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第9話 初訓練

 やってきたのは広々と開けた平原であった。すでに地面の所々は焼け焦げており、日頃からここで訓練を行ってきたというのがよくわかる。


「まずはそれぞれ分かれて準備運動をして、そのあとクチルはヤナについて、イヴァンは俺について戦具ごとの扱い方を学んでくれ。ヤナ、クチルを頼む」

「はーい」


 ヤナはクチルの方を見て手招きをした。クチルは言われるままヤナについていく。


「闇の剣に触るのはこれが初めてでしょ?」

「はい……」

「敬語とかいらないから。もっと楽に喋ってよ」

「いいの……?」

「うん。変な距離感ある方が嫌。私達、戦うときはお互いに命預けてんの。まずはみんなから、ちゃんと信頼されるひとになること。それが継ぎ手として最初に目指すべきことだよ」

「わかった」


 クチルが頷いたのを見て、ヤナが立ち止まる。そして腰に佩いていた剣をさやから取り出して渡してきた。


「はい。これ、握ってみて」


 差し出されたのはだいぶ年季の入った細い剣。お世辞にも『神聖の戦具』なんて伝説上のもののようには思えなかった。ところどころ刃こぼれしている様子も見られ、柄も古くて小汚い。


「これが、その……闇の剣?」

「そう。驚いた? ボロいでしょ」

「……うん」


 考えてみればうんと二千年は昔のレフカの時代から伝わっている戦具なのだから、これほど劣化していてもおかしくはない。


(というか、逆にそれだけ長い間使ってこれなら、きれいなほうなのかな……?)


 そう思い直し、ヤナから剣を受け取った瞬間。剣が大きく脈打ち、刀身の形状がぐにゃりとゆがんだ。と思えば大きく波打ち、その刀身から黒いものが浮かび上がった。そしてその影はクチルの肩あたりに取り付いた。そして、獣が牙を向いた横顔のような形になり、身の色もどす黒く、見つめているだけで吸い込まれそうになる。


「あんた……もしかして、すごい?」

「え……あの、僕は何も……」


 とりあえず剣は落とさないように持っていたが、あまりの変貌ぶりにのけぞってしまった。その様子を見ていたヤナは、逆に目を輝かせた。


「おお~、早速出たか。しかもクチルの権現はでかいなぁ」


 少し遠くにいたパトリックが声を上げた。楽しそうに影を見ているパトリックと、あまりにも禍々しい雰囲気を醸し出している自分の頭上にある影を見比べる。


「クチルね、握っただけで権現が出てきたんだよ!」

「本当か? そりゃすごい」


 次々にレオシュ、シェナ、フベルトが少し離れたところから声をかけてくる。


「すごいね、これは技を合わせるのが楽しみだ」

「そんな大きな権現だったら、後方からでもどこにクチルがいるかよくわかるね!」

「オレのよりも強そう! 負けねーぞ!」

「すごいなぁ」


 パトリックの隣にいたイヴァンも、興奮を隠しきれない様子だ。その様子に気づいたパトリックが、イヴァンに声をかけて二人は再度訓練に戻ったようだ。それを見ていると、横からヤナが肩をつんとつついてくる。


「もう、技もやってみる?」

「技……?」

「そう。いくつかこの剣でできる技があるから。クチルなら、きっとすぐ習得できると思うよ? 貸して」


 ヤナに言われるまま剣を手渡すと、ヤナの手にわたった瞬間さっきまでのボロい剣に戻る。そしてヤナが目を閉じ何かを念じるように剣を握り直すと、大きく太い大剣のような形に変わった。眩しいほどの輝きを放ち、先程までの刃こぼれした状態からは打って変わったさまに、クチルは目を見開いた。


(僕のときとは、形が違う……!)


