脊椎動物の夜明け~
「一番の方法はヤツが何かを食ってるところを狙うことだ。ただまあ、人間を食わせるわけにはいかないしあのサイズのバケモンが食うようなものなんてそうは用意できない」
ここでわざとらしくテントのほうを振り返った。その目が見つめるものについて推し量れないほどホミカは鈍くなかった。
「ところがどっこい! ここにはおばけ野菜がわんさかあるじゃあないか。あれを食わせれば少しは動きが止まるはずだ」
それなら問題あるまい、と青野は胸を張った。
「でも青野さん。それは」
自分のうっかりでイベントを台無しにしてしまうわけにはいかない。この時のホミカは青野のイカサマが発端であることを都合よく忘れていた。
「もちろん分かってるさ。だから野菜は食わせない。囮に使うだけだ。あいつには過ぎたグルメってこと」
でかけりゃ目立つしな、と青野。ミドラシャも頷いた。
「アイデアはある。そんじゃ作戦を説明します」
目は優しく、口調も穏やかながら語気には強いものが感じられた。
「よいしょ。っと」
ミドラシャがホミカたちのおばけカボチャを軽トラの荷台に積んだ。スタッフが6人がかりで運んだものを余裕で担ぎ上げるその姿は圧巻の一言だったが、はしゃいでいる時間はない。
「ディレクターさん、本部のテントはいったん畳んであっちに持っていってもらえますか?」
「分かりました。おい、手が空いてるヤツを集めてくれ!」
ディレクターの指示でちゃっかり作業の様子を撮影しつつ幌やパイプを忙しなく運んでいく。
ムジテレビスタッフの惜しみ無い協力もあり作戦に必要な準備が整った。
そして心地よい秋晴れのもと逃げるタイミングを逸した者たちを含めた全員が持ち場についた。
人型ロボットに搭乗するパイロットのような面持ちの青野。
「運転は俺がやる。ホミカは助手席でナビゲートを頼む。ミドラシャさんたちは仕掛けのほうでスタンバイお願いします」
乙女ながら少年漫画をこよなく愛するホミカからするとたまらない展開である。カッコつけた敬礼をしようかとさえ思ったが、年齢を考え踏みとどまった。
「んじゃいくぜ」
ホミカがシートベルトをするやいなや青野は思い切りアクセルを踏み込み、真正面からオサムシに突っ込んでいった。
本当にかぼちゃに反応するのだろうか。そんなことを考える間もなくオサムシがトラックに飛びかかってきた。
「そうこなくっちゃ!」
間一髪のところでハンドルを切りアタックをかわし、ミドラシャが待つ方向へオートマ車のスペックを振り絞って飛ばす。
座席に張り付けられるホミカ。この現象について作用反作用かそれとも慣性か一瞬悩んだが優先順位をシード落ちさせた。
舗装されていない地面を駆ける不安定さといつもより速く流れていく車窓からの景色を噛み締めることはない。
とりあえず舌を噛まないように注意しながら後ろの様子を伺う。
「ホミカ、どうだ?」
「さすがにこのスピードなら、あっ!」
急な巨大化で素早くは動けないと踏んでいたが体が適応してしまったらしい。
オサムシは距離をあけることなくピッタリとトラックをマークしている。県民御用達の国道123号でも通用するスピードだ。
ヒトという種族が久しく忘れていた補食の恐怖。体の芯からゾクゾクとくる言葉では言い表せない感覚。それでも絶望に沈むことはない。
「スパイナーでもあれば楽なんだけどなぁ」
「こんな時に何言ってるんですか」
緊張感のなさでなら立ち向かえる。
運転とそのナビに徹する二人。
青野がたてた作戦はこうだ。
まずトラックにおばけかぼちゃを積んでオサムシを挑発、そのまま会場の隣のレクリエーション広場まで突っ走る。
レクリエーション広場の中央には設営テントの幌をロープで結わえた簡単な網が仕掛けてある。その真上まで誘導し、捕獲。
あとは優勝旗の先端の尖った部分でオサムシに少し傷をつけてそこから収縮薬を注入して終了。
このとおり文章にしてみれば簡単だが越えなければならないハードルが多いのもまた事実だ。
「このまま一気に行くぞ」
幸先のよいスタートを切ったと誰もが信じて疑わなかったが、ここで最初のハードルが牙を剥いた。
軽トラが突然大きく揺れた。エアバッグこそ出なかったものの普段ならばパニック必至の事態だ。
「荷台を少しかじられたみたいだ! ホミカ、しっかり捕まってろ!」
教習所なら一発レッドカードのアクセルベタ踏みからの急ハンドルで次の攻撃をなんとかかわした。
バックモニターなどない軽トラ。ミラーから見えたわずかな予備動作に視神経が敏感に反応したのだ。ホミカはあまり知らないことなのだが、ゲーマーとしての顔も持つ青野ならではのテクニックだ。
「これでも引き離せないか……」
基本的に動物は強い力を出すときには静止する必要がある。陸上の投擲競技などがそのイメージだが、助走があったとしても最後は足を踏ん張って重心をうまく移動させなければならない。
しかしこの厄介な昆虫は巨大化によって高速での移動だけでなく強力な顎での攻撃も同時に行うだけの力を備えてしまったようだ。
「ゴキブリも面倒だったけどこいつも相当だな。昆虫保険、入っとくべきだったか?」
日本にそんな保険はないうえに助手席の相方にはもはや軽口に付き合う精神的余裕もない。
「あっかぼちゃは無事みたいです」
最低限の仕事をしようと荷台に置いたカメラの映像を確認するとかぼちゃが無傷の状態で映っていた。作戦の継続には支障はないようだ。
罠まであまり距離はないためこの限界ドライブがそこまで長くならないことは理解していた。それでもこの緊張状態に持ちこたえられるかホミカは自信がなくなってきた。




