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60.狂犬と狂犬じゃん……

 ニルス達が辿り着いた洞窟は、とにかく酷い臭いだった。それもそうだろう、ニルス達が訪れた時に、何も処理をせずに帰ったのだから。

 しかし数年前の状態のまま人の手が加えられていないとは、ここがいかに立ち入る者を拒むか窺えた。


 余談だが、武術家を目指す少年アンドレはエレロに適当に置いてきた。


「ま、誰もこんな場所に入りたいとは思いませんよね。皆さん、下がっていて下さい」


 マリナが中を見て顔を顰める。そして皆を入口から遠ざけると、魔力を高めるのだった。突然、洞窟内から轟音が響いて水とともに様々なものが流れ出ている。


 その様子に疑問を抱いたのはニルスだ。


「あれ、マリナって光の属性じゃなかったのか? どうして水魔法を使えてるんだ?」


「ほんの少しだけど、属性が違う魔法も扱うことはできるみたいね。それに今は光魔法を四元素それぞれに還元して同時に出していたみたいだけどね」


 ヴィオレッタの言葉に、ニルスは近くで天高く上がった火柱に納得した。

 風は水をより速く流すために、地は洞窟の崩壊を防ぐために、火は適当に流していた。とはいえ光から四元素に戻すためにはさらに労力が必要で、効率は少なからず良くなかった。


「それでもこの威力、凡人には理解し難いかもしれませんが凄まじいでしょう?」


「自分で言わなければ本当に尊敬できるのだけど」


 いつも味わっているとはいえ、フェリシーはそれだけに残念に思えてならなかった。これでは能力だけの人間になってしまっている。


「いつも思っていますけど、尊敬するといってもあなたは私自身でもあるのですからそれは無益ではありませんか?」


「それはそうだけど……無益は言い過ぎではないかしら」


 そのような言い合いに、ニルスが疑問を呈するのは当然だった。


「フェリシーがマリナ自身って、どういうことなんだ?」


「ああ、実は彼らは全て私の人格から派生しただけの精神体なんですよ。もちろん今は人としての肉は持っていますけど」


「小さい頃に呪いを受けた影響かしらね、マリナは過度な負荷によって精神に亀裂を生じさせてしまったのよ」


「研究所の生活は酷だったしな」


 その身に耐えきれない程の精神的荷重を受けた者は、無意識に自身を守るために精神を分断させることも少なくなかった。なにもマリナが珍しい例ではない。


「研究所?」


「魔法を研究してたよねぇ。マリナから私達のような別の人格を抜き取ってこの体に移したのも、研究の一環だったらしいよぉ?」


「思い出したくもない記憶ですが、まあその苦をともに分かち合った私の片割れ達が彼らです」


 不遜な態度はとるが、マリナも彼らのことを心の内では何よりも信頼していた。


「ですが、感情だけは共有しているのは困り物ですね。これは完全に断ち切れないでいる私にも原因があるのですが」


 彼女は怖かった。唯一の理解者である彼らが自身から離れていくのではないかと。マリナは断ち切ると表現するが、その恐怖から本当は手繰り寄せたまま離せなくなっているのだ。


