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【嵯峨 卯近/2001年~2018年】執筆した過去小説

もののけ草子 -風の狸-

作者: 嵯峨 卯近

 林に響き渡った、はがねの音。

 しばし続く、人のうめき声。

たわむれにもののけを狩るべからず……」

 頭上から発せられた重厚な声。

 そして――枝が揺れ、物音はしなくなった。


「ちっきしょう、彼奴きゃつは化け物か!?」

「もののけだから……、そうだろうよ」

 いつの間に斬られたのか――。

 傷口からの痛みが身体中を走り、立ち上がる事すら許さない。

 もののけ狩りを生業なりわいとしてきた二人が、こうも簡単にあしらわれるとは。

「なんとまぁ、ふがいない事だ……」

「まったくだぜ……。なっさけないよな、俺ら……」

 木々の間から垣間見える三日月の光を、その瞳に映しながらぼんやりとつぶやいた。


          * * *


 最近、人間どもによるもののけ狩りが活発になってきた。

 昨夜もまた、たぬきの里が壊滅させられたらしい。

 だが、故郷を捨てた我が――仇討ちをするなど、この上無くおこがましい事。

 ゆえ先刻せんこくは、降りかかる火の粉を払ったまでだ。

「さて、これから……、どこへ行くべきか」

 すそそで唐草文様からくさもんようが並べられた藍染あいぞめの着物を、はかまや羽織を一切つけない着流しの『スタイル』で着こなした、角刈りの剣士。

 彼は、一際ひときわ高い杉の木のてっぺんで、三日月をにらみながら途方に暮れた。


「そなたが行くのは、地獄しかあるまいに……」


 虫の音が止まった林に、しんしんと雪が降りしきる。

 声が聞こえたのは、木の根元から――。

「クックック、忠告も聞けぬバカがもう一人いたか」

「畜生が偉そうにえる……な!」

 フォンと、鋭く空を切る音が鳴った。直後、足元がぐらりとかたむく。

「ハッ!」

 杉の木が傾いて、倒れてゆく。

 角刈りの剣士は、気合いと共に木の幹を力強く蹴り、雪交じりの風に身を躍らせた。

 続いて、舞を踊るかのように身体に回転を加え、地に降り立つ。

「バカにしては、少しはやるようだ」

 角刈りの剣士は、周りに神経を張り巡らせる。気配は二つ。

 ――一人は、目の前にいる。

 白地に金糸をあしらった有職文様ゆうそくもんよう狩衣かりぎぬまとった青年。狩衣かりぎぬとは、平安時代の貴族が愛用していた『カジュアルな』普段着である。

 一見、良家のお坊ちゃんという感じだが、彼から発する気配は尋常じんじょうではない。

「冥土の土産に我の名を知るがいい。我こそは、はぐれ風狸ふうり紋次もんじなり」

「畜生如きが、名など持つな……」

 ――もう一人は、その坊ちゃんより後ろ。

 大木に隠れているつもりなのだろうが、チラチラとこちらを見る際、身体の一部が出ている事に気付いていない。

 スミレ色の長い髪と、初秋のこの時期に雪を降らせる能力から察するに、雪女あたりか。

 おそらく調伏ちょうぶくされて、この者に協力しているのだろう。

 もののけが人間に協力して同族を狩るなど、故郷を捨てた我よりたちが悪い。

 ここは――先手必勝。

「畜生とあなどった事、後悔するがいい!」

 紋次もんじは、身体全体をぐっと落とし、地を這うように疾走。

 多くの血をすすった――されど無銘むめいの太刀が、坊ちゃんの足を斬り払おうとする。

「畜生の分際で、よくしゃべる……」

 その太刀筋をはばむ、月明かりを伝わらせた一筋の銀光。

 だが、やいばが打ち合った今が、紋次もんじにとって絶好の機であった。

ぜよ! きこと風の如く!」

 太刀から荒れ狂う風が一気に放たれる。いきなりの暴風に、坊ちゃんはよろめいた。

「そのまま死すべし!」

「むぅ……」

 必殺の袈裟切りを、坊ちゃんは受け流した。これにはさすがに目を丸くする。

 そして、坊ちゃんの太刀筋が三日月の形を描いた。

 一歩退いてそれをさばき、さらに軽快な『ステップ』で間合いを離す紋次もんじ

 しかし――。

「ばっ、ばかな!」

 自分に付けられた二つの突き傷と、その痛みを知り、紋次もんじは狼狽える。

 何故だ?

 確かに、受け止めたはず。

の技、三日月。一振りで三太刀みたちの傷を与える伝家の秘剣だ……」

 想像以上の狩り手だ。人間でここまでの奴がいたとは――。

「だが! 所詮人間ごときが、我を狩ろうとは笑止!」

 風すら吹かない静かな林の夜に、もののけの力による風が荒れ狂い、すべてを吹き飛ばす。

 はずだった――。


「ま……さか……」

 そう、チラチラと顔を覗かせていた雪女が、吹雪をぶつけて風を相殺したのだ。


「おっ……おのれぃ、この裏切り者がぁ!」

 地を蹴り、木の幹を蹴り、坊ちゃんの頭上を越えてその後ろへ迫る。

 初めて、もののけの血をすすろうと、無銘むめいの太刀が風にうなる。

 林に溶け込む、か細い悲鳴。

 しかし、その刃は彼女に届く事はなかった。

 間際、真一文字に払われた坊ちゃんの太刀に、わずかな月明かりが伝った。

 痛みも、感じる暇があらばこそ。

 上半身と下半身。

 真っ二つに別れた我の身体が、その変化を解いた。


          * * *


 おそるおそる、大木の影から身を出す雪女。

 彼女が、しゃがみ込んで手を合わせた先には、うつぶせに倒れ込み動かなくなった血まみれのたぬき

「畜生にしては、なかなかであった……」

 そう言って、太刀の血糊ちのりぬぐってさやへ滑らせる。

「お殿さま……、わたし達もののけは……、みんな死なないと……、いけないの? このタヌキさんも……」

 大粒の涙をこぼしながらたぬきの死体を埋めたそんな雪女に、紋次もんじの持っていた太刀を手にする青年。

「これを見よ……。こやつの持っていた太刀は、多くの罪なき命を奪った。ゆえに、成敗されたのだ……」

 そして、土饅頭にその太刀を真っ直ぐに突き立てた。


 再び訪れた静かな夜。

 その林にたたずむ太刀の墓標は、誰の目にも止まる事は無かったという。



とある新人賞に落選した長編小説の番外編として書きました。

ライトノベルを意識していますが、外来語の表現をどうすべきか悩んでいます。

とりあえず拙作では『』を使っていますが、どうでしょうか。


現在の実力を知る為に、評価・感想をよろしくお願いしますm(_ _)m

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― 新着の感想 ―
[良い点] 冒頭から緊張感あるシーンの連続で惹き込まれます。紋次も「坊ちゃん」も挑発的で敵意ある物言いばかり、殺伐とした空気にゾクゾクします。ほぼ紋次の視点で描かれる物語でありながら意外な結末に至る点…
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