54.昔の自分に教えてやりたい
「ぐ……うあああ!」
「があああああ!」
太陽の照る真昼間。ニルス宅には二人分の叫び声が響く。今日もまた呪いによる電撃を身に受けながら耐える精神修行ともいえるそれが始まる。
二人は蹲って布団を被りながら必死に声を抑えようとするがもはやそれは意味をなしていない。
ニルスも今日ばかりは彼らと会話をするわけにもいかず、傍らでじっと目を瞑っていた。当然ニルスも同じように剣をその身から話しているが、一つの町ほども距離が離れるとニルスでも少し堪えるのだった。
「やりすぎたかな……」
そう呟くニルスだが、彼らは身を裂かれるような痛みにも耐え抜くつもりであった。
実際にも彼が辞めるかどうか意思を問うことをしたときに、彼らは言葉に表さないものの首を横に振って訴えた。談笑がそれほど甘美なものだったのか。
二人で話し合ったのだ。あの家がそれだけ心地よいのはやはりニルスがそれだけ力を得ているから、ならばどれだけきつくとも耐えて見せようと二人で誓おうと。ただ、それだけの理由だ。
サラは二人で分け合うにはこの苦しみは拭いきれないものだと、そう思っていた。しかしながら長年苦楽を共にしてきた彼と約束することだからこそ、一人では弱音を吐いてしまうことでさえ、耐え抜くことができた。
「回復飲料ならここに置いとくから」
ニルスはせめてもの安らぎを与えられるよう、味にも改良を加えた飲料を置いた。改良を加えたとはいえ、苦みを取り除くことはかなわず、出来としてはいまいちであった。
二人は傷を癒す飲料がどうして痛みを和らげてくれようかと、飲むことに意味がないことを感じてはいたが、少しでも楽になりたい一心、それだけで瓶を手に取った。
それを快い返事と受け取ったニルスは追加分を用意しておくと告げて部屋をでていった。
「う……うえ、美味しくない。が、ああああ!」
「く……くあああぁ! そ……そういうこと言うなって」
しかし意外なことに話ができるほどに余裕が生まれていた。相変わらず痛いことには変わりないが、それでも精神的な作用が飲料にはあったのか、微かに和らいでいる。
「お待たせ」
ニルスがかえってきて、空の瓶に飲料を継ぎ足すと同時に二人は示し合わせたように瓶をとる。その姿はさながら強盗のようでもあった。
「んく、んく……ぷはっ! や、やっぱり苦いよう……うう」
飲めば飲むほど痛みは減衰していく。そのたびに口の中に苦みを広げなければならないのは、いささか足し引いてゼロのような気もしないでもないが、苦みは体感で消えるのが幾らか早い。
二人はそれに賭けた。
「困ったことに、薬草の在庫がそんなにないらしくて」
しかしニルスは悩ましい顔を作りながら飲料を作るに不足があることを告げる。すると二人は身を乗り出してニルスに懇願する。
「「取りにいかせてください!」」
そして二人は痛みと全身を引きずりながら草原へと出かける。薬草となる雑草はそこら中に生えているがその質は様々。
成分が良ければそれだけの回復量は望めるが、すべてがそうではない。ましてやそういうものは魔物がかぎ分けて食っていったり、業者が回収していったりと、だれでも容易に踏み込めるこの場所では良いものは見当たらない。
しかしそんなことはニルスには関係がなかった。手当たり次第に雑草に含まれる成分を抽出し、飲料とする。
二人組はニルスの動きに従ってそこらの雑草をむしっては渡し、飲料を受け取っては飲み干し、時々思い出したように痛みに悶えたのだった。
――――――――
そんな風にして日は暮れ、三人は疲弊していた。薬草摘みに飲料製作、慣れないことを一日中していたのだ、疲れが出て当たり前であった。
両手を地につけながら座り、肩で息をするエドガーとサラ。しかしその表情には清々しいまでの達成感が混じっていた。そんな二人を見て、ニルスは問う。
「痛くないのか?」
「そりゃあ痛いですよ」
「それなりに体に響くよ」
