37.懐剣
医務室に行くと、アンジェリカがいた。
「なあに、大きな人たちが。ようやく治療を受ける気になってくれたのかしら」
彼らを見てアンジェが睨んでいる。やっぱりザハナートの精神攻撃はキャプテンたちにダメージを与えたのだろう。
「アンジェ。俺たちは大丈夫だと言っただろう」
「発汗、心拍数の増加、頭痛、めまい、全て現れていたわ。いい? トラウマはその出来事よりも、それを抱えこむことで後に後遺症になるの。ちゃんとセラピーを受けて」
「皆の状態は?」
「精神安定剤と睡眠薬を投与してそれぞれの自室で眠らせてる。ブリッジにいたクルーが一番ひどくて彼らは奥のベッドに眠らせてるわ。そして一番ダメージを受けてるはずなのが、キャプテンたちよ」
「そのことだけど、ここにサリヤ嬢を連れてきたよ」
いきなりアーサーがサリヤを前に押し出す。三人の男性の腰がひけているから、治療というか、押しに弱いのかもしれない。アンジェがサリヤ? と首を傾げる。
「あなたも、あれから全然姿を見せなくて、困った子の一人よね。あなたたちは彼女を連れ出して何をしているの? 大事な決戦の前、というのはわかるけど」
今度はサリヤがお叱りを受けそうになったけれど、サリヤはいつも通り淡々と受け止める。
「私は、治癒魔法は使えませんが、魔獣の精神的ダメージを回復する能力があります」
唐突に言うと、アンジェがあっけにとられ、アーサーの方にちらりと目を向ける。
アーサーたちからはそろそろ休むようにと言われていたが、だったら医務室に行くついでに治療をしたい、と言い張った。
何をするのか、と聞かれてまだ答えていなかった。
「治癒魔法?」
「はい、傷などを治します。病気を治すことはできませんが。そして私はその能力はありません」
「そもそも、魔法って何?」
今更だけど、とスヴェンが言ってサリヤを招いてまず目の前の椅子に座るように促す。
「いいえ、私は――」
遠慮をするとアンジェが理由を説明する。
「女の子を立たして、男は座れないの。例え皇子様がいようとね」
普通は王族が先では、と思いながらみんなが立っていると空間が狭いので、サリヤは座る。そうすると男性たちに囲まれて居心地が悪い。
そうしてアーサーが前に座り、後ろにはラルフが。そしてスヴェンがサリヤの背後に、アンジェが斜め前に座る。
「前に私が持っているものを物体Xと言われましたが、たぶん魔力です。それは呼気から現れ、大気のエレメンタルと合わせて、事象を起こさせるのが魔法です」
「……」
あ、引かれている。いや、考え込まれている。
「今回の精神治癒もそれか?」
「いいえ。私は治癒魔法は使えません」
繰り返し言ったあと続ける。
「アンジェさんが言うように魔獣の精神攻撃は多大なダメージを受けるので、必ず治療を受けた方がいいです。恐らく――我慢、されてますよね」
サリヤは目の前のアーサーを見つめる。そして彼は目をそらさない。でも、彼が頷くはずはない、ともわかっていた。
少し緊張が走る室内でも、サリヤは口を開き続ける。
「脳の偏桃体は負の感情をコントロールします。そして眠っている間に一番活発に動き、時には悪夢として心の奥底の不安を解消するシュミレーションをします」
そこまで言うと、彼らに困惑が走る。
「私はアーシャの民です。アーシャの人たちは長い時を眠って過ごし、予知を行い、時には運命を導きます。眠りを操るのは私の能力。それぞれの心に落としたザハナートの影をとりのぞきます」
何を言っているのかと思われるはずだけど、アーサーはサリヤをずっと見たままだった。
「つまり、精神操作をするということだな。それをすると言われてどう信用しろと?」
「精神操作はできません。夢はその人しか持っていないので、そこに手を添え不安を解消するだけ」
サリヤは不意に、自分の胸もとに手を入れて懐剣を取り出す。
「え!?」
不意に後ろからスヴェンが叫んで、そして顔を逸らす。
「そこに入れてたの? どうりで妙になんか――いや、なんでもないです」
ちょっと大胆過ぎるし、突拍子もないしとスヴェンは呟いた後、ラルフに手で制される。
「ミスサリヤ――今後は、前もって言ってくれれば目を背けるので、言ってほしい」
「回りくどいよ、副艦長。胸に挟むとか知っちゃうともう――」
「二人とも、黙ってくれ」
さすがにアーサーも顔を逸らしていたが、苦笑をしたあとすぐに表情を戻して、話を続ける。
少し疲れているように見えたのは、自分の奇抜な行動のせいかもしれない。
「サリヤ嬢、たしか会議の時もそれを胸元にしまっていたように見えたが」
「はい。珀蘭がここに宿っています」
サリヤは構わず、それを左右に引く、すると片方に刀身が現れて場に緊張が走る。アーサーの前にはラルフが片手をだして庇い、サリヤの右手を抑えようとスヴェンの手が伸びる。
「安心してください。人を害するものではありません」
そしてそのまま机に置く。
「私たち、アーシャの民は長い歴史の中で、侵略や迫害を受けてきました。そのため、娘が産まれた際にはこれを送られます。私は祖母からこの懐剣を贈られました」
「身を守るため?」
アンジェに首を振る。
「凌辱を受ける前に自害をするためです」
彼らが息をのむ。こんな重い話を人に話したのは、あの人だけ。見つけられて、怒られた。絶対にするなよと言われた。
「サリヤ嬢、まさか――」
サリヤは息をのんで話を聞いている人たちの前で、自分から力を抜くように息を吐いた。『するのか』と言う問いに、ふるふると顔をふる。長い髪が揺れる。
「これを話した人は、一人だけです」
そして、ぐっとお腹に力をいれる。
「私は皆さんに助けられました。今回のことでは、絶対に皆さんを害しませんし、助けます。このような形でしか証を立てられませんが。この剣に誓います、いざとなれば――」
「そこまで――サリヤ嬢」
ふうっとキャプテンが力を抜く。その横で、息を合わせたようにラルフがサリヤの懐剣を取り上げ、鞘に収める。そしてそれを机の上に置いてサリヤの前にスッと滑らす。
キャプテンは、サリヤから目を離さず、静かに言い聞かせるようだった。
「――それ以上は聞きたくないし、自分を追い詰めないでほしい。確かに、君は言えないことは言えない、という。嘘はつかない。だから信用するよ。ただ、どうして、そこまでする?」
「ザハナートの精神攻撃は恐ろしいです。一生立ち直れないかもしれません」
そしてサリヤは続ける。
「私はアーシャの巫女です。導き夢を守る役目。拙いですが、治療を受けてください、皆さん」
サリヤが言い切ると、アンジェがパンと手を鳴らす。
「そこまで。正直、精神薬では限界なの。サリヤの治療を受けましょう。私も手伝うわ」




