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57.これは、不慮の事故なんです

 転移したユーリが話すことには、突然家に押し入ってきた衛兵達が部屋の隅々まで入り込み、ユーリは近くにいたミリア達を連れて飛んだのだという。

 その際に、母のリゼットは置いてきてしまった。


「冒険者としての力を失ったって言ってたから、捕まるのは確実だと思う。かといって、僕らが牢を襲撃するのもなあ……」


 彼が母親の存在をアシュレイから伝えられるまですっかり忘れていたというのが、非常に問題ではあるが。父でさえも、リナと出掛けていることを把握していなかった。

 しかしその話を聞いて嘆くようにエドガーが涙を拭う。


「ユーリ君、僕らはもうね、襲撃にも等しいことをしちゃったんだよ……」


「壁も壊しちゃったしね。ドーン! って風にさ」


 エドガーは後悔をしているのだ。とっさの判断とはいえ、わざわざ罪が重くなるように自ら仕向けてしまうとは。

 そんな中、挨拶がてらニルスの両腕を掴む双子の頭を撫でながらニルスが告げる。


「だったら、俺は戻ろう。一人でも指名手配犯を捕まえていれば母さんだけは解放してくれるかもしれない」


 容疑のかけられている者の肉親が捕まっている場合は、何も事情を訊くために連れて行かれるのではなく、交渉の材料として用いられる。

 何とも横暴なやり方とは思うが、今は母の安全のためニルスが行くしかなかった。


「それなら僕も行くよ。兄さんだけには任せられないしね」


「ニルスが行くなら私もついていく。どこまでも」


「向こうでちゃんとしたご飯がでるといいねー」


「えっと、僕らやっぱり共犯の扱いなのかな。このままこっそり逃げおおせたりしないかな……」


 後ろ二人の発言は置いて、決意は十分なようだった。ミリア達もついていくと言い出したが、この件に関しては彼女らは全くの無関係。

 ユーリは先に転移魔法にて双子を家に送り返した。


「さて、行き先は……兵舎にでもしたらいいかな」


「ああ」


「……ところで兄さん。このまま本気で捕まりにいくんじゃないよね?」


「いや、そのつもりだけど、何か問題があるのか?」


 教会に勤める神の信徒を殺害することは大きな罪を着せられる。まさか新興宗教である魔石教団にも当てはまるとは思っていなかったが、このままいけばまず、死刑は堅いだろう。