「これ、人によってみんな違うんだよ。さっきのは、クチルだけの権現。これが私だけの権現。ね、かっこいいでしょ」

「うん、かっこいい!」


 クチルが頷くと、ヤナは少し自慢げに微笑んだ。


「技名と、それがどういう技なのかをまずは覚えること。これは戦うときに、他の継ぎ手と連携するために絶対必要。だから、他の継ぎ手の技も全部覚えるんだよ」

「技って、いくつくらいあるの?」

「うーん、その戦具にも継ぎ手にもよるけど……私の場合は今のところ、全部で4つかな。本当は闇の剣には7つの技があるって言われてるんだけど……まぁ、全部使えるのは、それこそ英雄レフカのみってね!」


 パトリックから聞いていた話では、ヤナは負けず嫌いな節があるという。本人もすべて使えないのはどこか納得いかないのだろう。すべて使えるのは伝説の英雄・レフカのみ、というのを引き合いに出して、無理に自分を納得させているようだった。


(7つのうち、ヤナが4つか……僕はいくつできるようになるんだろう)


「じゃあ、まず1つ目はこれね。【強化】!」


 ぴゅっと空いた左手で天に弧を描くと、右手に持っていた剣から光か湯気か、白いもやが立ち上った。


「これは基本的に戦闘中、いつも使っておいてほしいかな。これはこの剣の戦闘力を高める効果があるから。闇の剣は、光の盾が敵の注目を集めるから、その隙を見て敵に斬り込むのが仕事」

「さっきの左手の動きは?」

「あれは手符。遠くの味方にこれで連携するのも限界があるから、この手符でどう言う技を発動するかを周りに共有するの。他の継ぎ手がどういう動きするかわからないまま動けないでしょ? あくまで私達は、集団戦だから」

「なる、ほど……」


 それからヤナは、いかに自分たちの戦い方が味方との連携を重要視するかを説いた。盾、剣、ハンマーと鎖、槍、弓の5人はそれぞれ役割がある。盾が味方の攻撃を代わりに受け、その影から剣が敵の急所を狙いに飛び出す。敵がそれを防ごうとしたらその動きをハンマーで妨害し、槍で敵の弱点を突き刺したり敵の軸足を薙いだりして気を引き、弓で高所に閃光弾を放って敵の視界を奪って全員でとどめをさす。最後にハンマーが鎖で敵を封じ込めて、継ぎ手たちの役割は終わる。その後、騎士たちを集めて作られた処理班が掃除と記録をするのだ。


「だから、さ」


 ヤナは少しクチルにあわせてかがんだ。


「私ね、剣って一番かっこいいって思うんだよ」


 得意げに微笑むヤナに、クチルは不覚にもこれまで感じたことのない引っ掛かりを覚えた。自分も早くヤナと肩を並べて、いやそれよりもヤナに尊敬されたい。


「だから、早くクチルも活躍できるように私も頑張って教えるね!」

「う、うん……!」


 まだこの引っ掛かりがなんだったのか、答えにたどり着くより先にヤナが話し始めてしまう。その余韻に浸っていたい気持ちと、今のヤナの言葉を取りこぼすことなく聞きたい気持ちがせめぎ合う。


「第2の技は……【赤月残波】」


  再び左手で手符を刻むと、先ほどの刀身がさらに太く、赤い月のような色に変わった。


「これは敵に斬り込む時に使うの。あくまで剣で戦う時ね。この剣は、波動も出せるから、それで戦うこともある」

「波動……!」

「まぁ、私は私なりの美学として、とどめはこの剣で私が直接さす、って決めてるけどね!」


 次から次へと新しい概念を与えられて、クチルは何も言えないまま口を開閉するしかなかった。


「でもクチルはもう少したくさんご飯を食べて、筋肉をつけなきゃね!」

「それはそうかも……」

「じゃあまずは素振りから。300回いくよ!」

「さ、300回!?」

「そう! 継ぎ手は筋肉つけてなんぼなんだから! 見て、私の腕」

「す、すごいけど……」


 確かに村にいた女性たちよりは筋肉がしっかりついている。


「足もかなり鍛えたんだよ!」


 そういって無邪気にふくはらぎと太ももの筋肉を見せてくる。


(な、なんかこの人、筋肉推しがすごいな……)


 初日からしごかれると思っていなかったクチルは絶句したが、ヤナの笑顔を見るとこれがここでの常識なのだと悟るのはすぐのことだった。


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