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56.日常は穏やかだな

 その頃、ニルス達は都市を北に出た場所にあるいつもの草原で意気込みよろしく「必殺技」習得に励んでいた。

 呪いを反動に用いた殺傷力の高さ故に扱いには非常に心せねばならなかった。それこそ、腕がちぎれ飛ぶくらいは覚悟するべきだ。


「あの、これってどういう特訓で⁉」


「エドガー、聞いても無駄だよ。ニルスはどれだけ訴えても一度決めた手順を変えたりしないからさ」


「俺をなんだと思ってるんだよ……」


 サラの酷な言い様にニルスは溜息をつく。確かに彼らの修業内容にその途中で手を加えることはあまりなかった。

 しかしそれは彼らが安全に事を進められるように順序立てているわけであり、必要な対策なのだ。それに進行状況によっては内容を早めることもある。

 全ては本人達次第だった。


「それでもこんな、体をわざわざ痛めつけるってどんな意味が」


「エドガー、そんなの聞くよりちゃちゃっと終わらせちゃうほうが楽だって。ほら、次はエドガーの番だよ」


 サラはエドガーの腹を殴打していた棍棒を彼に渡しながら自身の体をさらけ出す。

 これには身体的な耐久と痛みへの忍耐をつける目的があった。もちろん、「必殺技」の反動から身を守るためである。


「はあ……折角『必殺技』を教えてもらえると思ってたんだけどなあ……」


「手を休めないでよ。エドガーはこの特訓で一度にできる動作を増やすようにも言われてるんだから、愚痴なんか言ってる暇ないよ」


 その様子を見ながらニルスは、方法を教えるタイミングを図っていた。彼自身、呪いについて詳しいわけではない。

 どの程度の肉体の結合力があれば耐えうるかなど、手探りだった。そこで、彼はその判断をエドガー達に委ねることにした。


「よし、二人とも一度休憩にしよう」


「あ、分かりました」


「ふう、お疲れ。あっそうだ、そういえば新しくお菓子屋さんが出来てたから、そこで何か買っていこうよ!」


「そうだな。息抜きがてら、行ってみるか」


 アシュレイへの土産にするのも良いかもしれない。そんなことを思いながら。



 そして一度都市へと戻り、一通りの買い物を済ませた時である。


「おや? あんたどこかで見たことあるね……」


 店主の女性は、ニルスを見て目を細める。しかし彼には女性との面識はなかったため、戸惑うばかりだ。


「え、なに、知り合い? じゃあ割引してもらってよー」


「いや、そうじゃないんだけどな」


「あ……!」


 すると女性は驚いたように目を見開き、ニルスを指差して口を小刻みに開閉する。


「あ、あんたもしかして、指名手配の人かい⁉」


「指名手配?」


「誰か……! 誰か来ておくれ!」


 女性が叫ぶと、通りにいた何人かが気づき駆け込んでくる。この辺りは親切な人が多い、と感心している場合ではない。


「おばちゃん、一体何が……?」


「ニルスさん、ここは一先ず逃げましょう!」


「えー、まだ割引してもらってないよ」


「それどころじゃないって、ほら」


 エドガーはサラの手を引いて店を出る。すぐに追ってくる通行人の手を振り払い、逃げ出した。後ろからは「誰か衛兵を呼んでくれないかい! 教団員殺しが逃げたよ!」と叫び声が聞こえる。


