52.お待ちかね、電撃の時間です!
洞窟では怯えるサラにニルスがその呆れた視線を向けていた。
「言っておくが、俺は人より長く戦いの中にいただけだ。化け物ならサラ達にも当てはまるんじゃないのか?」
「それは……」
サラの脳内に、大物を狩った時の記憶が蘇る。人々は讃えてくれるが、そういう人物ばかりではなかった。
呪いを持っていると知れば、たちまち罵り、小石でも当てて追い払おうとする性質の悪い者もいたのだ。
「分かってるよ。少し、羨ましかっただけなんだ。力を持ってるキミは、余裕に溢れているようで」
歯を食いしばってこれまで生きてきた。そして今も、いつ追い込まれるか分からない生活の中、必死に強くならねばと二人で肩を寄せて歩いてきた。
もう、呪いでない者に理解者はいない。名を示してしまったからこそ、自分達が呪いの持ち主であることも広まり、世間の目は鋭いものへと変わっていた。
それがニルスのように温かい家族に囲まれていれば、あるいはマリナ達のように同じ志を持つものと共にいれば、もう少し楽に生きれたのかもしれない。
しかしその苦しみを分け合うには、二人では少なすぎた。
「……余裕を持つには、力が必要だと思うか?」
ニルスは立ち止まり、彼女の目を真っ直ぐに見据えながら答えを求めた。
それまで少々下向き加減だったサラも顔を上げる。
「……うん」
「力が欲しいか?」
「欲しいよ。必要なんだ……!」
彼女は唇を結び、両手を強く握りながら声を放つ。危うく目から雫が零れそうになるほどの懇願を、ニルスはしっかりと受け取った。
「なら、俺も手伝うよ」
「え?」
「サラ達が強くなるために」
ニルスには見捨てられるわけがなかった。同じ境遇のもと生まれた二人にはどうか救われてほしいと。
「う……ん? あれ、何で僕はこんな場所に」
「エドガー! よかった、無事で!」
目を覚ましたエドガーにサラが抱きつく。彼女自身、エドガーの命に別状がないことは分かっていたが、やはり不安だったのだ。
所変わってここはニルス宅。ベッドに横たわるエドガーに、サラが寄り添いその側にはニルス達が立ち、様子を見ていた。
「あ、あの……すみませんでした」
くすぐったそうにサラを押しのけながらその目でニルスを見つけて申し訳なさそうに頭を下げる。その二人の様はさながら主人とペットのようであった。
「いや、大丈夫。エドガーが暴走すると戦闘狂になるって話は聞いたから」
「それより兄が酷い暴行を加えたようで、こちらこそ申し訳ありませんでした」
ユーリが横で深々と謝罪する。慌てて手を横に振るエドガーを横目に、ニルスは彼を睨んだ。
「それは俺が言うべき台詞だっただろ」
「あ、兄さん謝る気あったんだ」
「俺を一体どういう人間だと思ってるんだよ……」
ニルスは片手で額を覆いながら嘆いた。弟に信用されていない事は薄々感じていたが、それが明らかになってしまうとやはり傷つくのだった。
「まあいい。エドガーが目を覚ましたところで早速特訓を開始する」
「あ、僕の篭手!」
ニルスの手にはエドガーの篭手とサラのハンマーが。それを見つけた彼は驚きながら自身の腕を擦る。当然ながらそこには何も身につけられていない。
「とりあえずは九の刻まで続ける事にする」
「うん、分かった」
「え? 何をするの?」
サラが決意に満ちた顔で頷く。対するエドガーは戸惑いを隠せない。しかしこれはすぐにでも分かることだ。
今も手にしている呪われた装備をその持ち主から離せば、電撃が彼らを襲う。
ニルスはまさにそれを行い、手っ取り早く魔術への耐性をつけようと言うのだ。
扉を閉めれば中から苦悶の声が聴こえる。部屋から離れた程度でも、忌々しい呪いの束縛が襲うのだろう。
そして装備を仕舞ってきた後、ニルスは再び戻ってくる。鍛練には休みがない。
「手始めに、君達の呪いを教えてくれ」
「ぐ……こ、こんな状態で、話ができるわけ……がああああッ!」
「ふ、ふううぅ……ボクは、防御と投擲ができない……って、さ」