「それでも、好物がいつも重なるのは腹が立つほどです」


「あら、献立は困らなくて助かってるわよぉ?」


「その延長線上が、このユーリなんじゃないですか!」


 マリナは指を差して勇者に抱きつく二人を憂いた。一方のニルスは感情を共有するということはレオンス達にも当てはまることに思い至った。

 しかし彼とその隣のオーバンが終始ユーリから視線を遠ざける姿を見て、ニルスはそれ以上考えるのをやめた。


「まあまあ、何だかんだ皆マリナが好きなんだしぃ? いいんじゃない?」


「それは当たり前です。その点レオンスは自己嫌悪が激しいでしょうけど」


「どういうことだよそれ!」


 暗に示している事象にレオンスは黙っていられなかった。そのまま論争へと発展する彼らを、ニルスが静かに見守っているとフェリシーが近づいてきた。


「マリナの精神を砕いて繋ぎ合わせたような私達は、このように尖った性格をしているのだけど、これからよろしくお願いするわね、新リーダー」


「いや、まだ了承してないが……」


 ニルスは唯一歪みが小さいであろうエルフの彼女が強引に出てくることに動揺する。

 しかし精神もそうだが、皆種族が異なるのはそもそも移した肉体というものが寄せ集めだったからかもしれない、と彼は予てからの疑問を自身の内で解消させる。


「先祖が多種族すぎて血が混在してるのも原因の一つだと思うけどね」


 そう一言加えたのはユーリ。彼は以前にマリナと記憶を共有しているため全てを知っていた。しかしその者が自身の記憶を全て把握しているとは限らないものである。


「それは初めて知りましたね。肉親という肉親はいないのであまり興味は湧きませんが」


「そうだろうね」


 マリナは両親を恨んだことこそないが、自身を過酷な環境に置き去りにしたことを良く思っていなかった。

 事情があっただろうことは分かるが、その声さえ聞いたことのない相手に期待したことなど、一度でもないのだった。


 彼女の記憶の中にその両親の声を聞いたことのあるユーリだが、あまり介入したくはない案件だったと覚えている。


「私のことはそろそろいいでしょう。それよりその新顔は誰ですか」


「あっ、僕はエドガーと言います。いつも皆さんのご活躍は耳にしています」


「サラだよっ!」


 マリナに指差されるも、それぞれは異なった理由の下気にせずに答えた。その中に「自分はアンドレっす」という声もあったが、見事にかき消されてしまった。


「まあ、それはどうでもいいとして――」


「どうでもいい? 今の僕達は、ニルスさんには敵わないでもあなた達には通用するんじゃないですかね?」


「エドガー、変な挑発をするな」


 彼はどうやら、ニルスから伝授されたそれを随分と過大評価しているらしかった。確かに、威力は絶大であるがそれに頼っているようではその者の太刀筋は拙く、そして脆い。


「止めないでください。馬鹿にされたままで黙っている僕ではないんです」


「ふ、ニルスはあなたを随分買っているようですが、来ると言うなら容赦はしません」


 そうして彼女は『クロス(魔布)』と呟き、白く長い布を手に生じさせて掴む。その様子に、ニルスは全て彼女に任せることにした。

 いかにマリナであろうとも無茶はしないだろうと見込んでのことだ。


「はあ……マリナ、あまりやり過ぎるなよ」


「ごめん、こうなっちゃうとエドガーよりボクの方がまともって、一番あっちゃいけないよね」


 事態を嘆くサラだが、エドガーの気の触れようはまさに狂犬と称すのが相応しかった。


「実践に合図はありませんからね、青二才」


「っ! どこまでも馬鹿にしてッ!」


 そうしてエドガーは挑発にまんまと乗ってしまう。マリナは無意識に、ひょっとすれば意図して怒りを誘うような態度を取ったが、それに気にかかっては戦いどころではない。


 そして彼は直線的に走り出す。そこをマリナが魔布によって覆い隠すように捕えた。

 エドガーはその中で力を蓄え、膨張する生命力を一瞬の内に解き放った。魔布は、いとも容易く破られた。


「この程度……!」


「なっ、ニルス以外にも私の魔布を破る者がいたとは驚きですね」


 その言葉を聞き、エドガーはほくそ笑み顔を上げる。所詮冒険者として格が高いと言えどこんなものなのだ。

 すると、彼は影に遮られ視界が暗くなった。真上には特大の魔布だ。


「まあ、次の手を考えていないわけではないですが。策士、私です」


 エドガーはすぐに上へと跳躍する。生命力を集めた右手を突き上げ、魔力を破るとともに着地を決めた。

 彼は自身の呪いを以前の訓練の中で克服した戦い方が可能になっていた。


 それは、直感に頼って動く行為ができるようになったということである。

 呪いの足枷により意識を最小限に削ぎ、統合させる必要のある彼がたどり着いたのは今の直感だった。


 彼の意識下において行動が一つに押さえ込まれる呪いと、以前の戦略をその場で臨機に立てていく彼の戦いは相性が悪かった。


 それ故の意識改革だが、直感で戦うにはマリナは相性が悪かった。地の力が足りなかったとも言える。


「一斉射撃です。私の花火が汚れたものに変わりますが仕方ありませんね」


 突如、魔布に余すことなく描かれていた魔法式が光を帯びて魔力が循環し始める。

 そこに記されていたのは、特大の『ファイア(ただの火球)』であった。


 打ち出される赤々と燃え上がった火球。エドガーはなすすべもなく巻き込まれ、焼身をその地に落とした。


「やり過ぎました。まあ、これは想定内ですが」


 マリナは再び魔布によってエドガーを包むと、復元魔法で身体を治療する。

 やりすぎてしまう事が想定内では駄目だろうと、ニルスは彼女の姿に呆れが隠せないでいたが。

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