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海のキャンバス  作者: 魔桜
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針の筵 vol.2


 夏の雲は雄大で真っ白。真っ青な空には、白い雲が綿菓子のようにフワフワ浮かんでいる。二つのコントラストが絶妙。太陽は一つのアクセントとして、燦々と輝いている。

 購買部とは違った意味の騒がしさ。

 ここは人気の昼飯スポットである屋上。

 そして、影の出来る屋上のドア付近。

 夏という季節柄、そこは陣地奪取合戦の激戦区。

 事前に一人で花見の席をとるように座っているのは宮崎京。

 端整な顔立ちに日本人離れしたすらりとした長身。痩躯でありながら、白い制服にうっすら透けるのはがっちりしたガタイ。スポーツ万能の上に、頭脳明晰。それでいて頭が固いという訳でなく、垢抜けている宮崎は、学内では生徒と教師共に信頼を得ている。

 ようするに、工藤も宮崎も学校では、人気者ないし優等生ということだ。工藤は問題児扱いされといっても、俺とは意味合いが全く違う。

 工藤が問題を引き起こしたとしても、「またか、まぁ、工藤なら仕方が無い」といった風に事態は発展せずに帰結する。

 俺だけどうしてだとかは思わない。

 むしろ俺のせいでこいつらの内申だとかに迷惑を掛けていないかが目下の懸念材料だ。

「こっち、こっち」

 宮崎に手招きされた片桐と工藤は座る。宮崎の横には当然のように工藤が座り、二人の正面に俺は座る。

 ゴツゴツとしたコンクリートは、ヒンヤリ冷たくて気持ちいい。

「二人が来てくれたからようやく昼飯が作れるよ」

 宮崎は水筒を取り出し、当然のようにお湯をカップラーメンに入れていく。

 当社比(?)ざっと三倍の、ドデカイカップラーメンにお湯を並々入れると、湯気がこっちまで漂ってくる。

 見慣れた光景ではあるが、どうしても言っておきたいことがある。

「学校でカップラーメンを態々作るのはお前ぐらいだろうな。ホント凄いよな」

 皮肉口調になるのには訳がある。

 梅雨であるこの時期は、雨天になる確率が高い。今日は晴天に恵まれたからよかったものの、照る照る坊主を作らなければならない天気になったとしたら、そう、最悪の事態が起こる。

 雨天になってしまったら、教室で箸を突くことになるが、教室でラーメンを食べると、その匂いは当然充満する。

 それだけでも十分に決戦凶器だが、もしも体育が終わったばかりの男子の体臭が合わさったならば、甚大な被害を、俺たちのクラスは被ることになるだろう。

「朝は味噌汁の代わりに味噌ラーメン。昼はあっさり系の塩ラーメンか、醤油ラーメン。夜はこってり、豚骨ラーメンに限る。ぼくが生徒会長になった暁には、学内に給湯室を設けることを確約するよ」

 生徒会立候補する理由がラーメンなんて前代未聞だ。この中学に名を残すアホな生徒会長になることだろう。

 こいつは、常識の線引きがしっかりしているから、自分が多少変人の気質であることに気づいている。

 だからこそ選挙公約を言うときは、しっかり演技でするだろう。

 その程度の処世術はお手の物だ。

「もしも京が生徒会長になれたら、んなことより購買部の商品を増やしてくれ! パンよりも弁当をがっつり食べたいんだ、私は!」

 京と呼ぶのは工藤。宮崎と呼んでいた名残があるのか、口に出すのが慣れていないのが容易に伝わってくる。

 購買部は今現パンしか売っていない。

 まあ、弁当が売っていようがいまいが俺には関係ない。どうせ、姉の分の弁当を作ってやらなければいけないからだ。

 一人分の料理を作るのは面倒臭いが、二人分なら逆に手間が省けるし、成長期である男子が購買部のパンごときで腹が膨れるはずもない。

 朝早起きするのも、家事を手伝うのも、幼少期から常識となっている俺としてはそこまで苦痛ではない。

 片桐は弁当を徐に風呂敷から取り出していると、宮崎が工藤を茶化すように水を向ける。

「夏樹も片桐くんのように自分で弁当を作る努力をしたらどうだい? そんな風に咀嚼も充分にせずに、飲み込むように胃袋に詰め込むよりは、絶対にそっちの方がよっぽど女らしいといえるよ」

 それに、そっちの方が男受けすると思うけどな。と、宮崎は俺に同意を求めるようにウインクしてくるが、俺が肩をすくめて、まぁ、そうかもな。と、当たり障りない回答をする前に、工藤は紅潮させながら、

「あんたみたいに、その辺の女や大人に媚を売って、いつでも安全地帯に居座っている奴には言われたくねぇんだよ、京。私は私らしく生きる。それだけだ」

 頭に引っかかったのは二人のいがみ合うような言動ではなく、昼食というワード。

 二人が喧嘩腰に話すのは夫婦漫才の範疇だ。

 トムとジェリー状態になるのは今更懸念すべき事でもない。

「なぁ、どうしてお前ら別々のモン食ってんだ? 別に宮崎の意見に加勢するわけでもねぇが、工藤が二人分の昼食作ったりするとか、二人とも購買部でパン買ったりとかすればいいんじゃねぇのか? 付き合ってんだからよ」

 二人が付き合いだしたのは今の中学に入学した直後ぐらいからだ。気がついたらいつの間にか二人は付き合っていた。

 小学生の時からずっと三人一緒だった俺たちの関係が変化するのは一瞬だった。

 その時は莫迦みたいに祝福した。

 本意十割で嬉しかったんだ。だってそうだろう? 大切な友達が、二人くっついたんだから。

 だけど、月日がたてば否応なく突きつけられる現実。

 そして、初めて気づいた自分の気持ち。

 ずっと一緒にいるって、何もしなくても傍にいるって、勝手に思い上がっていた。けれど、そんな餓鬼は俺だけで、二人はいつの間にか大人になっていた。

 一人ぼっちな俺の為に二人は歩幅を合わせ、俺はおしどり夫婦に連れられる子どものように無邪気にはしゃぐのが精一杯だ。

 二人は付き合っている。でも、俺達三人は友達だよね。だから、これからもずっと一緒にいようぜ、って空気の読めないふりをし続ける。道化を演じ続ける。傍から見れば、爆笑ものだろう。一番おかしいと思っているのは自分自身だけど、それでも止められない。二人の傍にいたら、傷つくのは俺だ。だけど、近くにいたいって思う。これが、俺の我が儘だ。

 だって、二人は友達だから。

 単純だけど、傍にいたいって理由はそれだけで充分だろう?

「よく考えてみなよ、片桐くん。夏樹に手料理なんて家庭的な一面があったら想像しただけで吹き出してしまうよ。それに、お互いの領域を必要以上に侵さないようにするのが本当の彼氏、彼女だろ? 必要以上に恋人に寄り添う。それは、ただの依存関係でしかない。そうなったらお互いが甘え、お互いを駄目にするだけだよ」

 宮崎はカップラーメンの蓋を開けながら、賢しらな顔つきを俺に向ける。



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