二人は電撃に顔を歪めながら懸命に会話に応じる。
そしてサラが最初に呪いを言う。ガードのできない彼女はエドガーに頼るしかなかったのだ。
「くッ……! 僕は、一度に二つ以上のことができない」
サラを一度見てから、エドガーも歯を食いしばって答える。
「いや、特徴とか聞いてるわけじゃないんだけどな……って、そういうわけないか」
ニルスは一瞬、性格的に同時にできないと言っていると思い、それを指摘してしまいそうになるが、そうではないと思い直し、自身の言葉を否定した。
エドガーは本当に一度に二つのことができない呪いを持っていたのだ。
「うく……移動しながら攻撃っていうのすらできないから、いつも止まってから攻撃加えなければならないんだ」
「と、ところでさ。なんでニルスまでやってるの?」
サラの言葉にエドガーがニルスを見ると、彼はその身に電気を纏わせていた。決して彼の体を補助や保護しているわけではなく、明らかに害を及ぼしていた。
それでも彼は二人と同じ土俵でこの特訓を行うために、というのは偶然だ。
「前に奪われたんだ」
「え、あのニルスから⁉ ……つぅッ」
いかにニルスとあれど転送する魔法で飛ばされてはかなわない。今どこにあるのかさえ分からない。
「むう……でも、あんまりキツそうじゃないよね……」
「くっ、これが力の差か……」
サラとエドガーはそれだけで口惜しい思いだった。まさに力不足、あの時ニルスに挑んだのが馬鹿馬鹿しく思えるのだった。
「まあ、慣れれば二人とも多少は楽になるから」
「ど……どれくらいかかるの?」
「一年くらいすると淡い痺れみたいな感覚になってくるかな」
「長っ……」
気を緩めれば意識を失いそうなこの環境で一年間、彼らには途轍もなく長いように感じた。
「で、僕まで呼んでこれからどうするの?」
ユーリが隣の兄の顔を見ながら両手を腰に当てる。彼はニルスの発する電撃を間近で浴びながらも平然としていた。
そんな何気ない行動の中にも勇者の片鱗を見せていた。
「呪いをどうにか逆手にとる方法を考えてほしい。ユーリの知恵を借りたほうが早く済みそうだからな」
「なるほど」
ユーリは目をつぶりながら頷く。
実際のところニルスは既に一つ、考えついていたが、特訓の最後に取っておくつもりだった。何しろ強力なため使い所を誤ったりすれば自身の身が危ない。
だから、基礎の出来上がった最終へと持っていくのだった。
「サラさんのはどうすればいいか思いつかないけど……エドガーさんの一度に一つしかできないって、どういう制限がかかってるんです?」
「制限とか詳しいことは知らないけど、僕が考えたことを二つ同時にしようとすると、先に思いついた方でしか行動出来ない感じかな」
エドガーは腕組みをしながら考える。集中しているのかそこには痛みに歪んだり悶たりしている様子はない。
ニルスはそれを見て、いい兆候だと思った。痛みは受け続けるといずれ麻痺してくる。今がその時だ。
そして怖いのはこれから。感じなくなったと思った痛みは抑制の箍を外れて再び針で指すような痛みに変わっていく。
それに耐えられるかどうかが、今後の課題だ。
「うーん、呼吸とかどうしてるんですか?」
「無意識にはできるみたいなんだ。……うっ、意識したら呼吸がっ!」
会話の途中でエドガーは突然苦しみだす。どうやら呼吸するという事を意識してしまったようで、呪いに許容されている行動から弾き出され、実質的な無呼吸状態になっていた。
「喋ってないで、呼吸してください!」
ユーリに促されてエドガーは深呼吸をする。隣ではサラが「たまにこうなるんだ」と呟いた。
「無意識には出来る、と。後はそうですね……例えば攻撃をする時はどうやってしてるんですか?」
「こ! あがっ!」
「あ、まだ喋らなくてもいいですよ」
エドガーは声に出そうとして息を詰まらせる。一度ハマると中々抜け出せなくなると言うのだ。
前途多難だ。ニルスはそう思いながら眺めていた。




