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58.困難が去ったらもう一度ってやつか

「ふう、無茶してくれたね。兄さん」


 とっさの判断でその場にいた者を転移させたユーリがニルスを睨む。本当はユーリが自身で逃げ出す機会を伺うつもりだったが、その準備すらもできなかった。

 だが今は両親を含め全員が逃げ出せているため結果は良しと言えるだろうか。


「このまま逃げるしかなさそうだね。それと、リナの所にもいずれ兵が辿り着くだろうから先に迎えに行こうと思うんだけど、どこに行ったか知ってる?」


「ああ、リナならエミールとスティードを連れて例の魔族の村に行ったってさ」


「じゃあ早速――」


「やっと追いつきました! 私に苦労かけるとはいい度胸です」


 リゼットの言葉に頷き、ユーリはベスティアへと転移を試みるが、横からの声に遮られる。


「マリナ……?」


「マリナさん、ですよ。私を惚れさせたからといって思い上がるんじゃないです」


「どうしてここに?」


「ふっ、私の魔布は一度捉えたものを二度と見逃しません。ニルスにつけたのを追跡させたんですよ」


 誇らしげな小柄の少女を追うようにして、そこへ他のパーティーメンバーも現れた。


「はあっ……マリナだけ飛空布使うのずるいよぉ」


「しかも速度上げやがってよ。オーバンなんかまだあんなに遠いじゃねえか」


「よっぽどユーリさんに会いたかったのね」


「私達も、行きましょー」


 そして呪いによって鈍足なドワーフのオーバンを除いて、遅れてユーリの元へ辿り着く。内の二人はマリナを押しのけてユーリの腕に胸を押し付けるような形で寄り付く。


「あっ、何するんですか! ユーリはわたしのものですよ」


「そんなこと言ったってぇ、マリナが想う人なんだから私達もその思いに逆らえないじゃない?」


 槍使いの女性は息を気怠げに吐きながら反論する。リーダーの思想がパーティーの総意だとでもいうのだろうか。

 彼女は興奮したように語るが、それこそがキアラの呪い――興奮と疲労の常態化であった。


「そもそもマリナはユーリさんのどこが気に入ったのかしら」


 今度はエルフの人――フェリシーが尋ねる。


「無論、この完璧な私に相応しいと思ったからです。性格に難はありますが顔と冒険者としての能力は超一級、まさに私にこそ釣り合ってると言えます」


 マリナの自尊心の高さは超一級と言えるかもしれない、そんなことをユーリが考えているとニルスに不思議そうな表情を向けられる。


「ユーリはあれとそういう関係ってことでいいのか? どこがいいんだ」


「まあ、大方マリナと同じ理由かな」


「……そうか、それなら構わないけどな」


 互いの考えていることが似たようなものならばわざわざ口を出す必要もないだろうと、ニルスはこれ以上の干渉をやめた。


「あの、ニルスさん、あの人達はひょっとして囚われの器の皆さんですか? よくあんな大物と知り合いですね。……いや、ニルスさんの本当の実力から考えると当然か」


「ユーリ、凄い人気だね。ボクも行っていいかな?」


「だめだよ!」


 サラの何気ない言葉にエドガーが慌てて制止する。それを受け、彼女は「どうして?」と首を傾げるが、エドガーは答えなかった。

 それが嫉妬心からだということは、エドガー自身気づかないふりをした。


「ところで、ここに来たのは俺達に何か伝言でもあるからか? だとしたら遠いところまで申し訳なかった」


「あなたも大概変なことを聞きますね。決まってるじゃないですか、私達もユーリ……いえ、ニルスとともに逃げるんです」


「今まではニルス殿をこちらへ加えようと策を弄していたが、あれは間違っていた。圧倒的な力を持つ貴殿には我々という枠にはめられるには相応しくなかったのだ。しかし今こそ、我らがニルス殿の手となり足となり支えていくべきではないか」


 いつの間にやら追いついていたオーバンが熱弁をふるう。そこへニルスの隣に立つ女性から冷たい視線を浴びる。


「……でも実際は?」


「実際も何も、ニルスの拙い歩みを支えてやるだけです」


「逃げるのに、敢えて集団で移動する必要はない。ニルスとユーリで別れて行動することになったら?」


「……⁉ も、もちろんニルスと行動を共にしますよ」


 目を見開く少女は、明らかに動揺している。元よりニルスがユーリと別行動をするつもりはないのだから、そこまで追い込まなくてもいいのに、とニルスは横目でアシュレイを見る。

 するとアシュレイはユーリと目を合わせて言う。


「だって」


「うん、そっか。この人数で転移するのは僕も負担が大きいからどうしようか迷ってたんだ。でもそういうことなら僕は単独でリナと合流して、ひとまず追手の目を欺くように画策するよ」


