17.その頃チェルシーは③(チェルシーside)
「ヒィィィイイイイイッ!」
「男の子でしょ。そのくらいで騒がないの」
噴き出したボスの鮮血と臓物に濡れた保護対象の子供は、恐怖とショックで目を見開き奇声を上げる。
まったく、男の子がこの程度でショックを受けていたら、この世界じゃ生き残れないわよ。
「ひぃぃいいいい! 殺し屋! 暗殺アサシンギルドか! 我らは唯の客だ。こことは何の関わりもない。助けてくれっ! うぅぅ……」
悪徳奴隷商人を全滅させると集まっていた客たちが騒ぎ出す。
ちっ、面倒ね。組織のクリーナーはまだなの?
私が騒ぎ出した客に辟易していると、倉庫の窓が割れて黒い鳥が侵入した。そして、嘴から何かを噴き出すと、今まで騒いでいた客たちがバタバタ倒れていった。
「また派手にやりましたね紅薔薇ロサ・キネンシス。後片付けをする身を考えてくださいよ」
「殺り方は私たちに一任されているはずよ。文句を言われる筋合いはないわ」
「まぁそうですが、クリーニング代は報酬から引かせていただきますよ」
「わかってるわよ」
黒い鳥の式神の小言にうんざりしつつ返事を返す。
さてっ。後始末は組織に任せるとして、私にはやる事がある。早く済ませて帰らなきゃ。
私は殺した死体に近づき、傷口から血を啜る。
「殺した相手の血を飲むだなんて、相変わらず悪趣味ですね」
「見てるんじゃないわよ。人の愛好にケチ付けるなんて無粋な式神ね。黙って掃除してなさい」
「は~い、わかりましたよ」
軽口を叩く黒い鳥を文句で黙らせる。
これは私が暗殺ギルドに所属している理由の一つなんだから黙ってなさいよ。
私には日の光を浴びれない病気の他に、暗殺者という職業からくる殺人衝動がある。殺した相手の血を飲む事で、その二つを抑える事ができるのだ。私だって好きでやっているわけじゃないのよ。
「真っ赤に染まったその姿はまさに紅薔薇ですね。満足しましたか?」
「ええ、後始末は任せるわ」
私の二つ名は現場が鮮血で一面血だらけになり、血を啜り顔も服も真っ赤に染まる姿から紅薔薇と名付けられた。
家に帰る前に、まずは血を落とさないとね。
私は後始末を組織のクリーナーに任せ、家までの道中の川で汚れを落として帰宅した。
家の前までやってくると、玄関前に居候女のスカーレットが扉にもたれて立っていた。
あの女……何やってるのかしら?
「いい夜じゃなチェルシー。こんな時間に何をしていたのじゃ?」
「ちょっと散歩にね。私が日の光を浴びれないのは貴方も知ってるでしょ。この時間しか外出できないのよ」
昼間外に出れない私が夜の散歩を日課にしているのはこの女も知っているはず。何で今日に限って聞いてくるのよ?
「ほう。だが其方……僅かに血の匂いがするぞ。血を飲む事で病状を抑えているのだろう?」
気付かれた! 川で身を清めてきたのに……! 殺すか? いえ、この女はお兄ちゃんにとって必要な女。それに、得体の知れない実力を隠しているわ。家の前で戦闘になればお兄ちゃんも起きてくる……それなら、
「お兄ちゃんには言わないでもらえるかしら? 知られたくないのよ」
「まあ別に構わんが、薬が効かん事をリアムは知っているのか?」
お兄ちゃんが知ってるかだって? そんなの、
「言うわけないでしょ。お兄ちゃんは私のためを想って薬を買ってきてくれる。言わばあの薬はお兄ちゃんの愛の結晶。例え病気には効かなくても、私の心にはしっかりと効いているのよ」
そう、私のために身を粉にして買ってきてくれるあの薬は、私への愛の証なのだから。
「そ、そうか……まあ、ほどほどにの」
スカーレットはそれだけ言い残すと家に入って行く。
あの女に気付かれた時はビックリしたけど、黙っててくれるなら殺す必要はなさそうね。あの女は強い。必要がなければ私としても敵対したくはないしね。
でも、あの女が敵対するなら話は別だ。私の仕事はお兄ちゃんにバレるわけにはいかないのだから。