53.そんなに厳しいつもりはないけどどう?
ユーリの質問が始まってから四半刻ほどしてようやく、呼吸が落ち着いたエドガーはいつものように拳を前に突き出して攻撃する様子を見せる。
「なるほど、どうやら動きからして筋肉は一つ一つ違う動作を行っているようですね」
その様子を見てユーリが考察する。彼はエドガーの動きの一挙手一投足に注力して見ていた。
「そしてそれらは違う動きながらも一つの目的に従っている。エドガーさんの意思という目的に」
「僕の、意思……?」
エドガーは復唱しながら自身の手を見つめる。呟きながらもユーリの言っていることの主旨を捉えられず、黙ったままだった。
「ええ。今だってエドガーさんは手を見ながら言葉を発しましたよね。無意識に」
ユーリはよく観察眼の効く弟だと、ニルスは傍から見ていて思った。呪いを受けた当事者でなくてもその特性を余すことなく理解して伝えることができる。
これは紛れもない才能だと。
「だから実質的に二つの動作を行うことは不可能ではないんです……そうですね、少し実験してみましょうか」
しばらく受け答えのない二人に痺れを切らし、ユーリは方向性を変えてみた。
しかし実際のところ、エドガーには再び電撃による痛みが襲ってきているのであった。
「実験……?」
エドガーはチクリとした痛みに耐えながら疑問をうかべた。実験とは、人体を使うというそれなのではないかという考えが頭をよぎる。
「まあ、簡単なものです。まずは手を叩きながら一歩前に踏み出してください」
「え? ああ……」
エドガーは言われたとおりに実行してみる。ところが、動作は手を叩くだけに留まる。
「では、次は僕の真似をしてみてください」
ユーリは手を叩きながら前へ一歩踏み出す、その実践をした。エドガーも続いて同様の動きをする。
「あ、出来た」
エドガーは驚いていた。痛みに耐えながらのため声は淡白ではあったが確かに驚いていたのだ。
「このように、エドガーさんは、正確には呪いが、自身が取ろうと思った動作を一括にできるかどうか判断しているんです」
「つまり、僕の意識が一つであれば呪いは関係なくなる、と」
ユーリは頷く。
実際のところ、ユーリはエドガーの普段生活する姿を確認しただけでも、このような結論に至るだろうことは想像できていた。
ほんの少し、慎重を期しただけである。
「じゃあ、僕がニルスさんに攻撃する、って考えたら叫びながらでも殴れるのかな?」
「きっと出来るでしょうね。尤も、複雑な動きをするのは難しいでしょうから、ある程度の訓練が必要だと思いますけど」
ユーリの言葉に、エドガーは「訓練かぁ」と少し肩を落とす。この痛みを負いながらどこまで自分を追い込むことができるのだろうか。
「といっても、今までエドガーさんはそれを実践してきているわけですから、あとはその幅を広げていければいいと思いますけどね」
これまでが無意識に「目標に向けて攻撃する」など考えていたことを今度は意識化する。そうすればより多岐的に動きを変えることができる。
つまり、二つの物事を同時にできないという先入観を取り払い、自身の意識の先で行動を変えていく。それが今後の目標になると、ユーリは彼に伝えた。
するとユーリは「じゃあ、僕の仕事は終わりかな」と達成感に満ちた顔で部屋を去っていったのだった。
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「あ、あの……そろそろキツいんだけど」
絶え間なく襲ってくる電気的な痺れに、サラが訴えを起こす。始めは小さな針を刺すような痛みだったのが、今や棘のついた金棒で殴られているような痛みが襲ってきている。
「辞めたいと思ったらいつでもそうしてもらったらいい。武器なら隣の部屋にあるから」
ニルスは特に労るでもなく淡々とした口調で告げた。
呪いの武器を手放したためによる電撃も、実際は壁を一枚挟んだ程度のものだ。ニルスはこれより更に距離を遠ざけて特訓するつもりでいた。ここで音を上げられても困る。
「ごめん……もう少し、耐えてみる」
「ああ。でももし体に異変があった場合は知らせてほしい」
「うん、分かった」
サラは反省する。自身の決意を棒に振るところだったのだ。幾らニルスの取り組み方が酷でもすぐに諦めていい話ではない。
「それから、今日は普段どおりに過ごしてもらうだけで終わりにする」
