表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
海のキャンバス  作者: 魔桜
21/28

擦れ違い

 曇天と混ざりあって、コバルトブルーの海は、群青色に染まっている。

 バケツをひっくり返したような豪雨。スコールの叩きつけるような激しい雨の音に、いつも心やすらぐ潮騒の音は、片桐の耳に届かない。

 傘を忘れた片桐のシャツはスポンジのように水を吸収し、ずぶ濡れ。砂浜に建てられた休憩所に腰掛け、シャツを雑巾のように絞る。

 すると、海野が綺麗な花柄模様の傘を差しながら優々と此方に来た。その悩みのなさそうな挙動が、憎らしい。

「着替えなら、他所でやってください」

 ころころ笑う海野の顔には安堵すら感じるが、それ以外の感情も同時に湧き上がる。

 上半身裸の俺に遠慮してか、少し遠くに海野は座る。シャツは湿っていて、着ると気持ち悪かった。

「俺のことは気にすんな。お前は絵に専念しろ」

 はい。と、はきはきと答えながら、クロッキー帳を取り出す。自分が提案したことではあるが、こんな殺伐とした海でも描くのだろうか。

 波打つ海と、針のような雨。

 そんな情景すら、すらすら流水のように描いている海野を見て嫉妬してしまう。自分の夢を持ち、それに向かって懸命に努力している姿を見せつけられると、息苦しさを感じる。

 俺とは立っている場所が違う。

 見ているものが違う。

「なぁ、知ってるか?」

「はい?」

 海野は首を傾げ、言葉の続きを促す。

 莫迦、止めろ。何を口走ろうとしてるんだ。

 俺は、海野と向き合って、そして、自分の気持ちとも向き合おうと決心した筈だ。

 その筈なのに、当の本人を見ると、どうしても揺らいでしまう。

 これを言ったら本当に決定的だ。

 だけど、確実に答えを聞ける。

 それなのに、俺は何を躊躇っているんだ。

 俺は海野とぶつかって、海野と宮崎が今、どんな関係なのか知りたかったんだろ? だったら今、そのまま思っていることを言えばいいじゃないか。何を惜しんでいるんだ。何を悲しんでいるんだ。

「宮崎と工藤は別れたんだよ、よかったな、海野。それで、宮崎は、お前のこと好きなんだよ。お前、莫迦だな。一人で勝手に困って、悩んで……。だから、さっさと告っちまえよ、きっと上手くいくぜ。俺も祝福するからさ。いや、もう告白したのか? 怒るなよ? たまたま、お前ら二人が仲良く話してるとこ見たんだ。わざとじゃないぜ」

 興奮の余り、途中で立ち上がっていた。

 未練も何もかも断ち切る為に、矢継ぎ早に話していた。

 俯いている海野の前髪がカーテン代わりで、表情を読み取ることができないが、唇は一文字。どうしたんだよ? 嬉しくないのか?

「そうか! 嘘だとでも思ってんだろ? これは嘘でもたちの悪い冗談でもねぇよ! なんなら工藤にでも確かめてみろよ。全部本当のことだから! よかったじゃねぇか! これで、わざわざ俺に付き合わなくて済むんだからよ」

「……どういう意味、ですか?」

 硬質な海野の声に、自分はとんでもないことを口走っていることに気付くが、それでも一度言った言葉をなかったことにできない。続けるしかない。

「だって、そうだろ! 海野は俺を利用してたんだろ? 接点のない宮崎に近づく為に、俺に嫌々付き合ってたんだろ? いやー、凄ぇ頭いいな、お前。でも、まっ、良かったじゃねぇか! これで、嫌な想いしなくて済むじゃねぇか。これで――」

 これで、お前は幸せになれる。お前は、俺にかまわずあいつと付き合えばいい。俺は、工藤と結ばれることはなかったけれど、海野、お前は違う。

 お前は、幸せになれるんだよ。と言おうとしたが、海野に思いっきり横っ面を叩かれる。

「なっ――」

「それがっ、それがあなたの思っていたことなの?」

 俯いていた海野が顔を上げる。顔は朱色に染まり、憤怒の余り体全体が震えている。

 ずっと、疑問に思っていた。

 あの嫌がらせが趣味としか思えない、美術部の部長に耐える海野が、どうして俺を本気で拒絶しないのかということを。

 そうだ。

 海野は、俺を通して宮崎を見ていたんだ。最初から俺なんてどうでもよかったんだ。くそ野郎がッ。

「なっ、なんだよ! 図星を突かれて怒ったのか? ほっんと、単純だな、お前」

 もう一度ビンタしようとした海野の腕を掴んで止める。くっ、と悲痛な叫び声を上げる。思わず強く握りしめてしまった。素早く放そうとするが、

「もういい! 二度と私の前に現れないで!」

 俺の手を強引に振り切り、海野は土砂降りの中クロッキー帳を抱え走って行った。

 俺は中途半端に上げていた腕を下げ、思いっきり砂を蹴る。勢い余った俺は、後ろに倒れ、休憩所の 床張りの板に、受け身もなしに頭をぶつける。いつかの海野のように。

「……俺、なにやってんだろーな」

 ぽつり呟いたその言葉に帰ってくる返事はない。

 片桐の傍には海野が持ってきた傘がおいてけぼりにされていた。

 たった、それだけだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