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YUI  作者: 相楽 二裕
Season1
8/76

もう一つの物語


 西本徳二はとどのつまり玉砕だった。のちに西本が語ったところによれば、バーベキューの片付けのときに人目を盗んで柚原美梨花にがっつり告白し、がっつりゴメンナサイされたとの由である。


 まあそんなトコロだろうとは思っていたが、本人の落ち込みようは半端ではなかった。あれだけ明解に予測可能な結末もなかったが本人はたぶんかなりの確率で成功を見込んでいたフシがある。彼のその無邪気さが、可哀想といえば可哀想である。願わくばこれからの彼の学校生活が他方面で輝きに満ちたものであらんことを。


 当の柚原はというと、いつもの相変わらぬ様子で何度か俺に絡んではきたが、特に今までと違った変化は見られなかった。思い通りにさせない、なんていう意味ありげな言葉は棚に上げられたまま、数日が過ぎた。


 ところであのキャンプで株を上げたのはやはり奥田陽だと俺は思う。俺は気づいていた。新田遥菜ばかりかあの堅物の高城修子までが奥田の手慣れた感じ、てきぱきと働く姿、炭火を熾し飯を炊き、キャンプ道具を扱う姿に好意以上の熱い何かをこめて視線を送っていたコトに。


 結論。オトコが道具を使いこなす姿は尊い。


 実際俺も奥田には一抹の敬意を持つようになった。普段クラスでは無口で目立たぬ存在ゆえにあまり深く関わろうとしてこなかったことを悔いるほどに。


 背が高くて一見のっそりとした感じの奥田だが、けして鈍いのではない。動きを見ていれば分かる。彼は無口ではあるが口下手ではない。言葉選びは適確だし無駄がない。沈黙の価値を知っているがゆえの深慮にもとづいた口数の少なさなのだ。むしろ頭の回転は速くて、彼の慎重かつ堅実さがそれにいい感じでリミッターをかけているというべきか。



 その奥田が「安藤ちょっといいか?」と休み時間に俺を誘った。

 ふたりで連れ立って屋上へ行った。


「どうした?」

「うん、お前の耳には入れておいたほうがいいと思ってな」

「この間のことか?」


 奥田は黙って頷いた。どうやら予想が当たったようだ。だが意外だった。話の内容は言わずもがな西本のことだと思われるが、もう終わったこと。しばらくは引きずったりギクシャクしたりするのは仕方ない。それ以上に、他人が出る幕ではないことは奥田だってよく解っているだろうに、なにゆえ。


「三原のことなんだが」

「は?」

「実はあのキャンプで、御蔵島に告白したらしい。つうか、した」

「え?」


 俺のあずかり知らぬところでもう一つの物語が花咲いていたとは。


「それは知らなかったな」

「だろうな。お前、西本・柚原組のほうに夢中だったからな」

「な、何を言うか」


 まるで俺が柚原に横恋慕しているのはお見通しみたいな台詞を頭一つ分抜きんでた上方から投げかけられると、まるで俺が柚原に横恋慕しているみたいではないか。いや、なんだか思考が変なところで堂々巡っているので考えを放棄して斜め上のご尊顔を拝する。奥田は、だが意外にも真剣な表情であった。


 俺は気を取り直して、

「で、三原・御蔵島ペアがどうかしたか? 俺あんまり他人の色恋沙汰には首を突っ込まないほうなんだが」

「うん。それは俺もだ」

 そう言いつつも浮かぬ表情ののっぽさんは、

「けど、やっぱりお前には知っておいてほしい」

 奥田の表情から何かありそうだと睨んで、俺も真顔になった。

「話してみろよ」


「あの晩、片付けのときたまたま見ていたんだが、三原が御蔵島を誘って林のほうへ入って行ったんだよ」

「うん、それで?」

「なんかヤバい雰囲気だと思って俺は跡をつけた」

「おいおい」

 言うと、人の色恋に首は突っ込まない主義の男が手を振って、

「いや、違うんだ。けっして覗き見したかったからじゃない。聞いてくれ」

 そう言うので、とりあえず聞こうと言って腕を組んだ。

「案の定、三原は御蔵島に告白をはじめた。すると察した御蔵島が三原の言葉を途中で遮って、『わたし好きな人がいるから』というんだ」


 奥田にしては言っていることとやっていることが少々ズレている気がするが、取りあえず聞くと言った手前、黙って聞いた。俺も他人事に首は突っ込まないとは言ったが、ジェネ子の好きな男というのはちょっとだけ気になる。


「『誰なんだよそいつ』と三原は聞いた」

「まあ、もっともだな」

「御蔵島は『あんたに言う必要なんかないでしょ』と冷たく言い放ってその場から去ろうとした」

「うん」

「そしたら三原が御蔵島の腕を掴んで『教えろよ』と迫ったんだ」


 話が不穏な方向になってきた。奥田が俺に言っておきたいことというのはきっとこの先なのだろう。


「『離して』と御蔵島は叫んだ。『言わなきゃ離さない』と三原が我を張った。御蔵島は『大きい声出すからね』と三原を牽制した」


 知らぬうちに俺は事の成り行きに興味をそそられ、固唾を飲んでいた。


「俺は木立の陰に隠れて、いよいよヤバくなったら助けに入ろうと身構えてた。しばらくそんな押し問答が続いて、やがて御蔵島が痺れを切らしたように大きく息をついてな。叫んだんだ」

「な、何て?」

「『助けて安藤くん!』ってな」

「え?」


 俺?