「うっ……ほんと? よかったぁー!」
サラは思わず喜びの意思を見せた。少し動くだけでも実は辛いと感じていたのだ。
「でもこれ、どんな意味があるんですか?」
「忍耐をつける。ついでに魔法への耐性も幾らかつくと思う」
疑問を呈するエドガーに、ニルスはこの特訓の主旨を述べる。
「耐性はついでなんですね……く、つぅ」
エドガーは苦笑するがその反動で痛みが全身に響く。鈍器のようなもので殴られているようなこの感覚は、頭痛を全身で体感し、さらにその痛みの絶対量を何倍にもしたような感覚だろうか。
「まあ、俺もずっとこの部屋にいるから、体調悪そうだったら即刻やめさせるけどな」
とは言いつつ、既に二人とも満身創痍で、何とか口を開くだけましなものの、体調が悪いという言葉で片付けていい状態はとっくに過ぎているように見えた。
「……まあ、暇だし話でもするか」
「えっ!?」
呟いたニルスに二人は驚愕を表情に映し出す。誤ってサラは声に出してしまい、慌てて口を手で押さえる。
「嫌なのか?」
それを聞いた彼はその言葉を嫌がっている反応として受け取った。二人は真っ向から肯定できず、一瞬の迷いを見せて首を横に振った。
本当は蹲って叫んでいたかった。そうすれば痛みも精神的には和らぐだろう。
実際にニルスも始めたての頃はそうしていたのだが、無意識な上に幼かった故に気づけていない。
「そういえば二人は村の出身なのか?」
「え、ええ……」
「俺もそうでさ――」
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三人はその後他愛のない話を繰り返す。村で美味しい食べ物は何だった、など。しかしここにいる者は皆故郷にいい思い出がないので話は弾まず、結局都市内のオススメの店を教える話が盛り上がるのだった。
尤も、内二人は脂汗を全身に浮かべながら苦痛と戦っていたのだが。
「さて、とりあえず二人の最終目標を言うと、強力な……溜め技を扱えるようにしてもらう」
「溜め……技……?」
「こんなふうに」
ニルスは遠くの壁を見つめて拳に力を入れる。許容量を超えそうになったところで目を逸らし、射出。先日とは違い、力の加減を調整したため腕は飛ばない。
代わりに拳圧による突風が狭い室内で巻き起こる。
あまりの出来事に二人は内心驚いていた。しかしそれを表に出す暇もなく吹き飛ばされまいと踏ん張るだけだった。
「く……!」
しばらくすると風も二人組の心も落ち着きを取り戻すとサラが口を開いた。
「こ、こんなのをボク達が?」
「ああ、俺はこれを必ず殺すだけの威力のあるものだから『必殺技』と呼んでいる」
「ひえぇ、見た目に違わず恐ろしいですね」
「でもあれ、エドガーも受けたんだよ。肩に」
「うそッ⁉」
サラはその時の様子を伝える。エドガーの左肩にはポッカリと穴が開き、見るも無残な姿になっていた。とはいえ、腕が引きちぎられ血管も見えていたニルスの状態の説明は余計だったか。
「言葉が見つからないです」
「いや、まあ力の使い方を覚えてからじゃないと危険だから特訓はそれからだな」
そしてニルスはさて、と立ち上がって部屋を出る。そして彼らの武器を持って入ってくる。
「今日はこれで終了。夕飯は二人の分も用意してるってさ」
「あ、ありがとうございます!」
「それじゃ、お言葉に甘えてっ」
二人は武器を受け取ると同時に椅子から飛び降りて、サラはすぐに食卓へと歩いていく。その彼女を追いかけながらエドガーは振り返り、一礼した。
明日は実質的に一番つらい日になるだろうとニルスは踏んでいた。特別な動きこそしないが再び一日中電撃と格闘してもらう。
距離をより離して取り組むつもりであるが、恐らく比にならないほどの苦痛が彼らを襲うだろう。そんな彼らの身を案じて今日はゆっくり休んでもらうようにと、願った。
二人は夕食後もしばらくニルス宅にて過ごした。何しろ彼らを呪われているからと言って鋭い目つきで睨んだりしないのだ。
それだけでも心の落ち着く環境が揃っているというのに、彼らは快く自分達を受け入れて話をしてくれる。
エドガー達はしばらく談笑してから、笑顔で帰っていった。
彼らにとって実に心地の良い時間となったのだった。この時間のためならばいかなる苦痛にも耐えられるかもしれないとも希望も湧いていた。




