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50.頑丈であってくれよ

「いやあ、おかげで体が軽いですよ」


 ニルスから受け取った特製の治癒飲料をエドガーは飲み干し、傷と疲労が完全に癒えた。彼は肩を回しながら快調をアピールする。なお、味に関しては一切触れなかった。


「なんか、ごめん……」


「ニルスさんが謝ることじゃありませんよ。すごく気分がいいですから」


「よく飲めたね。お腹、痛くなってない?」


 サラはエドガーを心底心配そうに見つめる。そのように反応されるのはニルスとしては心外だったが自身にも責任があるため、言葉にして返すことはできなかった。


「あー、そうだ。今回の依頼、なんで俺に頼もうと思ったんだ?」


 ニルスは居心地の悪さから話題を変える選択をした。尋ねるのは後衛の経験も伸びしろもない自分を選んだ理由。成り行きで引き受けてしまったが元々断るつもりだったのだ。


「実は田舎暮らしなものですから、伝手が無かったんです」


「伝手……だからってなんで俺に」


「ボクらと同じ呪いの持ち主だからね!」


 するとサラが前へ出てきて慎ましい胸を張る。相手のことを語るのに誇らしげになるのは、同じ仲間だと思っているからか。


「え? そうだったのか?」


 驚くニルス。ここ最近は呪われた者とよく遭遇するものだ。


「あ……ってことはひょっとして歳は――」


「二人とも20だよ!」


「そうか……」


「あ、疑ってるでしょ! ボクはこれから伸びるんだからね! 見かけで判断しちゃ駄目だよ」


 ニルスもそれは学んだばかりだ。サラもまた、種族的な関係で未成熟に見えるだけなのだろう、彼はそのように考えることにしたが少女は本当に成長が間に合わなかっただけなのであった。

 それを彼女は必死に訴えるが一人完結しているニルスにはただの言い訳にしか聞こえなかった。


「呪いならあの集団の方が良かったんじゃないか?」


「ああ、囚われの皆さんですか。あの人達は……えっと、本当、ニルスさんに失礼な話、敷居が高かったというか」


 ならば、ニルスは敷居が低いというのか。そう思うと不快に感じないわけではなかったが、冒険者は互いに助け合う関係。甘いかもしれないがこれでいい。

 それが彼の結論だった。


「確かに、あいつらには頼みにくいよな」


 すぐに彼らの顔を思い出してみる。あの個性的な面々では依頼したことをそのまま請け負ってくれるか不安である。


 実際ニルスの危惧するところは二人とは幾らか齟齬があったが、それでも共感を得られたようでエドガー達は頷いている。


「それで、ニルスならランクもあんまり高くないしお金さえ渡せば呪いのよしみで引き受けてくれるかなって」


「サラ……」


「その低ランクは金に飢えている偏見やめようか」


 よしみと言いつつ会った時に名乗らず、親しさ以前に交友もなかったというのに、無茶苦茶であった。


「でも、なんで赤色のバッジをつけてるんですか? 僕達が依頼を出した時は確かに紫でしたけど」


「人生色々あるもんだよ」


「この短期間、不正をはたらいていてもおかしくないですよね」


「……そうだったら?」


 不穏な空気が漂い始める。接してきたがこの男、気は弱くとも正義感は強そうであった。ニルスは厄介事の到来を懸念した。


「いや、言っておいてなんですが、僕にはどちらでもいいことです。ですが、試させてください」


 そう言いながら拳を構えるエドガー。彼の欠点は強い者を見ると戦いたくなってしまう癖だった。普段は抑えているが戦いのあとで精神的に疲労し、箍が外れてしまったのだろう。


「僕らは大物狩りで知られています。あなたが本当に大物ならば狩ってみせますし、例え小物でも取り逃したりはしません」


「はあ……」


 予見通り面倒なことになった。ニルスは深いため息をついてエドガーを見据える。


「分かった。決闘を受けよう」


「別に受けずとも僕は向かいますけどね」


「……一つお願いがあるんだけど、殺さなければ何でも有りにしてくれないか?」


「気遣いせずとも僕らはあなたの全力を潰しますよ」


 彼の態度は先程とまるで違っていた。別の人格とでも入れ替わったようだ。


「あちゃー。スイッチ入っちゃったかあ。……仕方ない。エドガー!」


「ん?」


 エドガーが振り向く、と同時にサラがハンマーで軽くその頭を叩く。それはエドガーが元より持っている好戦体質が現れたときの対処法であった。

 エドガーはサラの動きをサポートしつつ、彼が狂えばサラが元に戻す、まさに共にいてこそ真価を発揮できる二人組だった。

 しかし今回ばかりは勝手が違う。


「ふざけてないで。ほら、先行ってよ」


「あ、あれ? 効いてない?」


 いつもならその程度でエドガーは正常に戻るはずだった。しかしながら今はエドガーも同じ呪いを扱う者としてニルスに心を許していた。それが元来の性格を引き出す要因となったのだった。