 その言葉にはマリナも参ってしまったようで、観念して本来の目的を白状した。


「ま、待ってください! その……今のは嘘です、可愛げのあるジョークというやつです。えっと……私達は、ユーリと一緒にいたいわけで……」


 マリナが顔を紅潮させてユーリを上目遣いに引き止める。後ろではキアラが「うわぁマリナちゃん、すっなおー」と茶化している。

 その表情にユーリは口角を上げて笑う。それはけして人の良さそうなものとは言い難かった。


「反省してるなら僕の胸に飛び込んで『ユーリさんごめんなさい』って言ってみせてよ」


「ぐ……」


 マリナは歯を食いしばり、ユーリを見上げた。反論できない悔しさも相まって内心はぐちゃぐちゃだ。そして追い打ちをかけるようにユーリが「ほら」と促す。

 やがて後に引けない性格の自身を恨むように前へ出、ユーリに抱きつくとユーリ以外には聞こえないような声量で、「ユーリさん……ごめんなさい」と悔しさから目に涙を浮かべた。


「……こんなんだから僕はたとえ年上でも『マリナさん』なんて呼ぶ気にはならないんだよ、あははっ」


 完全にマリナを弄んでいるユーリを見て、本当にマリナはこれが好きなのかとニルスは疑う。いくら顔と実力で選んだにしても性格を無視しすぎている。


 しかしそれはマリナの心の奥底に眠る、嗜虐心をユーリが呼び覚ましてしまったことに尽きる。

 普段は偉ぶってばかりで呆れられつつ、それでも確かな実力は褒められることの多い彼女だが、自身が反対の立場になるという経験はあまりに新鮮すぎたのだ。


 故に彼女は別にユーリに惚れているわけではない。精神的な爽快感が生み出す一種の依存であった。


「はあ……そろそろいいか?」


「ああごめん、今はのんびりしてる場合じゃなかったね」


 ユーリは我に戻ったような顔で、自身の腰に手を回しているマリナを優しく離し、ニルスに謝罪する。


「さて、転移が厳しいとなると俺達の行動の仕方も考えないとな」


「一回だけなら転移もなんとかできるかな、たぶんね」


「そうだな、一度リナの所に転移して、それから西の半島に渡ろう。いい隠れ家があるんだ」


「あの! 移動手段ならありますよ。ここにいる全員が乗れて、それなりに速く移動できます。天才の私にかかれば訳ない話ですが」


 今度はマリナが提案してきた。ユーリに精神を疲弊させられたにも関わらず自慢げということは、かなり有用な手段なのだと窺える。


「へえ、乗るってことは何か乗り物なんだね」


「はい。見た目はただの布ですが……『ウィーブ(織り上げてください)!』」


 少女が魔法を唱えると糸状の魔力が紡績し、魔布が出来上がる。そしてそれはさらに大きさを増し、たちまちこの場にいる12名を優に座らせるほどに成長した。


「凄く大きい布っす!」


「魔力で織られた特別製の布です。有り難く触っていただいても構いませんよ」


「ねえ見てよエドガー、こんなに薄いよ! こんな布に乗っても移動できるわけないじゃん!」


「うるさいですよそこの新顔。他でもない私の魔力でできた布です、何にでもなるんですよ。ただ浮かせるだけも容易です」


 興味ありげに覗き込むサラに対して、マリナは機嫌を損ねてしまったようだがそれもすぐになくなり、巨大な魔布をひとまず下ろす。


「さあ、何はなくとも乗ってください。話はそれからです」


 言われて魔布の上に立つニルス達、果たしてこれが皆を乗せて大空を飛ぶのか期待が高まるところだがどうだろうか。


「皆さん乗りましたね。キアラ、いつも通りサポートをお願いします」


「分かったわぁ。マリナから頼まれごとするのって珍しいからこういうのいいわねー」


「うるさいですよ。わざわざ頼んでやってるのですから素直に受け取ってください」


「はーい」


 軽口を叩きあう二人だが、とても仲の良い風に見えてしまうのはなぜだろうか。


「それじゃあ、私は風を遮断するわね」


「お願いします」


「んじゃ、俺達は後ろでも見張ってますか」


「役立たずなのですからせいぜい体すり減らして頑張ってください」


「承知した」


 フェリシーに続き、レオンス、オーバンがそれぞれの配置につく。すべての準備が整ったようだ。


「では、目が干からびるまで刮目してください。飛空布マリナ号、発進します!」


 そして一切れの布が皆の希望を乗せ、空へ飛び上がった。

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