エリク 最後の戦い
前作“ヴィルヤ“編。ミスティを逃すために、アキレウスでロクサーヌと共に命を落としたエリクのお話になります。
本編では、一言もセリフがなかった(更にはナレ死した)エリクがどう言う運命をたどったのでしょうか。
その日は夏至の数日前になる、今の季節には珍しくも蒸し暑く感じる初夏の一日だった。
午前中まで一緒に過ごしていたミスティは、迎えに来た叔父のギルドールに呼び出され、母ロクサーヌの許に向かった。
ギルドールと共に残され暇を持て余していた僕は、特段深い意味もなく叔父のギルドールに、ここ首都アキレウスから遠く離れた東の地で繰り広げられているはずの戦況について尋ねていた。
「ねえ。ギルドール叔父様。東の地からの便りはありますか?戦況が落ち着いて、ベルトランもまた帰って来れたらいいのに・・・。ミスティもずっと会えなくていつも寂しそうにしている」
世間話のつもりだったのに、ギルドールがひどく真剣な顔で、僕の事をじっと見つめている。
そして暫くしてようやくその口を開く。
「・・・まだ詳しい戦況は分からない。ただあまり芳しくはないらしい。・・・ひと月前、敵3部将のウォーゼ、アングマール、ハラドリアンが同盟を結んだと聞いた。ベルトランは今、3方向に敵を受けている。何とか持ちこたえてくれれば良いと願ってはいるが・・・」
僕は驚いて、初めて耳にしたその凶報に、小さな胸の内に怒りの感情が燃え上がる。
「そんな・・・。誰もそんな話は僕にしてくれなかった・・・。きっと僕がまだ小さいから・・・。僕がもう少し大きかったら、今すぐにもベルトランの応援に向かうのに・・・。僕だってきっと大王の様に・・・」
そう力む僕の頭を、ギルドールは優しく撫でながら、僕を諭すように話しかける。
「エリクにはここで大事な仕事がある。ロクサーヌを守ると言う大切な仕事だ」
しかし僕はむきになって言い返す。
「ミスティも必ず僕が守ります。ミスティも母上も、どちらも同じくらい僕にとって大切な人ですから!」
ミスティは僕の父大王の友人ベルトランの娘で、その母親パルシネは僕の乳母だ。
僕とミスティは生まれた時からずっと一緒にいて、何をするにも一緒だった、それこそ本当の兄妹以上とも言える間柄だった。
だからこの時も、ギルドール叔父様はにこやかに、僕を力強く励ましてくれたのだ。
「・・・ああ。頼んだぞ。必ずな」
だけどそれから暫くして、叔父のギルドールも母ロクサーヌに呼び出されて僕の側から去って行く。
・・・ミスティとはお昼前に別れたっきりで、一向に帰ってくる気配がない。
(どうしたんだろう・・・。ミスティもギルドール叔父様も、いったい何の用事があったんだろう)
今僕の傍には、普段は母に付き従っている侍女が二人いて、気紛らわしの遊び相手になってくれている。
「それにしても、ミスティ本当に遅いなあ・・・」
もうすでに何度目かになる同じ独り言を溢していた時であった。
イスカンダル城の正門付近に、人がたくさん集まって何やら大声で皆騒いでいる。
どうやらただ事ではない・・・。
それで僕は侍女の一人に、正門付近の騒ぎの原因を調べてくるように頼んだのだ。
暫くして、正門近くに確認に向かわせた侍女の一人が、慌てて僕の許に駆け戻って来る。
「大変です!ベルトランさまが・・・。ベルトランさまが、戦に敗れて戦死されたと・・・。みな大騒ぎです」
僕は必死になってその話を否定する。
「・・・そんなはずはない!あの勇敢なベルトランが戦に敗れるなんてありえない!」
・・・でもそのあとすぐに、僕もロクサーヌ母上の許に呼び戻され、母上の口から直接″ベルトランの死″を告げられた。
そして、ミスティもギルドール叔父さまも、今はもう城のどこにもいない事を知った・・・。
・・・それから3日が過ぎた。
敵3部将の軍勢は、首都アキレウスのイスカンダル城を取り巻き、猛攻撃を加えている。
城の守備将兵たちは勇敢に戦っているけれど、圧倒的に優勢な敵勢力にひとり二人と少しずつ斃れて行った。
今僕は、ロクサーヌ母上と共に、エリクサンデル大王の居室に立て籠もり、・・・最後の戦いの時を待っている。
空の大王の椅子を挟んで、母上と僕は隣の椅子に腰かけている。部屋の外の騒ぎが徐々に大きくなっていく。
少し離れた席から、ロクサーヌ母上が僕に話しかけて来た。
「エリク・・・ごめんなさい。私とあなたは、大王の妻と子としての責任を果たすべく、ここに残っています。・・・ミスティは、ミスランディアに落としました。ギルドールと共に・・・。今まで隠していてごめんなさい」
それで僕は、これまで薄々と感じていたことを、母上に初めて尋ねた。
