思い通りになんか
西本の釣果は意外にも大漁で岩魚、ヤマメ、ニジマスあわせて六尾。一躍その日のMVPとして皆から賞賛を集めたのだった。
飲んだ後のお茶漬け最高! と、親父ーズたちもご満悦で、入漁料もろもろも三人がカンパしてくれて、めでたしめでたし。
山あいの渓流沿いということもあって、日が陰るのが早く、暮れると急激に気温が下がった。火のそばが暖かくて肌に染みるようだ。灯したランタンに照らされたクラスメイトたちが、いつもと違ってまるで別人のように感じられるのは何故だろう。
きっといつもと違うのは自分の意識なんだろう。日常と異なる時間の中にいて、普段と違う行動をしていると、そんなふうに思えてくる。携帯は圏外、ネットもメールもない。目の前には火と食物と人しかない。けれどよく見れば、他にもいくらだって――川のせせらぎや空気のにおい、石のつめたい手触り、星の瞬き、山と夜空の境界線などが、たしかに存在していることに気づくのだ。
ほどよくたけなわになってきた頃、柚原が肉を取りにきたついでを装って、俺の隣にやってきてしゃがみこんで、
「ユウイくん、ありがとね……」
なんて耳元で囁かれた日には……。
「な、ナニがですか?」
「さっきのアレがなければわたしの面子も潰れていたわ」
さっきのアレ……柚原が用意するはずだったお茶漬の素のことであろうか。
「そいつはよかった」
「まあわたしの面子なんかはどうでもいいんだけどね」
「どうでも良くはないだろ」
「そうね。どうでも良くはないわね。もし言い出したわたしがアレを忘れて気まずくなっていたら、みんなもあそこまでハッピーにはなれなかったものね」
「まあそういうことだ」
「だからわたし的には今日のMVPはユウイくん、かな?」
「そう言われると否定したくなるな。何と言っても一番は西本の頑張りあってこそだ。俺は勝手に何か勘違いして余計なもの買ってきただけだ」
「ふうん」
と例の疑わしげな横目。
「あっ、玉ねぎも取ろうっと」
とかいいつつ、さらに距離を詰めてくる。もう皿の上てんこ盛りですが。
ああ、まったくもう。
この人、こういう態度が周囲に対して誤解をふりまいていることが全く解っていないらしい。ほらトイメンの西本が凄い形相でこっちを見てますよ。
そんな俺の困惑をちらりと見てとった柚原は、
「本当はわかってたんでしょ?」
「何が?」
「わたしがアレを用意してこなかったことも、アレがこの話を成立させる要だってことも、あなた最初から気づいていたのよ。だから西本くんについて釣りに行かないでわたしのところへ来たし、勘違いのふりしてアレを用意していてくれた。おまけまでつけてね」
「いやいや。それは深読みしすぎだ。本気にしてたよマジで」
「ほんとう?」
「うん」
柚原はクスリと笑って、
「なら、そういうことにしておきましょうか」
「しといてくれ」
そして俺も笑った。
「本当にユウイくんは……」
「ん?」
「誰にでも優しいんだよね」
「は?」
「でもね」
しばらくの沈黙の後、囁くような小さな声で柚原は、
「思い通りになんかさせてあげない……」
「一体何のこと……」