14.謁見
「貴方がリアムさんですか? 私は陛下から貴方を連れてくるように仰せつかり参上しました。一緒に王城まできていただきます」
店主の親父を引き渡した翌日、王家からの使いがやってきた。
陛下からの命令だって? なぜ陛下が俺を? 思い当たる節がないぞ……!
「ああ、説明がまだでしたな。陛下は貴方のポーションに興味を持っておられました。その件で直々に話があるとのことです」
俺が状況を理解できていないと判断したのか、使者は事情を説明してくれた。
なぜ陛下が俺を呼んでいるのかまでは使者にもわからないらしく、とにかく急ぎきてほしいと急かされるまま、俺とスカーレットは王城に連れて行かれる事になった。
王城までの道中は使者の乗ってきた馬車に同乗させてもらう事になった。
逃げ出さないように監視する目的もあるとスカーレットは語るが、王家の豪華な馬車に緊張してそれどころじゃない。
何しろ相手はあの冷血女エリザベスの親族だ。呼び出されてのこのこ出て行ったら首を斬られましたなんて事もありえるのだから。
「さあ着きましたよ。まずは別室で謁見の準備を整え待機してください」
考え事をしている間に王城に到着した俺たちは謁見の前に別室に通された。ここで謁見するに相応しい身支度を整る必要がある。
貴族服なんて初めてきるからこっぱずかしいな。
自分の身なりに違和感を覚えていると、別室で着替えていたスカーレットが部屋に入ってきた。
さて、スカーレットはどんな服装なのかな……!
「どうしたリアム、何を呆けているのだ?」
「……いや、すまない。あまりに似合っていて見惚れちまってた」
スカーレットは沢山のリボンがついた煌びやかだが品のある色合いのドレスに着替えていた。
あまりに美しく人間離れしたその姿は、まるで綺麗な人形のようだった。
「なっ、何言っとるか! お世辞を言っても何もでんぞ!」
なぜかスカーレットは急に顔を赤くして大声を出し始めた。
やっぱりスカーレットはこうでなくちゃな。物言わぬ人形なんかじゃない。表情豊かで騒がしい方が似合ってるよ。
「はっはっはっ! 何でもないよ。それより準備もできたし、そろそろ謁見の時間じゃないか?」
「むっ、確かに。もう呼ばれてもいい頃じゃな」
「リアム様、スカーレット様、謁見の準備が整いましたのでお願いいたします」
噂をしているとタイミングよく使用人が俺たちを呼びにきて、謁見の間前の大扉まで案内された。
「ここが謁見の間か……」
「緊張しているのか? なあに、国王はポーションの話が聞きたいと言っていたのだ。無礼な行いさえしなければ危険はないじゃろう」
「だといいんだが」
何しろ陛下はあのエリザベスの親だからな。どうしても不安になっちまう。
「錬金術師リアム様! お連れのスカーレット様の到着です!」
案内してくれた使用人が叫ぶと謁見の間の大扉がゆっくりと開いていく。
悩んでてもしょうがねえ。こうなりゃ出たとこ勝負だ!
大扉の先に広がる謁見の間を見渡す。繊細で優美な装飾が施された大きな部屋には左右に騎士が並び、奥には偉そうな貴族、そして真ん中には陛下が玉座に座っていた。
あれが国王陛下か……初めて見るが威厳がある。さすがは一国を預かる者ってことか……。
俺とスカーレットは前に進み玉座の手前で片膝をつき顔を伏せた。
ここまでの道中で謁見の作法は教えてもらっている。王族は作法に煩い。失礼のないようにしないと平民の首なんて簡単に飛んじまうからな。
「良くきてくれた錬金術師リアム、面を上げよ」
きたな第一関門面を上げよ。正解はこれだ!
「はっ! 私は平民故、顔を上げるのは失礼となってしまいますのでお許しを」
一回目の面を上げよで顔を上げるのは失礼にあたる。もう一回言われてから顔を上げるのが正解だ。
王族ってのは面倒だな。なんて思っていたらスカーレットが顔を上げていた。
あれ、何やってんのこの人! 事前に説明聞いてたよね?
「なっ……! 一度目の許しで顔を上げるなど無礼であるぞ!」
「まあ良い。この二人は平民であろう? 多少の無礼は気にするな」
周囲の偉そうな貴族の発言を陛下は許せと命じた。
へえ、あの人のミスを許さないエリザベスの親にしては寛大だな。ヤバいと思ったが助かったようだ。
「それより聞きたいことがある。リアム、其方の作るポーションがエクストラポーションとは本当なのか?」
「はい。私も最近知ったのですが真実です」
陛下は俺のポーションについて聞いてきた。質問に答えると「何だと!」「本当なのか?」などと辺りがざわめき始める。俺のポーション錬成を疑っているようだ。
「やはりか、道具屋の店主の一件は聞いている。そこで提案なのだが、我が国の専属ポーション職人にならぬか? 其方の作るエクストラポーションなら正規の値段で買い取ろう」
「えっ! 専属職人ですか! それは……」
「それはできぬぞ国王よ。なぜならば、リアムは我の弟子だからじゃ」
言葉に詰まる俺を助けるようにスカーレットが割って入る。
そうだ。俺はまだまだスカーレットに教わりたい事が山ほどある。誘いは嬉しいが専属職人になるわけにはいかないんだ。
だが、スカーレットの言葉遣いが悪かった。周囲から張り詰めた空気を感じる。
「なっ……! 陛下に対して無礼であるぞ!」
「その程度の事で騒ぐでない。其方はリアムの付き添いのスカーレットだったな。錬金術師はリアムしかいない。弟子とはどう言う事だ?」
スカーレットの態度に周囲が騒ぎ出すが、陛下はそれを制して話を続ける。それに対し、スカーレットはニヤリと笑い威圧感を強めて話し出す。
「我の本名はスカーレット・レイ・グランディア。旅の錬金術師じゃ。一国の王ならば名くらい聞いた事があろう」
「スカーレット・レイ・グランディア……実在する人物なのか? だが……この威圧感は本物としか思えん……!」
スカーレットの威圧にさらされた陛下は大量の脂汗を流し狼狽える。
「陛下、スカーレット・レイ・グランディアとはいったい……?」
「其方らが知らぬのも無理はない。スカーレット・レイ・グランディアとは人を超える力を持つ、決して敵対してはならぬ存在として各国の重鎮の間でのみ知られる人物だ。だが、目立つのを嫌い、今まで表舞台に出る事はなかったのだが、まさか錬金術師だったとは……承知した。では、ポーションだけ王国で買い取らせてくれんか? 正規の値段で買わせてもらいたい」
スカーレットはやっぱり凄い奴だったんだな。それに、買取りだけって事は専属ポーション職人にならなくていいって事か?
「ふむ……高価なエクストラポーションともなれば中々買い手もつかんしの。どうじゃリアム、悪くない提案だと思うが」
「ああ、最高の結果だ。ありがとうスカーレット。陛下、これからは王国にポーションを卸させていただきます」
「うむ。エクストラポーションは貴重な回復薬だ。よろしく頼むぞリアム」
これでお金の心配がなくなった。待ってろチェルシー、お前の薬だって問題なく買えるぞ!
こうして、俺の初めての謁見は最高の形で幕を閉じたんだ。