「・・・やっぱり、僕は大王と母上の子ではないのですね。たとえエリクサンデルの名を持っていても・・・」
「・・・」
母上は、いやロクサーヌ様は何も語らない。
「ずっと・・・不思議に思っていたのです。僕はミスティといつも一緒にいたけれど、母上の視線はいつも僕を通り越し、ミスティだけを追っていました。・・・逆にパルシネは、ずっと僕に縋りつくような視線を・・・」
ロクサーヌ様はようやく語りだす。
「・・・気づいていたのですね。・・・私を恨みますか?」
僕は少しだけ寂しげに笑った。
「・・・いいえ。母上は先ほど僕に、大王の子としての責務があると仰いました。・・・ならば僕はその責務を立派に果たして御覧に入れます。僕は、ギルドール叔父様にミスティを守ると誓いました。もうそばには行けないけれど、僕がここにいることで・・・ミスティを助けることが出来る」
母上は、いやロクサーヌ様は、そこで初めて涙を流した。
「・・・許してください。あなたにそんな役割を与えたことを・・・」
部屋の外から大声が聞こえて来た。
「・・・北門が破られた!・・・ハラドリアンの軍勢が城に入った!」
扉の外が騒がしくなる。
大勢が激しくぶつかり合う物音と大声が、僕らのいる部屋のすぐ側まで鳴り響いて来た。
「・・・僕は母上を、ロクサーヌ様を恨む事などありません。・・・ミスティを思う心は僕も同じですから。そしてこれが僕の最初で最後の晴れ舞台です。さあ!エリクサンデル大王!ベルトランとパルシネも。・・・どうかご照覧あれ!あなた達の残した息子の死にざまを!」
僕は最後にロクサーヌ様に一礼し、エリクサンデル大王が残した愛剣グラムドリンクを頭上高く振りかざす。
その時、僕たちのいる部屋の扉が、大きな音を立てて蹴破られた。
たちまち雪崩れ込んでくるハラドの兵たち。
僕はその兵たちに向かって突撃し、たちまちその先頭の三人を切って捨てた。
しかし尚、また別の兵たちが向かってくる。
後方から、ロクサーヌ様の声が響く。
「シルフィ!撃て!・・・シルフィ!引き裂け!」
僕らに向かってくる兵たちに、漆黒の風の矢が多数突き刺さり、その後ろに待機する兵たちを更にバラバラに引き裂いた。
しかし次々と現れる兵たちの攻撃は尽きない。その都度僕とロクサーヌ様は敵を撃退していた。
そうした攻防が小一時間続いただろうか。突然敵の先鋒が左右に散り、その後方から吹き矢の雨が降り注いだ・・・。
ハラドの兵は・・・毒矢を使うのだ。
その毒矢は、僕の腕に刺さり、・・・更にはロクサーヌ様の体にも吹き矢は達した。
毒矢はたちまち僕の体を蝕み、全身を痺れさす・・・。
そして・・・横合いから突き伸ばされた槍が、僕の胸を貫いた・・・。
ハラドの兵たちを割って現れた武将が、意識朦朧とする僕に・・・冷酷に告げた。
敵武将の一人、ハラドリアンだった。
「・・・アレクサンデル二世殿下。お命を頂戴申し上げる・・・。許されよ」
しかし、同時に後方から再び声が響いた。
「シルフィ!・・・自壊せよ!・・・アレク!あなた独りでは逝かせはしません!」
忽ち部屋中に暴風が吹き荒れ、僕とロクサーヌ様を中心に風の勢いをどんどん増していく・・・。
ハラドリアンが慌てて叫ぶ。
「いかん!ミスランディアの自壊魔法だ!・・・退避せよ!巻き込まれるぞ!」
部屋の中で吹き荒ぶ暴風の目の中で、僕とロクサーヌ様は再び二人っきりになる。
徐々に遠のいていく意識の中で、僕は辛うじて言葉を絞り出した。
「・・・母上。・・・ロクサーヌ様。・・・僕は役目を務め上げましたでしょうか?」
もう殆ど目は見えないけれど・・・確かにロクサーヌ母上は僕に優しく告げた。
「・・・ええ。・・・あなたは立派に勤めを果たしました。大王も、ベルトランも、パルシネも、・・・そしてわたくし自身も、あなたを誇りに思います。
・・・最後の時が至りました。・・・あなたが最後に思うことは何ですか?」
それで僕は・・・最後の力を振り絞り・・・その言葉を告げた。
「・・・ミスティに・・・会いたい」
もう・・・目も見えず・・・耳も聞こえない・・・。
だけど、そのロクサーヌ様のその最後の声だけは、確かに僕の心に刻まれた。
「・・・幾つもの時を超え・・・幾つもの世界を経て・・・汝は再び汝の運命に・・・巡り合わん・・・」
臨界に達した暴風が、部屋と周りにあるすべての物を吹き飛ばした。
・・・そしてそれっきり僕の意識は途絶えた。
・・・ ・・・ ・・・
別の時、別の世界で誰かの声がする・・・。
「・・・献体132号が覚醒しました・・・」
ずっと書きたかったお話です。
彼もその時、懸命に生き死んで行ったことが伝わったでしょうか?
でも、これで最後ではありません。




