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第12話 シェナの不調

 その日の夕食時。

 クチルはイヴァンとともに風呂を終えて、食堂へとやってきた。ヤナが食事の後に時間を作ってくれると言うので、内心少し緊張してもいる。

 食堂に入るといつも笑顔で迎えてくれるサーラのかわりに、パトリックがキッチンに立っていた。継ぎ手たちがやってきたことを知ると、パトリックがみんなを手招きする。


「よーし、お前ら。スープとシチューは自分でよそっていってくれ。で、パンもここから好きなだけ取っていけよ」

「はーい」


 みんな何事もなく対応しているが、いつもならキッチンにはサーラが立っているはずだ。しかもシェナもいない。


「あれ……?」

「シェナとサーラさんは?」


 イヴァンも同じことに気づいたのだろう、隣で自分の言葉の続きを代弁してくれた。そのイヴァンに、ヤナが答える。


「シェナがちょっと体調悪いから、サーラさんが看てくれてるの」

「あ、そうなんだ。シェナ、大丈夫なの?」

「うん、たぶん大丈夫。いいから、ほらスープよそって」


 ヤナは自然と話を終わらせて行動を促す。


(そっか、ヤナとシェナはお風呂同じだもんね)


 継ぎ手たちの宿舎には風呂は3つあり、それぞれイヴァンとクチル、ヤナとシェナ、フベルトとレオシュが使っている。だから詳しく事情を知っているのかも知れない。


「クチル」

「うん?」


 ヤナが小声で自分を呼んだので、クチルは振り返り、ヤナのほうへ近づく。


「今日、あんたらの歓迎会やるってシェナから聞いた?」

「あ、うん……」

「別の日でいいよね? シェナもいたほうがいいし」

「もちろん! シェナとも喋りたいし」

「シェナが心配してたからさ。体調悪くて真っ青な顔してんのに、クチルと約束したから食堂行くっていうんだもん。止めたよね」

「そ、そうだったんだ……なんか申し訳ないことしちゃったな……」


 シェナがそう言う光景をなんとなく想像できてしまう。


「クチル、ヤナ。スープは?」

「うん、今からやる。クチル、おいで」


 ヤナに目配せされてクチルもスープをよそいにいく。その様子を見たパトリックが

「ヤナもお姉ちゃんになったなぁ……」と呟くのを聞きながら。


「ねぇ、ヤナ。あとでシェナのお見舞いに行ってもいい?」

「うーん……私が様子見てからね」

「わかった」

「ヤナ、クチル。遅いから、2人のぶんもよそったよ。あとはパン持っておいで」

「はーい、ありがとう」

「ありがとう」


 レオシュがその場を取り仕切ってくれたらしい。クチルとヤナは自分の好きなパンをいくつかとって、食事がいつでも始められるように準備されたテーブルについた。


「じゃあみんなで……いただきます!」

「いただきます!」


 パトリックの言葉でみんなが食事を始める。パトリックから聞いていたように、サーラの食事は本当にどれも美味しい。栄養素の偏りにも気を遣ってくれているのか、肉や魚、野菜もいつも出してくれていて、継ぎ手たちにとって食事が1日のうちで楽しみになっているのは間違いなかった。


「イヴァン、それバター塗らないのか?」

「あ、塗る」


 イヴァンがパンを食べるのをみていたパトリックが声をかけ、手元にあったバターの箱をイヴァンに渡した。


「ありがとう、おじさん」

「ああ」


 何気ない会話だったが、レオシュ、フベルト、そしてヤナがニヤニヤしているのにクチルが気づいた。


「やっぱり副指揮官がおじさんって言われてるの、なんか笑っちゃうんだけど」

「親戚の人みたいだよな」


 ヤナとフベルトがそう言うと、イヴァンは少し恥ずかしそうに笑った。


「やっぱり変? 僕、おじさんって呼べる人がいなかったから、すごく嬉しくて……」


 イヴァンのあまりにも健気な様子に、他の3人が顔を見合わせたのがわかった。


「じゃあ、おじさんって呼び続けようか。ふふ、可愛いね。イヴァンって」


 レオシュはイヴァンの幼さが微笑ましいのか、口元に手を当てて上品に笑う。


「じゃあ、私もおじさんって呼んでみようかなー? ねえ、おじさん」

「うお、なんかヤナにおじさんって言われると……」

「何よ! その続き言ってみてよ!」

「いや、そのなんていうか……」


 パトリックとヤナがやいのやいのと話しているところに、ドアが開いてサーラが戻ってきた。


「シェナは大丈夫そうか?」

「ええ。今は戦具と一緒に寝てるわ」

「そうか……」


 パトリックはサーラの言葉にほっと一安心したようだった。


(寝てるのか……じゃあお見舞いはしないほうがいいかな?)


「シェナは本当に身体が弱いよな。戦具の力で治らないのか?」

「フベルト。あまり言いすぎるな」


 レオシュにしては珍しく、厳しい語尾だったことにクチルは内心驚いた。しかし、逆にフベルトはムキになってしまったようだ。


「だって、本当のことだろ? 怪我も病気も治るのが『レフカの祝福』だろ? それがあるのに治らないなんて変だよ」


(『レフカの祝福』……? そういえば……)


 クチルはパトリックとともにミオラ村から首都へ来たときに話したことを思い出した。戦具には大きく2つの効能があるという。1つは技を繰り出すことができること。そしてもう1つは所有者の身体能力を向上させ、または怪我や病気を凄まじい速さで治癒できること。


『俺もたくさん怪我はしたが、戦具を握っていればすぐ治るんだ。骨にヒビが入ったくらいなら、1日も戦具を握ってりゃ治る。ああ、痛いは痛いぞ』


 笑いながら腹の傷跡を見せてくれたのも記憶に新しい。


(確かに、フベルトの言うとおりだ。戦具の力じゃ、治らないのかな?)


「それに、さすがに頻度も多いだろ。よく訓練も休むし」

「フベルト。それ以上はだめだよ」

「だけど! 僕は、そんなに休むなら継ぎ手になるべきじゃないと思う。もし戦ってる間に具合が悪くなったら? 寝込んでる間に逆徒が襲ってきたら? 今までそういう状況はなかったとはいえ、可能性がないわけじゃないだろ!」


 部屋は静まり返っていた。誰もがフベルトにかける言葉に悩んでいたのだろう。ヤナとレオシュ、そして大人の2人は何か事情を知っているようだった。


「フベルト君。あとで、私とお話しよっか?」


 口を開いたのは、意外にもサーラだった。そのことに動揺したのか、フベルトもさっきまでの勢いはなく、ただしばらく考え込んで頷いた。


「じゃあ、あとでフベルト君の部屋に行くね。じゃあ、ご飯の続き、食べて? 今日はいつもより美味しくできた気がするの」


 サーラは笑顔でそう言って、みんなの止まった食事の手を動かすよう促した。レオシュもヤナも何も言わずに食事を進めている。


(サーラさんは、やっぱりおじさんが惚れる人だ)


 この状況を変えられたのは、今思えばサーラしかいなかったような気もする。クチルは少しだけ冷めたスープを口に運び直した。


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