だが段違いに痛みが和らいでいるのも事実だった。
身体的な成長とは適度な破壊と休憩だと、まだ魔法の発展していない時代の人は語った。休憩とはその実、痛めた筋肉を回復させること。
二人はそれをまさに実践していた。体を破壊しながらも常に回復させ、その成長速度はニルスの時を上回るほどだった。彼の時は回復が寝る時だけだったため、明らかな破壊過多だったのだろう。
そんな風にして一日が終わった。
「次からは用を足せるように準備しないとね」
「僕はまだいいけどサラみたいな女の子がそこら辺でしちゃだめだよ」
「だって、服を汚したくないからさー」
「はあ……次は魔ポッドでしましょうね」
サラは反省する様子もなくただ「はーい」と返事をした。わかっているのかいないのか、エドガーは再びため息をついた。
そして用を足すための魔ポッドだが、ニルスはこちらへきてその様式が違うことに驚かされるのだった。
農業の設備がされているニルスの村ではポッドの中身を魔術的に地中へと転移させて肥料へと変えていたが、都市のような場所では一度ポッド内でためてから回収業者が転移魔法で吸い取っていく。
主にその業者は田舎の農業担当が直接担っていることが多い。魔ポッドが壺型をしているのは、魔法が知られていなかった以前の名残か、そんなどうでもよいことまでニルスは頭に入れてしまっているのだった。
そして翌日。本当に家から魔ポッドを持ち出してくるサラの姿があった。やる気があるようでよろしい、とニルスは満足気に頷く。
「今日もおんなじメニューだと聞いて」
「このペースだと今日で終わりだろうな」
そのニルスの言葉に二人は歓喜する。そして言葉通り、今日で十分だとニルスに判断されて魔術に対する抵抗を強めることができたのだった。
「あれ、忍耐力をつけるんじゃ……」
「あれは建前。言っておかないと精神的につらいかなと思って」
本当に、ただそれだけの理由だった。
「さて、予期せずこの特訓が短くなってしまったわけだけど、明日からは俺ができる最後の特訓になります」
「いよいよあの『必殺技』を教えてもらえるんだね」
「ああ、じゃあ、今日はゆっくり休んで明日に備えてくれ」
二人は気分爽快といった表情で手を振り、去っていった。
「まだ武器を返してないけど、いいかな……」
ニルスは密かにつぶやいた。呪われた者がその装備に執着しないのは戦闘において重要なことだ。それはサラにこそ当てはまるが、小さな体をしているにも関わらずその体と大差ない大きさのハンマーを手にいつも戦っている。
きっと、呪われたハンマーを装備してしまっているから仕方なく扱っているだけなのだ。その結果、図らずとも筋力はついたのかもしれないが、彼女には彼女自身、もっと違う動き方ができるはずだろう。
もっと自分にあった動きが。
「……帰ろう」
ニルスはそこまで考えて、帰路に就いた。とにかくそれを決めるのは彼らであって自分はサポートするだけだ。
そして当日。彼らは緊張した面持ちでニルスの前に立った。
「まずはこれを返しておく」
それぞれの武器が彼らの手に返される。
「眠りにくくなかったか?」
「確かに、痛くて中々寝付けませんでした」
和らいだとはいえ、痛みが全くないわけではないのでそれを負いながら寝ることは予想以上に力が必要だった。
「それは申し訳なかった」
「いやいや、ニルスさんが謝るようなことじゃないですよ!」
「ボクは熟睡できたしね!」
サラが横で胸を張りながら誇らしげに腕を組む。決して自慢をするようなことではないが、寝付きだけは負けない自信があった。
尤もニルスもそれに関しては負けてはいないが。
「はは、サラが羨ましいですよ」
エドガーは神経質で、すこしでも環境が変わると眠れなくなる。村から逃げる道中でそんな性格をどれほど恨んだことか。
「ま、どちらにせよ、今から始めて行くぞ」
「うん!」
「はい!」
二人はニルスの言葉に気を引き締めた。




