表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
YUI  作者: 相楽 二裕
Season1
3/76

岩魚の釣りかた

 岩魚だと!

 しかも茶漬だと!


 どこのキャンプ雑誌にそんなトレンドが書いてあったのだ。というかそれはかなり本格的な玄人の楽しみ方ではないのか。


 岩魚釣りなんて、ネットで調べたところでうまくいくわけもなかろうが、駄目元で一応は取り組んでみるか。帰宅早々、姉がちょうどダイニングテーブルのところでプリンを食べていたので聞いてみる。


「姉」


 姉はたった今食い終わったばかりのプリンのプラスチック製スプーンを咥えたまま上下にへこへこ動かしながら「はにかひら?」と答える。なんだかえらく馬鹿にされた気分。


「岩魚の釣り方教えろや」


 へこへこを十回くらい繰り返したのち、


「ひらん」


 返答までに時間がかかったのは、岩魚釣り⇒渓流⇒キャンプという連想ゲームを脳内で解いていたがゆえであろう。一応は逡巡したということで評価するが、結果が知らんでは何の役にも立たない。


「ゆいひゃん」と姉は俺の名を呼ぶ。

「名前で呼ぶなというたろうが」

 姉のこめかみにげんこつぐりぐりをかます。

「いへへへへへ」

「どうだこの野郎」

「っひゃいなあもう。はんたははたしを釣りキキなんとかと間違えていふのか?」

「いや」俺は言う。「魚を食いたがっている猫がいる。あんたを岩魚釣りの名人と見込んでの頼みだ」

「誰が魚紳さんやねん」

「もしくは美味い茶漬けの作り方をティーチミープリーズ」


 へこへこへこへこ。


「そういえファ月子さんが」

「ウンウン」


「トイペが無くなりそうらから買っほいてって」

「お前な……」


 それはあんたが買い物を頼まれただけなんじゃないのか。


「この役立たずめ」


 吐き捨てるようにその言葉を残して、俺は冷蔵庫から自分のプリンをとり出し、スプーンを持って自室へと駆け上がった。



 俺は食べ終わったばかりのプリンのスプーンを口に咥えたままケータイを取り出す。


 柚原美梨花は俺に釣りをさせ、釣ったサカナで茶漬祭りをするつもりなのだ。そんな渋すぎる献立メニューを高一女子がいったいどこで思いついたのか不思議でならない。というか柚原は本当にそんなものが食いたいのか。


 釣った岩魚を炭火で塩焼きにして、焼いたばかりのアツアツの身をほぐして炊きたてご飯の上に乗せる。薬味は白胡麻と糸三葉、そして刻み海苔。山葵をたっぷり入れて、その上から出汁を回しかけ、あとはかっ込むだけ――。


 ごくり、と喉が鳴る。


「いや……確かにキャンプでこれはヤバい……」


 調べてみると確かにキャンプ場のすぐ近くにヤマメやイワナの釣場があるらしいのだが、三千円もする入漁券というのが必要らしい。さらに餌を買ったり竿も借りるとなると相当な出費となる。スーパーでたらこ(・・・)か鮭の切身でも買っていったほうが確実かつ断然お得であろう。しかしこういうのはあれだ。それじゃあ意味がないでしょ、と一蹴されるだろうことは想像に難くない。なにせキャンプなのだ。その場で釣ったというところにプライスレスな価値(言葉遣いあってる?)があるのだから。


 渓流釣りなどもちろん初めてのことである。たしかにプライスレスではあるが、マネーレスな高校生には釣れるか釣れないかわからないものに何千円も出せるわけがなかろう。


 ということで、どうしてもキャンプ茶漬と洒落こみたいのなら、普通の海苔茶漬でご勘弁願おう。ここは大人しくスーパーへ行って丸谷園のお茶漬けの素でも買うが最善の策。ついでにトイレットペーパーもだった。


 俺が諦めて画面を消そうとしたところへ着信音が鳴った。


「おいユウイ」

 電話は西本からだった。

「岩魚の釣り方、教えてくれ」


 へこへこへこへこ。


「ひらん」


 答えるまでに間があいたのは逡巡したからだ。俺はもう諦めたのだ。ひょっとして柚原は西本にも同じ話をしたのか? こんな能天気野郎と一緒にされてなんだか面白くないぞと。


