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前田荘777号室  作者: 吉岡 澪
前田荘に忍び寄る影
89/100

湯けむり旅慕情 根掛かり篇

 ホミカたちは食堂から見て真上の部屋へ駆け込んだ。菖蒲(しょうぶ)の間と戸の札に書かれている部屋だ。


 何が起こったのかは一目瞭然だった。

「嘘……!?」

 部屋のちょうど中央、敷かれた座布団の上で一人の男性が胸から血を流して倒れていた。その横で旅館の女将が腰を抜かしている。


「おい! キジマ! しっかりしろ!」

「キジマくん!」

 前田荘一行より先を行っていた二人が倒れた男に駆け寄った。


 教授らしき中年男性が素早く男性の腕をとり、脈を調べた。

「先生!」

 若い男のほうがすがるようにその顔を見つめる。

 しかし彼は黙って首を横に振った。


「とっ、とにかく警察だ!」

 携帯を取り出し番号を押そうとする足名稚。しかしその手間は省けた。


「いえ、それにはおよびません。私のほうからお電話させていただきました」

 腰を抜かしていた女将だが、通報はしてくれていたようだ。


 教授風の男が部屋にいる全員に外へ出るよう促した。

「いったん落ち着こう。警察が来るまでこの部屋はそのままにしておいて、我々は廊下で待ちましょう」

 ドラマでもよく見る展開だ。ホミカも現場の保存が大事ということぐらいは知っている。


 女将、若い男、斎藤含むチーム前田荘はそそくさと部屋を出ていった。

「ほら、松風さん。出ましょう」

 顔を真っ青にしてアワアワしている松風をホミカはえいやと引っ張って外へ連れ出した。




「それでは……」

 通報を受けてやって来た若手の刑事たちはすぐさま現場となった部屋を封鎖し、居合わせた者たちへ聞き込みを行った。


 そして代表者とみられる刑事がこまどりの間に全員を集めて説明した。

「被害者は東向島大学三年の喜島凌平(きじまりょうへい)さん、22歳。大学のゼミ合宿でそちらにいる同級生の乾崇彦(いぬいたかひこ)さん、教授の去田幸二(さるたこうじ)さんとともにここに来ていたと」


 彼らの間柄についてはホミカがにらんだ通りだったようだ。驚くべきことにいつの間にか斎藤は彼らと打ち解けている。


「喜島さんが夕飯の時間になっても食堂に現れず、しかも部屋のほうから悲鳴がしたので皆さんが駆けつけ、そして倒れている喜島さんを見つけた。というわけですね」


 全員が頷いた。


「女将さんは血を流して倒れている喜島さんを発見し声をあげたと」

「はい。何しろ気が動転してしまって……」


 刑事は全員を見渡した。

「現場の状況からいって他殺、つまり本件は殺人事件とみて間違いないでしょう」


 松風は小さく声をあげ、ハカナに抱きついた。


「そこで乾さん、そして去田さんに詳しくお話をお聞きしたいのですが……」


 途端に目を吊り上げる二人。テンションの移り変わりがいかつい。


「ちょっと待ってください! 喜島は俺の友人なんですよ、まさか俺を疑ってるんですか!?」

「私も教育者の端くれ。学生を手にかけたなどと冗談でも思ってほしくはないですね」


 その剣幕に圧される刑事はしどろもどろ。


「いや、あの、これは形式的なものですので。よろしければあちらのお部屋でお願いできますか?」

 ふすまの向こうへと促した。


 しかし乾はその場にでんと腰を据えた。

「俺にも先生にもやましいことなんてないですよ。なんでここでやってもらって結構です。ねぇ先生?」

「勿論だ。刑事さん、何でも聞いてください。何せ私らは無実なんですからね」


 殺伐とした広間のなかで浮いてしまった前田荘の面々。状況からして部屋に戻るというわけにもいかなくなってしまった。


 足名稚はどこかそわそわしているしマーは松風を宥めるのに忙しい。ハカナは乾に熱い視線を送っている。頼りになる者はいなさそうだ。


 アニメや漫画では馴染みの展開だが、実際に遭遇するとどうすることもできない。ホミカは隣で固まっている青野とともに置物に徹することにした。


 もしここでホミカが最後の一人、斎藤にもっと気をまわしていたら。もっと早く何かに気がつくことができたのかもしれないが彼女がその選択をしなかった以上仕方のないことなのだろう。



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