「うわぁ、すごいね」


 サラが振り返ると、既に何人かが衛兵を呼んだようで数人が追ってきている。これだけでもこの都市の治安は守られていると見て取れた。


「っ! 前からも……!」


 魔法で連絡がいったのか、都市の門からも大盾を持った衛兵が道を塞いで、その後ろにも数名が構えている。


「集まるの早いね」


「サラが一々街の物に興味を持つからでしょ」


 緊迫感の薄いサラのせいで逃げる時間が遅れたのだ。そんな彼らの会話を聞き、退路の断たれた門を見ながらニルスが口を開く。


「エドガー達は、別に俺についてこなくてもいいからな」


「あ、そっかー」


「いや……納得しないでよ、サラ。あの、ニルスさん。事情は詳しく知りませんが、教団員ってもしかして呪い関連の話なんじゃないですか?」


 エドガーはサラを見て示し合わせるように頷く。彼女もそれを受け、意図を理解したようだ。


「呪いなら、ボク達にも関わりがあるね!」


「それに、ニルスさんが何の理由もなしに人殺しをするとは思えません。それは、復讐のためだったんじゃないですか?」


「殺しちゃったのかー、過激だね。って凄い寄ってきてるよ⁉ エドガーの話が長いからさー」


 話に無意識ながら水を差すサラが周囲を見渡して気がつく。先程から衛兵達はエドガーの会話が終わるのを待っていたわけではない。

 武器を手放すように問いかけつつ、その距離を縮めるように迫って来ていたのだ。


「くっ! ニルスさん、もしかしたら足手まといになるかもしれない。でも同じ道を歩ませてほしいんです」


「『必殺技』があれば突破だって簡単だよきっと!」


 二人の熱意に、ニルスは押される。


「……分かった、教えるよ。二人とも、呪いで体を意図的に止めることはできるか?」


「はあ、やろうと思えば」


「ニルス、危ないっ!」


 すると背後から迫った衛兵がニルスを捕まえるべく手を伸ばしてきた。それを間一髪でニルスはかわし、包囲された輪を地面を殴ることで散らし、突破する。


「時間がない、一度しか言わないからよく聞いてほしい。今から言うことを外壁に向けて放つんだ」


「壁を壊すの? ボクら犯罪者まっしぐらだね」


 出口へと走りながら、彼らは会話を続ける。都市を囲う外壁は、魔物からの襲撃を耐え忍ぶ役割があるがそれを壊して逃げ出そうという考えだ。

 それでも、門を強引に突破して負傷者を出すよりは良いと思っていた。

 後ろから火球や槍が飛んでくるのを避けながらニルスは続ける。


「壁についたらまず、呪いで体の動きを止める」


「でもどうやるか分かんないよ」


「サラはハンマーを投げるつもりで踏ん張ったらいいと思うよ」


「そっか、呪いを使うってそういうことなんだね」


 サラの呪いは遠投が不可になるものであるため投げる意思を示した時点でそれは達成できなくなる。それが「必殺技」の第一段階である。


「それから、その状態で力を思い切り込める。幾らやってもやりすぎることはないから、躊躇なくな。後は標的さえ間違えなければ何も考えなくていい。衛兵は俺が引きつけるから、思う存分やってくれ」


「分かりました」


「うわぁ、なんか失敗する気がしてきたよ」


「なに弱気になってるの、サラらしくない」


「むう、腹くくるかー」


 そしてニルスが目の前の出口を塞ぐ衛兵に突っ込み、それに合わせてサラとエドガーは二手に分かれて散る。

 その動きを見逃すようでは衛兵も務まらない、彼らが分散しようとする前にニルスは素早く回り込み、地面を叩く、もしくは手に持った武器を容赦なく破壊して追手を遮った。


 そして壁に到着したエドガーはすぐさま足を踏み込みながら、腕を振るった。いや、正確には振るおうとしたままで留まっている。

 呪いにより一度に一つのみの動作に制限されている彼は、二つ目の動作に移るその直前で動きが止まっているのだ。

 だがこれでいい。これだからいい。そう思い、力をこれ以上なく込めた。


 反対側ではサラがハンマーを投げようと構えたまま、これまた同様に力んだ状態で止まっていた。


 準備は整った。魔法すらもサラ達に被害がいかぬよう防いでいたニルスはその手を止め、左腕部分に地属性のマナを集めると、両手に大盾を担いだ。

 すると後ろの地面につくほど振り上げ、力いっぱいに外壁へ向け、投げた。着弾したのは丁度門の上だ。

 凄まじい音とともに材質の硬い石のブロックが崩れていく。


 その衝撃と音に、サラとエドガーが思わずその方向を見る。当然そうなれば意識によって保たれていた呪いが意識を逸らされたことにより作用しなくなる。

 そして呪いによって際限なく高められていた力は呪いが切れたため行き場を失い、一度に放たれる。


 エドガーの拳と、サラのハンマーからである。


「うわっ!」


 サラの驚きとともに外壁の一部が膨大な力によって形を失う。その圧倒的な力にエドガーも驚嘆している。


「これが……必殺技」


「うん。これならニルス以外は殺される勢いだね」


「ニルスさんなら耐えられるかな」


 互いに離れてはいるものの、隣で会話しているような気の合いようだ。


「っとそうだ。ニルスさん!」


 彼が振り返るとニルスは唖然とする衛兵を振り切り、エドガーの方向へ走ってきていた。


「このまま逃げよう」



 そのまま彼らは北へと逃れる。逃げ切れる保証はどこにもなかったが足を止めるわけにもいかない。


「あれ……僕ら逃げる必要あったんでしょうか。あのまま大人しく捕まるっていう手も……それに壁を壊すにしても一箇所で良かったんじゃ……」


「でも逃げようって提案したのも、ついていくって言ったのもエドガーだよね」


「提案じゃなくて咄嗟に……うわああ、僕はとんでもない事を……」


「まあいいじゃないか、あんなところで捕まってもつまらない」


 嘆くエドガーを慰めるニルスだが、間もなくしてユーリがアシュレイと、なぜかアリスとミリアを連れて転移してきた。

 ニルスと同じく教団員殺しの容疑をかけられた二人は切羽詰まっているように見える。


「ニルス、大変」


「母さんが捕まったんだ」

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