物件アンニュイ
「どんな物件がお好みですか?」
店主は客に茶を勧めながら尋ねる。茎茶を用意するとは流石と言うべきだろう。
「駅から近くて、家賃が安いところがいいのですが」
やや棒読みに彼女は答える。ルックスは上の下くらいなのにファッションセンスといい、あまりモテないタイプだと店主は判断した。何を隠そう客の人間観察が趣味である。
それはともかく、駅近も低家賃もこの位の年での独り暮らしならまず気にするところだろう。それならば伝家の宝刀。間髪入れずに抜き去るのみだ。
「なら、前田荘はいかがですか?」
前田荘。この物件だけでこの菊地不動産はもっている。たいしたものだ。
「どんな物件なんですか?」
初めて得られた積極的な反応は店主として少し嬉しい。
「駅からは徒歩25分。お家賃は月7000円になります」
「な、7000円ですか!」
前田荘の強みはなんといっても低家賃。ある理由によって実現するミラクルなCPここにあり。今までの面々も同じ反応だったなぁと店主は笑う。これまでに前田荘に来た者たち全員が通った道だ。
それから数十分。
「では、そこにします」
かくして新女子大生・剣ホミカは前田荘への入居を決めた。
これが彼女にどんな影響を与えるかは、これからの彼女自身の選択にかかっている。