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海のキャンバス  作者: 魔桜
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針の筵 vol.1


 がやがや喧騒と、戦国武将達並みの乱舞の中、片桐は悠々高みの見物。家にあった団扇を持ち出し、笑いを噛み殺した表情を団扇で覆い隠す。気分は策士孔明。

「うぉら、どけどけどけ。この私の後ろには、屍ぐれぇしか残らねぇぞ! 蛮勇ある奴はかかって来やがれぇ!」

関羽張りの一騎当千。戦場を駆る姿は正に夜叉。その武将の名は工藤夏樹。争いが起こるとき、阿鼻叫喚の中心に居るのは、いつも工藤。俺とは違う理由で、教師から問題児扱いされている猛者。

 奴の猛攻に雑兵共は泣き叫ぶ。

 工藤だぁ! 工藤が来たぞ! 逃げろ、病院送りにされるぞ! 奴との闘い。……それこそが我が宿命。うが! フットボール部の川島が、対峙二秒でトラックと正面衝突したかのように吹っ飛んだぞ! 誰か、手当てを! 応急……いや、延命処置を! ……なぁ、死ぬ前に俺の夢を聞いてくれるか? 嫌だああああ! 男が男の遺言聞くなんて、暑苦しい青春送りたくない!

 そう、この時間帯パン売り場は戦場と化す。

 敵将討ち取ったりぃ! と焼きそばコロッケハムカツパンを、武将の生首のように上に向って突き出す工藤。それを見て打ちひしがれる男共。工藤の突進直線上に立っていた奴らは、もはや死に体。意気消沈程度では済まず、立ち上がることすらかなわない。

 一番気の毒なのは、工藤に踏み潰されているフットボール部の川島とかいう奴だ。恐らく、無意識のまま工藤に止めを刺されている。そして気絶した川島の傍には、敬礼している痩躯なアホがいる。助けようとはしていないが、川島も本望だろう。

 そんな自然界の弱肉強食。食物連鎖の縮図のような構図が、毎日繰り返されている。戦場で工藤に挑んだ勇者は落ち武者となっていて、暗い雰囲気。

 それとは真逆。明るい雰囲気なのは、遠巻きにこの戦場をイベントとして観ている奴ら。観客の女子生徒は拍手喝采。工藤を褒め称える。

 女には絶対手を出さない工藤は、同姓から絶大な人気がある。男よりも男らしい工藤は、女子生徒からその腕力を買われ、用心棒として雇われることもある。パン一個を生贄に捧げさえすれば、どんな揉め事も即座に解決・処理をしてくる。そんな便利屋のような工藤は、なにかと人望が厚い。

 キリリと眉は上げ、豪快に口を開けば見える八重歯。そしてセーラー服が、ものの見事に似合っていない。が、それが妙にカッコいい。男らしく、大雑把に切り揃えられたストレートヘアの短髪。寝癖のアホ毛は工藤らしい。

 一日限定一個。焼きそばコロッケハムカツパンは、そのボリュームとは裏腹に激安。パンの耳に次いでの安さに、成長期の男共は雲霞のごとく群がる。それを毎度のことながら、工藤が一蹴する。

 それを見てほくそ笑んでいる購買部のオバちゃんは、この戦の仕掛け人。口癖は諸君、私は戦争が好きだ、のオバちゃんに俺はいつも背筋が凍る。

 以前、工藤の脅威を逃れるため、工藤が来る前にコロッケハムカツパンを取った、猪口才な男子生徒がいたが、それを見た工藤は何も言わずに、涙目になりながら普通のアンパンを購入していた。

 その後、その男子生徒は女子生徒から散々、詰られたり、工藤を姐さんと慕っている体育会系部活動の筋肉質な奴らに、袋叩きにされたりとか一悶着あったらしい。

 それからは工藤が来るのを待ってから、争奪戦を始めるのが暗黙の了解となった。これを俗にいう購買部の変という。

 うぉーい、取ったぜぇ! と手を振る工藤に、ほとんど条件反射で片桐は振り返す。たったそれだけのことで顔が緩む自分が恨めしい。

 ねぇ、あれ。なぁ、なんで工藤と、宮崎はあんな奴と一緒にいるんだろーな。あの人のせいで、工藤さんや宮崎くんの先生の評価が悪いんでしょ? えー? なにそれ? さいてぇーじゃん、あいつ。

 工藤の合戦姿を観ていたギャラリーの奴らが、俺に嫌悪の感情をぶつける。周囲に詰られるのは、この中学に入学してから三ヶ月も経った今では、もう慣れっこだ。

 だから、雑音なんて気にもしていない。

「片桐ぃ! 屋上行こうぜ!」

 工藤は強引に俺と肩を組み、眩しいばかりの笑顔を俺に向ける。

 女子中学生にしては豊満な胸が押し付けられ、いつもなら狼狽くらいするだろうが、今はそんな心の余裕が無い。

 工藤のその奔放さや、思いやりは、俺にとっては重荷でしかない。

 その中途半端な優しさが、俺の心をどれだけズタズタにしているのか、こいつは想像できているのだろうか。俺は、お前の優越感を満たす為の機械なんかじゃない。そんな本音をこいつに言って傷付けた日には、俺は自分自身をぶん殴るだろうな。

「ああ! 宮崎も待ってるだろーしな!」

 できるだけアホっぽく。頭を空っぽにして、俺は今日も笑顔で工藤と屋上へと向う。

 これからも三人と友達でいる、その為に――。

 


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