 ユーリはそんなニルスの危機感の無さにため息をついた。まあいい、その時は自分が合図する、とむしろ決意が固まった。


「じゃ、転移するよ」


「ニルス、魔孔を開いて」


 アシュレイがすかさずニルスの腕を掴む。魔力に対する耐性が強いニルスは、それを通すための穴を開かなければならないのだ。

 彼は意識して魔力を通すように受け入れる。感覚は未だに掴めない、だが集中すれば幾らかマシなようだった。


「『トランジション』」


 そして唱えられた魔法は、滞りなく発動し王国の兵士が構える兵舎前に到着する。これもニルスの日々の集中の成果だろう。


「なっ、一体どこから……?」


「僕らに抵抗の意思はありません。投降します」


「は……? あ、指名手配の……! とっ、捕らえろ!」


 そして問答も少なく両手を縛られ、兵舎の地下へと連れてかれる。この手枷自体が魔道具なのか、生半可な力では壊せそうになかった。

 言ってしまえばニルスにかかれば壊すのもわけなかったが、今はそのつもりもない。


 そして投獄される。思えばニルスにとってはこれが二度目である。さらに、どうやら両親よりも早く到着してしまったようだった。


 両親を待っている間どうしようか、とニルスは冷たい色合いの石でできた向かいの牢の天井を眺める。あるいは自分達が捕まったため、道中で解放されるだろうか。

 そう考え、何気なしに視線を降ろすと、そこにいた少年と目が合う。

 純真無垢な印象の瞳からは、彼がとても罪を犯してここへ来たように思えないのだった。


「あ、どうもっす」


「ああ……」


 少年に軽く会釈される。このような場所ではまず笑顔で会話などあり得ない。それ故に事情がありそうだった。


「君は何か犯罪を?」


「いやあ、大したことじゃないんすけど、オイラは鈍くさくって国王様の大事な皿を割ってしまったっす。今はその反省中なんすよ」


 そして少年は「あ、自分アンドレって言うっす」と自己紹介を挟んだ。

 彼はどうやら、城に仕える下男のようだった。日々の雑用を取り持っているが、憧れているのは武術道場を建て師範となることだという。


 そのための修行と資金繰りをしているらしいが、王城で仕えるという繊細そうな仕事をこなせているかというと、現状の通りであった。


「はあ……その武術さえもオイラには何も身についてないっす。夢は夢のまま、オイラには才能がなかったと諦めるしかないんすかねえ……」


 せめて一度でも武術らしきものに出会い、刺激を受けられたら、と少年は諦め模様だ。

 しかし彼の気はコロコロと変わる。すぐに身を乗り出してニルスを見る。


「お兄さんって、何だか強そうっすよね。できれば拳の一つでも見せてほしいっす。そうだ、壁に向けて一撃なんてどうすか? ここの壁は丈夫だから心配ないっす!」


「俺に壁を殴れって言うのか?」


「多少痛いかもしれないっすけど、後生なので見せてほしいっす。この通りっす」


 アンドレに懇願され、ニルスは断る気を失ってしまった。それに断ればまた嘆いてしまいかねない。

 彼は頷き、拳を突き出して壁との距離感を掴む。また問題を起こすわけにはいかない、予期せず壁を壊してしまわぬよう細心の注意を払うためだ。

 そして彼は、一度腕を折り曲げると静かに前へ繰り出す。

 しかし込めた力が弱かったのか、コツンと壁にあたっただけで変化はない。


「本気でやってくださいっす」


 少年に野次を飛ばされ、ニルスは今度こそ、と力加減を調整する。

 ただでさえ呪いの影響を避けるために攻撃という意識を削いでいた。だからだろう、ほんの少し石を砕くだけのつもりだったが、硬い音が響くと天井から床までヒビが広がる。

 幸いなことに崩れることはなく、ニルスは冷や汗を拭うとともに胸をなでおろす。

 しかしそれを見ていた武術に憧れる少年は肝を冷やすどころか興奮してしまったようだ。


「す、凄いっす! オイラは未熟だからよく見えなかったすけど、今のって、細かい振動で地の元素を揺すって脆くしたところをついたんすよね! あれがまさに武術っすか!」


「いや……」


 そんなことは一切考えていない、と言おうとして口をつぐむ。ここまで熱心に語るのだ、そうでないという確信もないというのに 水を差すのは悪い気がした。

 実際にも振動など一切なく、全てニルスの地の力であったが。


「お、オイラも真似してみていいっすか?」


「あ、ああ……別に構わないが」


 ニルスの了承を得てアンドレは壁に向け、拳を腰溜めに置く。そして暫しの集中。目を瞑り、息を吐く。


 瞬間、目を開くとともに右手を素早く放つ。すると壁に衝突する刹那、僅かに拳がブレる。本人ですら認知しそびれそうな、ほんの少しの変化である。

 しかしそれが、大きな揺さぶりを生む。音を立て、壁が崩れ去ったのだ。おかげでアンドレと隣の部屋は解き放たれ、一つの空間となる。


「え……できちゃったっす……できたっすよ! あんなに修行しても身につかなかった武術が! お兄さんのおかげっす!」


「いや、それどころじゃないと思うんだが」


 何と、アンドレはニルスのただの殴打を誤解し、武術へと昇華させてしまったのだ。

 ニルスも口では平静を装いつつも好奇心がくすぐられた。


「……ならアンドレ、これはどう捉える」


「まだ何か見せてくれるっすか!」


 ニルスは次に、攻撃しようと敢えて意識を加えながら腕の力を高める。しかし今度誤れば壁どころかこの収容所が危うい。

 そこで彼は腕を前に突き出したり振り抜くのではなく、拳を握りその場で力を留めるように込める。

 すると今までとは違い、腕が光り出した。溢れる力にニルスも戸惑うばかりだ。


『なんて強い生命力の光なの』


 今まで息をしていないかのように静かだったヴィオレッタが告げる。生命力とは、単純に生き抜く強さのことではない。

 人が体を動かす際に、その原動力となっているものが生命力。その量が筋力や体力を決めていると言っても差し障りない。


 腕に集約されたそれは、光を放つ――元素を弾いて飛ばすほどの熱量で、ニルスは扱いに戸惑った。

 そんなニルスの顔も見ずにアンドレは真似してみせようと意気込む。


「あれはきっと、体内の戦いのための力を集めてるっす。差し詰め闘気ってところっすかね」


 原理は間違ってないがニルスの場合、ただ際限なく力を一点に込めただけである。

 しかしアンドレが再び集中の末、体の内の闘気と呼ぶそれを集めようとするとどうだろう。それらはまるで自らが光っているように体の至るところから出現し、奇妙な曲線を描きその手のひらに集わせる。

 球体状に集められた後もその中で円周を高速で掠めるように蠢いている。


「これも出来てしまったっす……あの、お兄さん、これからどうするんすか?」


「……そうだな、いっそのこと俺のとぶつけてみるか?」


 彼はその止め方が分からず一種の錯乱状態だった。そしてあろうことかアンドレも「いいっすねそれ!」と同意してしまったのだ。

 そして彼らは互いの顕在化した力を構える。


「やるか」

「やるっすよ」



 その日、不可解な爆発が地下牢で巻き起こった。強力な魔法さえも受け付けない造りになっていたはずの牢からは黒煙が上がり、捕らえられていた数名が姿を晦ましたのだった。

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