59.魔術師少女の歩み
一方ベスティア村にて魔族との交流をはかるリナ達は、現在プエンテの部屋で一息をついていた。
「はぁー……三人分も翼を生やすのって結構疲れるんだね」
足を伸ばして寛ぐリナは、まるでその疲れに今更気づいたように息を吐いた。しかし魔法を使った後も歩き詰めだったことを考えると仕方のないことだろう。
エミールはその姿を横目で確認しながら一人、自身の考えを言いあぐねていた。
「しかし……エミールが魔族だったことも驚いたがまさか双子がいたとはな」
今度はスティードが感慨深げに呟くと、リナが横から「違うよ、魔族と人間とのハーフなんだよ!」とあまり話には関係のない部分に突っかかる。
その様子に、エミールの頬も僅かに緩んだ。この二人なら何を言っても神妙にはならないだろう、と。
そして彼は自身の意思を打ち明けた。
「その双子の件で、話があるんだ」
「プエンテちゃんのこと?」
エミールが口を開くと、両者とも顔を彼へと向け、その表情から真剣な様子を感じ取った。スティードは続けろとばかりに黙って聞いている。
「ああ。プエンテの話を聞いて、僕は使命の意味について気づけたんだ」
「使命って……人々の架け橋になるっていう、漠然としたあれか」
スティードの言うとおり、言葉自体は漠然として仕方ないものだが、エミールはプエンテと現状について知ることでその意味を理解した。
プエンテの話――駐屯地の狼男に聞いたらしいもの――では、彼女らの両親は母が魔族、父が人間だった。
そしてその子にはそれぞれの特性が受け継がれるが、表面に現れるのは片方のみ。プエンテは父から、エミール、いや、ポントは母から特性を受け継いだ。
つまりプエンテは魔族に扮してベスティアで暮らしているが、その実彼女自身は人間とほとんど変わらないのだ。
問題なのはその状況を作り出した魔族、人間双方だった。
元々は魔族が人間の領地を奪取したことによる闘争と、魔王との二度に渡る抗争で、両勢力は完全に敵対していた。
その敵対関係により禁忌とされていた、異種族との交際をポント達の両親は犯していたのだ。
身籠ったポントの母を見て瞠目した魔族達は彼らを死をもって償わせることにした。最後の慈悲か、その罪の無い双子は産むことを許され母は最後の言葉を残した。
それでも彼らの罪を拭いきれないと言い張る魔族達は、魔族の形をしたポントを人間の村へ、プエンテを駐屯地に置き去り、過酷な環境で生きていくことを強要した。
プエンテは人間の姿を持つ者として奴隷のようにこき使われることを言い渡されたが、今まで強く生きてきたと、プエンテの話だ。
「プエンテが教えてくれたんだ。お袋は魔族と人間の和平……いや、もっと深くまで関わり合いを持つような世界を望んでいたって」
「それが……ポントの使命なんだね」
リナは一瞬の迷いを見せながらも彼の本当の名を呼ぶ。しかしポントと言われた少年は苦笑を漏らして告げた。
「慣れない呼び方は止めろよ。僕だって本名は特別に思ってるけど、エミールっていう名も誇りなんだ。リナは今まで通り呼んでくれたらいい」
「うん。そっか、そうだよね……ごめんね、エミール」
「それでいい」
そしてエミールは僅かに微笑むと、表情は柔らかいままに、静かな口調で告げる。
「まあ、その使命ってやつを、僕はできる限り守ろうと思う」
「なるほどな。つまり、しばしの別れってやつだ」
「え、どういう事?」
エミールの言葉にスティードがほんの少し寂しそうに返すと、リナが不思議そうに二人の顔を交互に見る。
「種族間の仲を取り持つ方法を、もう少しプエンテと考えようと思う。そのためにも僕はここに残ることに決めたんだ」
「そんな……! だったら、私も残るよ!」
「いや、リナには僕と違って家族がいる。帰る場所があるだろ。だからこんな場所にいてはだめだ」
「……それは違うよ。エミールは、私の大切な家族だよ!」
身を乗り出すリナに、エミールは目を開いて驚く。その様子にスティードは「機会到来か」と面白がるように笑う。
「それだけじゃなくて、お母さんも兄ちゃん達も同じこと思ってるよ!」
そして次の瞬間には、予想はなんとなくはついていたとはいえ肩を落とすエミールと、やはり面白そうに笑うスティードがいた。
このやり取りは今後もずっと晩酌の肴になりそうだとスティードは満足げだ。
「だから家族がいないなんて、言わないでよ……!」
そんな彼らの心情を察するまでもなくリナは懇願とともに涙を流した。
「……分かった。だったら僕も好きな時に、家族の元に、リナの元に帰ってもいいか?」
