4.イケメンの印象は?
その時、プシュという空気が抜けるような音がしてカーテンの外で人の気配がした。
「アンジェ? 客人の目が覚めたと聞いたが――入っても構わないか?」
「あら、キャプテン。女性相手だと、随分行動が早いのね」
軽くからかうようにアンジェリカが振り返ると、向こうで明らかに苦笑と咳払いが聞こえた。それには余裕と華やかさがある。
「でも、アーサー。女性には準備が必要なのよ。ちょっとあなたらしくないわ」
「――アンジェ。何者なのか、早急に知る必要がある」
もう一つ聞こえてきたのは硬質な男性のもの。先ほどとは違う声に、外にいるのは二人の男性だとわかる。
「ライといい、なんなのよ。面会は一人しか認めませんからね」
そしてカーテンの向こうに出ていこうとするアンジェリカに、サリヤは「アンジェリカ」と声をかける。
キャプテン、ということは、ここの長ということ。頭は回転を始めていた。いつかは挨拶をする羽目になる、言い訳も考えておかなくてはいけない。
こんな状態で会うことになるとは思わなかった。
でも度胸が決まる。下手に時間を置くと、相手も考えた答えを用意していると警戒をするかもしれない。そして自分もここがどこか知りたい。
「アンジェリカ、大丈夫……っ、こほ」
一度出てしまった咳を堪えると、心配そうな顔が振り返っていた。
「やっぱり、もう少し状態が落ち着いてからの方がいいわ」
「大丈夫です。それにまだ、あなたにお礼も言ってないから」
「出直すように言ってくるわ」
カーテンの向こうで聴こえてくるのは、「悪かった、出直そう」という上品なアクセントの響きのいい声と「いいえ、話を聞きましょう」という冷ややかな声。
そう言えば、翻訳と先ほどライと呼ばれた青年が言っていたが、それはされていない気もする。
ここの言語は、サリヤの世界で広く使われている共通語と同じだった。
「待って」
アンジェリカを引き留めようと足をベッドの外に出せば、眼が回って視界が暗くなった。
「ちょっと、大丈夫!」
アンジェリカが慌てて制止の声をだして、肩に手をかける。その声に驚いて、カーテンの外から声が響いて開ける音がした。
「アンジェ!?」
意識を取り戻して最初に目にしたのは、輝くような黄金の髪、そこから覗く鮮やかなエメラルドのような瞳。整った顔は物語にでてくる王子様のようだった。
それがサリヤを見て驚きで目が見開かれた。
その後ろに立つ背の高い男性は、横髪を短く刈り上あげた黒髪に黒い瞳。
水晶のような透明な眼鏡越しに見る視線は、理知的でありながら冷ややかな印象を受ける。
そしてカーテン越しに聞こえた硬質な声の主はこの人だろうと思う。印象としては規律にしっかり従う軍人のよう。
その華やかな王子様と護衛のような軍人に見返されていたことに気が付くと、サリヤは目を逸らす。
乱れた寝具を見下ろして、自分の様子を観察すると手術衣で髪も梳かしていない、顔も洗っていない。
そして、格好を気にしたことが次に恥ずかしくなる。
(こんなことを気にするなんて……)
そんな場合じゃない。
気にすべきは現在の自分の状況と彼らへの言い訳だ。戒めながら、再度起きためまいに、サリヤは目を閉じる。
こんなに弱っていることが情けない。敵地ではないけど、気を許していい場所でもないのに。
そんな自分を力強く支える腕の気配がして、サリヤは目を開けた。
背中に回った腕、間近で見た翠の瞳は、金色のまつ毛を透かしていてとても美しかった。
「もう、平気です」
「――すまない。やはり出直すべきだった」
彼の胸元にはどこかに所属しているのであろうエンブレムと徽章、肩には級位を示す星がある。そして何よりも、威厳が違う。
丁寧で余裕がある口調、サリヤが知る上司とは違うけれど、人の上に立つことを自覚している人だ。
恐らく彼がキャプテン。
その後ろの黒の瞳の彼は、表情から感情が分かりにくいがわずかに強張った顔をしている。
「すぐに横になってくれ」
「いいえ」
サリヤは、背中と肩を支えてくれる男性の手を自分の手で押し返す。少しだけ彼の目が驚いたように見開かれた。まるで、そんなことをされると予想していなかったかのよう。
でも、いつまでも支えてもらっているわけにもいかない。頼りたくない。
彼はサリヤの気持ちを読んだかのように、手を離し、それでもいつでも支えられるように手を傍に軽く伸ばしている。
そして起き上がらせてもらったベッドから背を正して、目線を動かし、金髪、黒髪、それからアンジェと三人の目を順にしっかり見る。
そして、先ほどから口まで出かかっていた言葉を、ようやく口にする。
「このような格好でお礼を申し上げる無礼をお許しください」
そして両手を爪の上で丁寧に合わせて、寝具の上について、頭を下げる。自分の瞳の色と似た桜色の爪が重ねられるのが視界に入り、背中まである長いストレートの黒髪が顔の脇に滑り落ちる。
「助けていただいて、ありがとうございます」
そしてもう一つ追加する。ここがどこか、何が起こったのかわからないけれど。
「私は、サリヤと申します」




