負のスパイラル vol.1
牛乳だけ買うとなると、カードのポイントが付かないので、セールだったエリンギとモナカアイスも籠に入れた。
本当は、ストロベリー味のハーゲンダッツを食べたかったのだが、セール非対象だったので、泣く泣く諦める。
店員から渡されそうだったビニール袋を断り、少し大きめのショルダーバックに講習した食品を入れ、スーパーを出る。
アイスだけは帰りの道中にでも処理しないと、姉に余計なもん買ってきてんじゃねぇ! と、拳骨をもらってしまう可能性がある。それに早く喰わないとアイスが溶けてしまうので、さっさと食べないと。
バックからアイスを取り出そうとすると、
「おっ、片桐じゃん! 何してんの?」
聞き慣れた声。
異常に鼻息の荒い大型の秋田犬をリーダーウォークしているのは、工藤夏樹。
黒い、レースベストを羽織、その下は、大きな英語のロゴが入っている白Tシャツを着こなしている。男らしさを感じさせるラフな格好でありながら、肢体は女らしさを醸し出していて、そのアンバランスさが工藤以外の誰かなら、こうも似合っていないだろうと思う。
汗をかいているせいか、ブラの紐が透けて見え、喉をゴクリ。ダメージ加工のショートパンツをはく足の脚線美に、もう一度ゴクリ。
緊張のあまりカラカラに干上がった喉を潤すと、ようやく言葉を発することを開始できる。
「俺はスーパーで買い物。工藤は?」
工藤の服装を直視できないから、必然的に秋田犬に目線が行く。ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、と、舌を出しながら、犬はいかにも悶え苦しんでいるように見える。
犬の右目は右回りに、左目は左回りにグルグル回って、視点が全く定まっていない。
なんで、こんなに死にかけているのか探っていると、犬の首輪が頸の肉に食い込んでいた。健気にも、飼い主のお座りという合図がないせいか、がくがく震えている手足で全身を支えている。
「見ての通り、犬の散歩。家事は手伝えないし、このぐらいはやらないとね」
ああ、確かに手伝えないだろうな。
一度こいつにプレゼントされた、バレンタインの義理チョコを食べたことがある。期待に満ち溢れた瞳の工藤の顔に、もう少しで、鉄砲水のような勢いでチョコレートをぶっかけるところだった。
どうやったら板チョコを溶かして固めただけのチョコを、食物兵器に特化できたのか不思議でたまらない。
どんな作業過程を経たのかは想像だにできないが、舌の上に乗せた途端、チョコがしゅわしゅわと音をたて、個体から液体へと劇的に変わっていくと恐怖に駆られた。
気合でなんとか全部食べられたが、俺の苦笑いで全てを悟ったのか、それ以来、工藤は俺にチョコを作らなくなった。
やはり、彼氏は特別なのか、宮崎にだけは毎年贈っていたりする。これは予行練習だから。と言いながら、俺には絶対にくれない。それは当たり前のことだけど、やっぱり、少し嫉妬やら悔しさやら暗い感情が首をもたげてしまう。
「なぁ、ちょっと近くの公園行かねぇか」
「……うーん、いいね。いつもは五キロぐらい散歩するから、たまにはのんびりしようか」
工藤と少しでも喋りたいとか、一緒にいたいとか、下心が全くないと言ったら嘘になる。
だけど、今は犬の首輪を緩めるのが、今の俺の最優先事項だ。工藤の、俺にとってのランニングの速度であるハイペース歩行についていける時点で、立派な忠犬ぶりを発揮している。
首を締めつけらながら、アスリート並みの体力を持つ工藤と散歩するなんて、自ら命を捨てるようなものだ。
グルグル回っていた犬の目は、いつの間にか俺を捉えていた。その潤んだ瞳は、俺に助けを求めているとしか思えない。そうか、そうだよな。そのままじゃ、きついよな。今、楽にしてやるからな。