「……」

「どう思う?」

「……聞き間違いじゃないのか? 奥田の」


 奥田は首を横に振った。


「ウッソだろ。俺つい最近ジェネ子に怒られたばかりだし……」

 俺は御蔵島に「気安く呼ぶな」と怒鳴られたことを思い出していた。奥田は俺の言葉には取り合わずに話し続けた。

「三原は驚いて思わず手をゆるめた。御蔵島はその隙をついて三原の手をふりほどき、走って逃げていった、とまあそんな感じだったんだが」


 俺が言葉を失って呆けていると、奥田は曖昧だった事実を確定するかのように明言した。

「だからその流れだと、御蔵島が好きな男というのは」

「ゆ、指をさすな」

 奥田の手を薙ぐように払う。

 奥田は手を引っ込めると、

「ま、でもそのへんのことは俺どうでもいいんだ。それくらいのことなら俺も黙っているさ。正直、俺のしたことはただのデバガメだ。俺のポリシーにも反することだしな。ただ……」

「ただ?」

「お前に話しておきたいのはここからなんだ。俺、三原とは同じ中学だったから、たまたま知っているんだが」

「三原が……どうかしたのか?」

「あいつは過去に、同級生の女子に対するつきまとい(・・・・・)で問題になったことがある」

「な、なんだって?」

「そのときも悪気は無かったのかもしれない。純粋に思い詰めた結果だったのかもしれない。でもあいつのやったことは度が過ぎていた。その女子は学校に来るのを怖がって、不登校になり、とうとう他の学校に転校してしまった」

「そんなコトが……」

 なるほどそれは俺でもちょっと心配になる。

「本当はこんなこと、人に話すべきではないことは分かってる。正直俺のマナー違反だ。三原にとっては機微な情報だし、掘り返されたくない過去だろうからな。でもどうしてもそれを思い出してしまってな。ヤツが今回も問題を起こすとは限らない。時が経って、分別もついているかもしれない。だから……」

「……」

「だから……お前を見込んで、お前だけに話す。俺の取り越し苦労だといいんだが」

「話は判った。けどなんで俺なんだ?」

 話す相手なら他にもいる。今回の幹事だった吉野聡とか。

「うん、何というか自分でもよく判らんのだが、お前にだけは言っておいた方が良いような気がしてな」

「御蔵島が俺の名前を叫んだからか?」

「それもあるが、あの中で一番信頼できるのはお前だと思った」

「随分と見込まれたもんだな」

「うん。今回のキャンプで俺は、お前に対する認識を改めたんだよ」

 それはこっちの方だ。

「どういうことだ?」

「お前顔いいし、人当たりもいいからな。ただのチャラいヤツだと思ってたんだよ……あ、気に障ったら、ごめん」

 俺は失笑し、「いいよいいよ」とアタマを掻いた。「俺だってお前を無口で何考えてんだかわかんねえデクノボーだと思っていたからな」

「何だよひでえな。とにかく安藤、今回のキャンプで俺はお前を気に入ったんだ。こんな、思ってることとやってることがくい違ってるような男だが、よかったら今後ともよろしくしてくれると嬉しい」

「ああ、もちろんだ」


 キャンプのおかげで、ここにもむさ苦しいオトコ同士のペアが誕生。


「そういえば……」俺は奥田の背後の空を見あげて、「ジェネ子のやつ、俺の家の近所のコンビニでバイトしてたんだよな」

「バイト?」

「ああ。キャンプから帰ったその晩だったぜ。疲れてたろうに」

「お前とキャンプ行きたくて無理したんじゃないのか」

「それはないなー」

 と目を細めて、奥田の顔を何気なく見る。

 すると奥田は何かに思い至ったようにみるみる表情が変わって、

「ちょい待て。というかそれって……」

 急に奥田の声が曇りをおびる。

「俺も不安になってきたぞ」


 俺は何かの事件に巻き込まれてでもいるのだろうか?


 想像はつきない。たとえジェネ子のような女子であっても、たとえ他意はないにしても、助けて安藤くんなんか言われたら心の底がちくちくするのは否めない。

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