 プリンのカップとスプーンを処理すべく台所へ向かおうとすると、俺の部屋の戸を開けた廊下に紙片がさりげなく置かれていた。何かと思えば三丁目にあるスーパー『YASUIマート』の特売チラシである。上にはコインが数枚、積み置かれている。とりあげて見ると、本日の特売品はトイレットペーパー十二ロール三七八円。コインもぴったり三七八円。


 税はどうした。



 さて翌日、学校にて。


 明日がとうとうキャンプ本番、という日にもなればいい加減最後のひとりの女子の名を明かしてもらわねば困る。ということで男子メンバーが集まって段取りを決める席上で幹事の吉野に詰め寄った。


 ちなみに男子五人のメンバーは俺、男子幹事の吉野聡、西本徳二、三原吾郎そしてお父さんがキャンプマニアの奥田陽、という面々である。実は奥田、父親と一緒に幼少の頃から何度もキャンプをこなしているという。これはかなり頼りになりそうだ。


 女子は今のところ判っている四人が、女子サイドの幹事である長谷川美奈子、高城修子、新田遥菜とそして柚原美梨花いう顔ぶれである。


「最後の一人は、御蔵島みくらじま梢子しょうこだ」


「バカヤロウ」


 その名を聞いた途端、吉野はほぼ全員から一斉にはたかれ、ど突かれた。


「だから言うの嫌だったんだよ……」


 と、皆の攻撃を腕で庇いながら情けない声を上げた。



 御蔵島梢子。何というか、見てくれはまあアレだが性格に相当な難ありの残念系女子。『ジェネ子』という暗喩的な裏渾名は往年の名曲『ガラスのジェネレーション』からとられたらしいが寡聞にして俺はその曲を知らない。何でも中学の音楽テストで彼女がその曲を歌った様子がなんとも滑――印象深かったのだとか。なお『梢子』という字づらも『硝子ガラス』と似ているのでいつしかそう呼ばれるようになった、というのは、のちのこじつけであろう。


 御蔵島は、男はみな犯罪者だと思いこんでいるメンヘラ女子である。したがって男子生徒の評判はすこぶる悪い。世界の半分を敵に回して何がやりたいんだろうなあ、そんなことを思わせる女である。それほど男嫌いなら女子校行っとけばよかったのに。でもそこは彼女の拘泥なのかもしれない。男に対してつねにああだこうだ文句を言っていたいがためにワザと共学校を選んだのだ、きっとそうに違いない。


 小学校のときにクラスが一緒だったというヤツから聞いた話しでは、小学五年にしてすでにいじめっ子の男子を吊し上げたとか、男性教諭に対して「触んなロリコン変態野郎っ!」と雄叫びながらひっぱたいて走り去ったとか、武勇伝がまことしやかに噂される。なので彼女が廊下を歩いてくるだけで男たちからこんな言葉が出る。通りかかる災厄を避けるかのように。


 曰く「ジェネ子がやって来たぞ。みんな散れ」と。



「ぼく、御蔵島さんてけっこういいと思うけどなあ」


 吉野叩きに唯一加わらなかった三原が言う。


「まじか!」


 三原に男どもの白い視線が注がれた。いや確かに顔は……見てくれはまあアレなのだ。だが彼女の言動や噂が――噂を鵜呑みにするのは良くないが、火のない所に煙は立たないとも言うし、実際に俺は御蔵島が男子の横っ面をひっぱたいた場面にも遭遇したことがあるのである――。


「なあ吉野、聞いていいか」

 俺は問いかけた。

「何?」

「いったいどういうつながりで御蔵島なんだ」

「いわゆる抱き合わせ商法というやつだ。柚原さんにはもれなくジェネ子がついてくるらしい」

「えっ、ふたりは仲良しなのか?」

「まあそういうことだろう。おれはハセミナから聞いたんだけど、御蔵島とハセミナが一緒なら私も行くと柚原さんが言ったとのことだ。それで無理矢理頼み込んでみたらオッケーだった」

「チャレンジャーだな吉野。御蔵島に直接頼みに行ったのか……」

「いや、ハセミナに」

 と頭を掻いた。


 ハセミナとはいったいどんなセミなのかはたまたセミナーの一種なのかと思ったら、ほどなくして長谷川美奈子の略だということに気がついた。妙な縮め方をしなくても普通にハセガーさんでいいじゃねえのと思うのだが。なんなら下の名前呼びでも驚かん。つまり長谷川美奈子に頼んだら、彼女が御蔵島と交渉してくれた、ということらしい。


 柚原と御蔵島が仲良しだというのは初耳だったが、その辺はちょっと気になるところである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