「く、もう一回……! あ! ドラゴン!」


「本当?」


 サラが先程よりも力を込めて大鎚で打つ。それでもエドガーは痛がるばかりで正気にはもどらない。

 彼は打たれた箇所を押さえながらため息をつき、サラの肩を掴んだ。


「サラ、頼むよ。君が先に行ってくれないと」


「うえぇ、エドガー目が怖いよ……しょうがないなあ。ニルスは痛くしちゃうけどごめんね」


 サラは謝りながらハンマーを構える。


「こちらこそごめんな」


 そんな彼らに、ニルスは小さく呟いて片方のみになった腕に力を込める。面倒なものは面倒なので、少し荒いやり方かもしれないがすぐに終わらせよう、とそう誓った。



「やっ!」


 すぐにサラが走り込んで槌で頭を狙ってくる。ニルスはそれに拳をぶつけて勢いを消す。

 するとそのタイミングを計ってエドガーが飛び込んでくる。ニルスは心の中で『久々にやってみようか』と決心し、拳に力を込めた。

 ニルスは相手を見定め、拳が微動だにしないのを確認して力を際限なく増加させていく。


 そしてサラが一度ニルスと距離を取った頃、エドガーの拳が放たれた頃、ニルスはエドガーから視線を外し、己に掛けられた枷も外した。


 二人の拳が衝突する。しかしその速度は比較にならず、ニルスの腕がエドガーの手を砕き、腕を崩し、右肩を抉った。

 そして勢いに乗った腕は体を置き去りにする。音もしないような素早さで肩から血管を引きずり出して切り離されると洞窟の壁を突き進んでいく。

 掘削魔法を展開するよりも何倍もの騒音で奥底まで進み、やがて音は聞こえなくなった。


「え……」


 サラは一瞬の出来事に理解が及ばなかった。横にはいつの間にか気を失っている相棒と頭程の直径の空洞が出来上がっていた。

 立ち竦む彼女もまた彼と同じように既に戦う意志はない。


 そんな彼女を尻目に、ニルスは自身の引きちぎられた肩に地属性のマナを当てながら止血し、マナの左手で飲料を掴む。

 エドガーは経口摂取が叶いそうにない状況なので傷口に直接注ぎかけてやる。するとまさに奇跡とも言うべきように骨が肉が作られ神経がつながっていく。


「戦う相手は見定めなきゃな」


 まだ目の覚ましていないエドガーに対して呟く。もちろん必要に応じて無謀でも立ち向かわなければならない時があるかもしれないが。

 ニルス達にとって魔石教を討伐することは必要不可欠とは完全に言えないのかもしれないがそれでも彼らの人生を大きく占めてしまっているのは確かである。

 ニルスはこの力を報復にこそ使うべきだが、仲間内で争ってわざわざ消耗する必要はないと思っていた。


「ちょっと一瞬寝かせてくれ」


 ニルスは固い地面の上で横になる。こういう時にすぐに寝れたらもう少し便利なものだが、改めてリナの魔法の偉大さに気づかされた。

 しかし少なからず薬草のために頭を使った疲労はあるようで、眠気はすぐに襲ってきた。


 そして一瞬、夢の中でラーシトが「よう」と手を上げたのを見てから再び意識を覚醒させた。腕は当然元通りだ。


「さあ、帰ろう。荷物は持つからさ」


 ニルスはエドガーを担ぎながら彼らが解体した素材をリュックに詰めて背負った。

 しかし彼が促してもサラはその場を動こうとしなかった。


「一体、何者なの?」


「君らと同じく呪いを持つただの冒険者だよ」


「さっきの動き、まるで化け物だった」


「…………俺はあの頃と変わってないんだな」


 ニルスの様々な記憶がよみがえる。想起されるのは幼少に過ごした故郷。同年代からは気味悪がられた日々、あれから時も経ち成長したと思ったが、自分は自分、幾ら努力を重ねたところでその事実は変わらない。

 なぜそれに気づかなかったのだろう。


 特別、変わるための努力なんてしなくても良かったのだ。ただ純粋に、生きるために踏ん張り、何かを守るため、何かを繋ぐため、必死に戦っていけばいい。

 そうすれば、何と呼称されようと努力の証を持った自分はその先にいるものだ。


 サラが発した言葉には侮蔑や恐怖の念が含まれていたかもしれないが、それでもニルスの心は軽くなった。

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