唐突な始まり
北関東のとある町。商店街の隅にあまり流行っていない不動産屋がある。
裏通りのさらに奥にあるので見つけるのも一苦労。これでは客が来るはずもない。
特に大きくもなく、小さくもないベーシックな店構え。この菊地不動産はたった1人の手によってなんとか運営されている。
本来3月といえば新生活のシーズンだが、ここでは閑古鳥が鳴いている。もう夕方なのに本日も来客はゼロで終わりそうだ。
金儲けが目的ではないのであまり気にしていない店主ではあるが、たまには不動産屋らしくお客の相手をしてみたいとも思っているのもまた事実。
「さってと、今日も待ちぼうけか」
しかし、そう悲観したものでもなかった。すっかり慣れっこになってしまったゼロ行進を嘆きつつシャッターをおろそうとした店主は思わず目を丸くした。
「!」
客だ。太平洋とプリントされたニット帽をかぶった高校生または大学生と思われる女子。ありえないくらい絶望的なファッションではあるが、とにかく客だ。
「すみません。部屋を探したいのですが」
淡々とそう述べた、能面に鉄仮面を重ねた彼女。店主はおろしかけたシャッターをまたあげ、彼女を中へ招き入れた。久しぶりの不動産業の始まりだ。
店主は胸の高鳴りを感じた。最後に客の相手をしたのはいつだっただろう。
「いらっしゃい。今ならいいとこをご紹介できますよ」
もっとも店主は客に対してあるアパートしか紹介せず、そこで満足してもらうしかないのだが。