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前田荘777号室  作者: 吉岡 澪
前田荘に忍び寄る影
96/100

収穫の秋~判断~

 ムジテレビの新人ADは未曾有の事態にただただ震えていた。


 おばけ野菜コンテストを生中継するという普通の企画を担当したはずが、会場を闊歩する巨大昆虫という謎の映像が一瞬とはいえ全国に流れてしまったのだ。


 ちょうどCMに切り替わったが、局に視聴者およびスポンサーからの問い合わせが殺到していることは容易に想像できる。

 ムジテレビの反応こそ予想できないが喜ばしいものになるはずがない。


 途方にくれたADは先輩ディレクターに泣きついた。

「ど、どうするんですか! このままじゃ番組がめちゃくちゃで俺たちみんなクビっすよ!」


 虫の被害より番組の心配をするあたり彼はテレビマンとして光るものを持っているのだろう。


「どっちにしろゴールデンで枠とってんだ、とにかくいい()を撮るしかねぇだろ」

 ディレクターもディレクター。動じる様子はない。


「そもそもアレは何なんすか! プログラムにも載ってなかったしあんなデカい虫、俺の地元にもいませんよ!」


 巨大昆虫と逃げ惑う人々。まさにB級パニック映画そのものだった。


「俺に聞くな。ただまあ、会場の様子を見るにイレギュラーな事態なのは間違いねぇな」

 ディレクターはのんきに紫煙を燻らせた。


 視聴率の低い番組を立て直す企画として挙がったおばけ野菜コンテストの中継。もしこれがコケれば心の広いスポンサーたちからも見限られてしまう。


「いいか。こんな時こそテレビ屋は維持よりも意地を見せなきゃならねぇ。クビを心配するのもいいが、守りにはいる前にやることがあんだろ?」


 ADにはまだこの事態を番組として収拾する策は見えていない。ディレクターは違うようだ。


「ほら、あそこにいる女の子、虫にビビってないみたいだぞ。さあどうするよ?」

 ディレクターが指した先にはホミカがいた。


「ミドラシャさんを呼んでください! カメラ、CM明けからあの女の子とミドラシャさんメインで!」

 指示を出すAD。ディレクターは満足げに頷いた。

 


「君。ちょっといいかな」

 呆然と虫を眺めていたホミカ。突然話しかけられ、驚いたのか肩を震わせて振り返った。


「あっ、あなたはもしかして!」


 朗らかな中年男性。しかしその体つきから相当な筋肉を蓄えていることが服の上からでもわかる。

 格闘技を愛するホミカにとってタルイ・ミドラシャは永遠のヒーロー。現役を引退してからもテレビタレントとしてお茶の間からの支持を集めていた。この生放送では彼がレポーターを務めていたようだ。


「なんだか大変なことになってるけど逃げなくていいのかい?」

「そういうわけにはいかないんです。私が原因ですから」


 ミドラシャらムジテレビスタッフはホミカの言っていることが理解できなかったが、彼女が何らかの形でこの事態に関わっていることは察した。


「とはいってもあんな大きい虫、見たことないよ。とりあえず保健所か警察に……」


 それが妥当ではあるが、これは彼らでも手に余る事態だ。ホミカは専門家がいることをミドラシャに伝えた。


「ホミカ! よかった、ここにいたか」


 いいタイミングで避難誘導を終えた青野が合流した。本来であれば彼もミドラシャに握手とサインを求めるところなのだが、そこはなんとかこらえてポケットから小瓶を取り出した。


「青野さんすみません! 私のせいでこんなことになってしまって」

 平謝りするホミカ。彼女の姿にこのインチキを計画した青野が責任を感じないはずがない。


「大丈夫大丈夫。収縮薬は用意してある。これをあいつにぶちこめばオールオッケーだ。問題はその方法だな」


 青野は懐かしい液体が入った小瓶を見せた。ついでにハカナがいれば言うことはなかったのだが。


「ちょっと待って。つまりあの虫は薬ででっかくなったってこと? 今の科学でそんなこともできるのか?」


 当然ながらミドラシャはおいてけぼりだ。

 ミドラシャのように青野の行き過ぎた科学に驚くべきなのだが、望まぬ経験を積んでしまい普通に流せるようになったホミカは彼のリアクションを羨ましいとさえ感じてしまった。


「膨張の仕組みは難しくないんですよ。カロリーをいっぱいとれば太りますよね。簡単にいえば脂肪がついて横に伸びてしまっているわけです。しかし脂肪に頼らずに同じ要領で縦にも伸びて、なおかつ骨格がそれに耐えうる成長をすればいいんです」


 青野の話を聞かされるホミカもミドラシャも全国のお茶の間もトンデモ理論を吸収するのは不可能だった。例外は斎藤を筆頭とする一部の人間だけだろう。


「うん。よく分からないが、私も協力しよう。要はその収縮薬とやらをあの虫にかければいいんだね?」


 ハカナや斎藤がいない状況で、ありがたい戦力が加わった。少なくとも肉体面においては青野10人分以上には。


「その瓶を貸してごらん。私がかけてくるよ」


 ミドラシャからすればそれがゴールへの最短ルートなのだが、そうはいかない。


「あの虫はオサムシってやつなんですけど、クチクラでできた分厚い外骨格のせいで普通にぶっかけても薬が弾かれちゃうんです。狙うなら腹しかないんですよ」


 昆虫にも詳しい青野だがホミカにもミドラシャにもそれを評価する余裕はない。

 勢いにのってオサムシについてのうんちくをもっと語りたかった青野だが、またしても我慢した。


「よし分かった。それなら私があの虫をひっくり返そう。なに、体重が倍以上ある相手とも闘ってきたんだ。わけはないさ」

 ミドラシャの頼もしい提案だったが却下された。


「オサムシは雑食性です。基本は死骸をエサにしていますがあのサイズともなれば人間も余裕で食われます。ミドラシャさんの強さは俺たちもよく知ってますけどさすがに危険すぎます」


 人間が思っている以上に彼らは獰猛な捕食者になりうる。それを忘れてはいけない。


「じゃあどうしたら」

 あらためてホミカは自分のしたことの重大さを思い知った。

 Gの時よりも膨張薬の量が多かったのか、オサムシは笑ってしまうほどのサイズ。このままでは腹を狙うどころか近づくことすらできない。


「とりあえず作戦を立てましょう。幸い急激な膨張のせいでオサムシは素早くは動けないし飛ぶこともできません」

 青野の言うとおり、オサムシは特に目的を持って活動しているわけではないため少しは時間の猶予があった。 


 さりげなく実現したホミカと青野、そしてミドラシャ含むムジテレビの共闘。おばけ野菜コンテスト、そして番組の命運は彼らに託された。

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