「うん! うん!」
エミールの言葉にリナはしきりに頷く。彼とは気のおけない仲だと彼女は思ってるのだ、今生の別れだと思うと胸が締め付けられて痛かった。
だから、最後に帰ってくると聞いて涙を浮かべながらも笑顔を見せたのだった。
「……さて、お迎えが来たみたいだ」
魔力の扱い方も魔族として遜色なく思い出したエミールは、風によりニルスほか数名が訪れたことを知る。まさに風の便りというやつだろう。
窓の外にリナが目を向けると、何故か布を巻いたような長い棒をニルスが担ぎながら先頭を切って歩いていた。
体格からしても、今のように普段から大きめの武器を使っていた方が似合うのに、と思うリナ。
「リナが出迎えたほうがいい。まともな魔族なら、あんな奇妙な連中を家に上げたくはないからな」
確かにそれもそうだ。会話なら多少ニルスが引き受けるとは思うが、人当たりの良くないアシュレイ、慈悲のないユーリ、自尊心の高いマリナ、その他問題児多数とやはり個性が少しばかり強すぎるようだ。
リナはそのまま表へと駆けていこうとするが扉の前で立ち止まり、振り返る。
「またね」
屈託のない笑顔で告げると、返事も聞かずに出ていった。エミールはその表情に思わず胸の高鳴りを感じる。
「まだ時間はかかると思うが、リナと末永く仲良くしてやってほしい。俺からの遺言だ」
「はっ、死ぬのは娘の成長を最後まで見届けてからだろ」
「それもそうか」
そう軽口を叩き合い、二人して笑う。やがてスティードは別れを告げるでもなく去っていった。尤も、エミールには別れなど必要もないと思っていたが。
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「わー! はっやーい!」
時間にして四半刻足らず後、リナは空を飛んでいた。彼女を連れマリナ達は水をかき分け凄まじい速度のもと、飛空布で海を横断していた。
「でも、全然風来ないんだね」
「風を浴びるというのもまた一興ですが、生憎私のは性能が良すぎるため吹き飛ぶくらいの風が荒れますからね」
「『唯一の欠点はそれですね』でしょ?」
「おや、よく分かりましたね」
今はフェリシーにより、風の壁が生じて彼らを守ってくれれるが、壁というだけあって多少は進行の障害になり得た。だからそれが取り払われた時、更に速度を上げて飛ばせるのだとマリナは胸を張った。
本当にこういった能力だけは高いのだから、尊大な性格がなければ素直に尊敬できるのに、と一同は思った。
その中でも彼女の性格まではよく知らないリゼットは、リナとスティードが加わっても揺るがない安定性に感心していた。
「とはいえ、よくもこんなに乗せて平気なもんだねぇ」
「そうだな。でも流石に乗せ過ぎなんじゃないのか?」
「案ずるな、です。実践したことはありませんが私の魔法がこれくらいで沈むと思わないことです」
スティードが危惧していたのはどちらかといえば座る面積が減少したことによる窮屈さであったが、実のところそれは二の次だ。
「ところでこれからどうするつもりなんだ?」
「兄さんに何か案があるんだっけ?」
「ああ。昔に盗賊が拠点にしていた洞窟があるのを偶然見つけたんだ。十分に隠密性があるからしばらくはそこで隠れようと思う」
「盗賊か。ならば我らも盗賊団と名乗ってはいかがか?」
提案したのはオーバンだ。一同はその意図が読みきれずその顔を一斉に見る。すぐに口を開いたのは心情の変化に慣れているリナとユーリだ。
「でも盗賊って何かを盗むんでしょ?」
「僕らに開き直れとでも言うのかな」
「無論、理念というものは存在する。我々は呪いを理不尽な世から奪いとるため活動するのだ」
名案とばかりにオーバンは胸を叩きながら高らかに宣言する。
「つまり、呪いを負ってる人が困っていたら助けるみたいな解釈でいいのかな?」
「いいね、それ! ねえ、エドガーもそう思うでしょ」
「うーん、確かに僕達みたいなのをこれ以上出してほしくないしね」
彼らの中で、賛成すべきでないかという雰囲気が出てきてしまった。
「よし、決まりだな! 俺達はこれからニルス盗賊団と名乗り、呪いを奪うことを存在意義として行動する」
レオンスが勢いでそんなことを言うと、どういうわけかうなずく人物が多い。アシュレイはともかく、呪いの集団は否定をする気配がなかった。
「いや……勝手に名前使うなって」
リナは、自身の意見なしに進められる強引さに少し膝を落としたニルスを目にしたのだった。




