忠言 vol.1
なぜ俺がこんなところにいるかというと、宮崎の異様なほどの熱意にほだされたからだ。片桐はチェーン店でもない、全く聞いたことのない店名のラーメン店のカウンター席に座る。というよりも、カウンター席に座らざる得ない店なのだが。
マイナーなラーメン店の厨房は丸見え。
そして、厨房を囲むような半円型にカウンターがある。さらに狭く感じる要因としては、漫画や雑誌が異常な程多い、というのが列挙できる。少々古いが、目算一・五メートルの高さの本棚が、二十個ほど並んでいる。
そのスペースがあれば、椅子を増やした方がいいだろう。もしくはラーメン店ではなく、中古本の本屋を目指した方がよかったんじゃないのか?
ラーメン店の場所は、建物と建物の間の幾重にも入り乱れた裏通りを、何度も右折左折して、ようやくたどり着くようになっている。普通に歩いていたら確実に行き着かない。
宮崎に連れられて、着いたと持ったこの場所には、暖簾すら上がっていなかった。これじゃあ、来るなといっているようなもんだ。
最近、俺の付き合いが悪いと、永遠にグチグチ言われて、少しは遊んでやろうとは思った。そうすれば少しは静かになるだろうし、最近、つまりは宮崎が工藤と付き合ってから、二人で遊ぶ機会はなかったから、絡みたいという欲求もあった。
が、ここは止めた方がいい気がする。なぜなら、店内はガラガラで、客は俺と宮崎の二人きりで、店長というよりも、その息子が店番を任されました! といった方が納得できるような若い男は、なんだか頼りない。
「ほら、ここのゆで卵は美味だよ」
「ああ」
片桐は宮崎に手渡されたゆで卵の殻を剥いていく。
見たところ、ここの利点と言えば、ゆで卵、辛子高菜、メンマ、ねぎ、チャーシューが山盛りでカウンターにある大皿に載っていて、全て食べ放題の無料といった点だろうか。こんなことをして、商売成り立っているのか甚だ疑問だが。
一番の不安要素は、店長らしき男が、料理は勝負だぜ、カカカカカ! と意味不明な言葉を愉快そうに叫びだしたと思いきや、私の代わりはいくらでもいるもの……とむせび泣いたりしていた。
……情緒不安定過ぎるだろ。
二個目のゆで卵を頬張り、塩が欲しいと思っていると、へい、お待ち。と覇気のない声音で若い男がラーメンを出す。
予想以上に醤油の香ばしい匂いに、片桐は目を見開く。予想以上のラーメンのいい匂いに思わず涎が出る。
スープは透き通り、麺は細麺。それしかないのかと思ったが、宮崎が大皿から具を取るのを見て、それを見習う。自分の好みで、これでもかとメンマ、ネギ、チャーシューをラーメンの麺が見えなくなるまで投入する。
早速麺を啜ろうとするが、宮崎にきっぱり、これを使いなさい。と、学校の先生のような口調で、まずは箸ではなく、レンゲ使用を強要される。どうやらスープから味わえという意味らしい。
ラーメン奉行に逆らうと、後々面倒なことになるので、素直にレンゲでスープを掬う。
猫舌の片桐は、ふー、ふー、と十分に熱を冷ましてから飲む。
「……うっまいな、これ」
「そうだろ。ここは穴場なんだよ」
ズルズルッと麺も間髪入れずに啜ると、片桐は思わずため息を零す。やべっ! と、宮崎に勧められた醤油ラーメンに舌鼓を打つ。
コシのある細麺は喉越しよく、食べれば食べるほど食欲が増していき、透き通ったスープはあっさりしていて癖がないが、凄まじく美味しい。
何か一つでもしくじったら、何の変哲もない醤油ラーメンなのだが、これは今まで食べてきたラーメンの中でも別格。これ程美味いと、他店のラーメンが食べられなくなりそうで恐い。
それから黙々と二人は食べ続ける。
替え玉が必要かと思ったが、先に食べた卵は意外に腹持ちが良く、そのまま完食。げぷぅと、満足印のげっぷを出す。




