コンビニの女店員
クラスの男女有志による合同キャンプは十三人という大所帯であったが大過なく終えることができた。参加者それぞれの心には、また一つ貴重な思い出が刻み込まれたことだろう。
俺は自室で風呂上りの髪を乾かしがてら窓枠に腰かけ、街灯に照らされた路をボーっと見おろしていた。柚原美梨花の残した謎の言葉と帰途の車上での西本徳二の態度に今ひとつ引っかかりを感じながらも、それなりに楽しかったキャンプの余韻を持て余していた。
こんなときに無性に食べたくなるのがアイスクリームである。
そんなわけで自宅近くのコンビニエンスストアに足を運んだ。
無性に食べたい――それはただの理由づけだ。薄暗い部屋の中にいると今回のキャンプで体験したいろいろなことを思い出すにつけ、ただ事実としてあったそれが自分というフィルターによってどんどん歪んでいってしまいそうな奇妙な感じがしたのだ。この二日間のことは客観的に凍結しておきたくて、それ以上考えたくなかった。無理矢理、外の明るい場所に出向けばそれが叶うかもしれないと漠然と感じていたのだ。
毎度の癖のように数分間、雑誌の立ち読みをしてから、カップの百円アイスを三つ、かごに入れる。俺だけ一人でアイスなんぞ買って帰ったらあとの二人が手のつけられないほどブーたれるのはわかっている。ここぞとばかりに十割増しで売りつけてやろう。
会計をすべく、レジにかごを置いて財布をとりだし覗き込む。
「いらっしゃいま……」
頭の先でなんだか女性店員のしょぼい声が途切れたと思って目をあげると、店員がぎょっとした目で俺を見て、固まっていた。
「み……」
俺もその女が誰なのかに気づいて、ぎょっとしてたたらを踏んだ。
◇
じぇ、の方に口ごもらなくてよかったと妙な安堵をする。
「なんでいるの……」
口をついて出たその句が目前の女子に対するものであるのはいうまでもない。
その句にはいろんな意味がこもっていた。さっきキャンプから戻ったばかりなのにとか、このコンビニ通って何年にもなるんですけどとか、家近所なんですかとか、色々。最終的にはオトコ嫌いのあんたに深夜のコンビニ店員が勤まるんですかとか、色々。いやいや、たとえ思ってても言わないけど。
そして御蔵島梢子から無言でまっすぐに差し伸べられた手を俺はどう解釈すればいいのか。
――あ、カネを払えばいいんですね。
そんなこともわからないくらい、動転していた。
俺は御蔵島梢子に手切れ金を渡すが如く参百弐拾四円を支払い、ロボットみたくカクカクしながらコンビニを出たのだが、何か気の利いたことを言ってやったほうが良かったのだろうか。お疲れさんとか、大変だなとか、そのたぐいの言葉を。いや、何を言ってもギロ見されて終わりのような気がするたぶんそうだ。
ドキドキしながら帰宅すると家族はもう寝静まっていた。そういえば月子さんは明日仕事が早番だとか言っていたような気がする。つられて姉も寝てしまったのだろう。仕方なく俺は、残った二つのアイスを冷凍庫にしまってから自室へ戻ったのだった。
(ちなみにそれらのアイスは後日、キンキンに凍った百円硬貨二枚となって我が家の冷凍庫から発見された。だから税はどうした。)