48.薬草のこと葉っぱって言うのやめて
ヴィオレッタは挨拶も少なく女神の元へ行ってしまった。その「まだ少し早いけど、丁度いいから失礼するわね」という言葉には彼女らしさが表れていた。
そしてニルスは今日も依頼書の前に立っていた。アシュレイは残って料理の腕をさらに磨くとのことらしく、リゼットが今度は料理の師匠となっていた。
「おはようございます。ニルスさんに、指名依頼が来ていますよ」
「俺に? 一体誰が」
「依頼主の氏名はこちらに記してありますが、『恐らく向こうは知らない』とのことで」
オリーヴの持つ依頼書の名前の欄を覗き込んでみるが、エドガーにサラ、どちらも見覚えのない名だった。
「内容は地竜の討伐だそうです」
「なるほど、倒してこいと」
「いえ、二人でパーティを組んだものの、後衛としてサポートできる者がいないから手伝ってほしい、と」
彼女は言いにくそうな顔でニルスを窺う。全く、ニルスに出す依頼の内容ではないだろう。魔法が使えるわけでもないのに。
「とりあえず、依頼主と会ってみるか」
何故自身を選んだのか知らないが、適任ではないということを伝えて断ろうとニルスは決めた。
「ではこちらからそのように呼びかけておきますね。都合の悪いお時間などありますでしょうか?」
「寝てる時間以外なら特にはないかな」
「そうですか。では、その際は魔術による連絡を取らせていただきますので」
オリーヴはニルスの顔を見ながら「こんな風に」と呟いた。彼女の口からと同時に、胸のバッジからも聴こえてきた。
「おお……それは?」
「ギルド特性の魔道具です」
「へえ、便利だな」
小さな魔石の埋め込まれた、いかにも人の手によって作られた薄い直方体の箱が、ギルド職員のその人に握られていた。
ニルスが博識書を調べ漁りながら件の人物を待っていると、ギルドの職員より声がかかる。
「お待たせいたしました。ニルス様」
「はい?」
ニルスが顔を上げるとそこには男女の二人組が立っていた。
「あ、どうも。僕達が依頼をした者なのですが……」
「どうもー、よろしくねっ!」
男性が頭を何度か下げながらニルスの顔色を窺う。その気弱そうな態度にニルスは気後れしていた。
それとは対称的に快活に振る舞ってみせる隣の少女は、人懐っこそうな笑みを浮かべて手を差し伸べる。そんな様子に、男は「せっかく依頼を請け負ってくれる方の前でそんな態度はだめだろ」と咎めると少女はまるで悪戯を禁止された子供のようにむくれた。
「あー、よろしく」
それを眺めながらニルスは、仲が良さそうな二人組をどう処理すべきか考えていた。依頼の内容は既に知ってはいるが、それを穏便に断る術を持ち合わせていない。
とはいえ目の前の気の弱そうな彼ならば、謝罪しながら無礼を詫てきそうなものだったが。
「それじゃ、いこいこー!」
「ちょ、サラ、いきなりすぎるだろ」
「ん? あ、自己紹介してなかったね! ボクはサラ! パーティではハンマーやってるよ」
そしてまた手を引いて外へ出ようとするサラに、男――エドガーはそういうことじゃない、とため息をついた。
「まあいいか……僕はエドガーと言います。見ての通り、武器は持ってないので拳で戦います。この篭手はまあ、あるだけマシですけどね」
エドガーは、見るからに疲れている様子だった。隣の少女に、苦労させられているのだろう、ニルスは強く生きることを助言してやろうと思うのだった。
「いや、そうじゃなくてさ、依頼の説明とかをまずしないと」
「あ、そっか。えーっと、これから洞窟に行って、ドラゴンをやっつけようと思うんだ! じゃあいこう!」
有無を言わさず連れ出そうとするサラに、ニルスは半ば困惑状態のまま手を引かれるがままになっていた。その中に顔を伏せながら「ごめんなさい」と呟くエドガーを見た。
――――――――
所変わって都市ペラールの南西。ニルス達は薄暗い洞窟内を覚束ない足取りで進んでいた。
「地竜の鱗とか牙とかは高く売れるらしいんだよねー」
「それからその素材で防具も打ってくれるみたいで、使い道は様々なんです」
「だからボクたち、一度倒してみたいと思ってね。でも二人で突っ込むんじゃ回復とか全く出来なくてさ」
近くに川が流れているためか、この空洞内まで浸透してきた水が静かに滴るだけ、それ故に彼らの話し声はよく響いた。
サラ達は依頼に至るまでの経緯を語っていくが、しかしニルスはそれどころではなかった。
彼の背にはそこそこ大きな革製のリュックが背負われていた。中には飲めば傷が癒えると言われる治癒飲料が丸底のビン、数本に入れられている。
それを持ち運び、彼らに渡すだけならいいのだが当然数に限りがあるため探索の最中に不足分をどうにか見繕わなければならなかった。
道中、無闇に敵へと走り込んでいくサラによって残り本数も2つほどになってしまった。今もニルスは自生する薬草でどうにか成分を抽出させようと苦戦していた。
『なあ、これどうすればいいんだ?』
『私にはさっぱりね。ラーシトは何か知ってる?』
『知るわけねえだろ。傷なんか舐めときゃ治る』
頭の中で問いかけてみるも、その返事は芳しくない。というより、舐めて治すとはまた舌に薬草でも仕込んでいるのか、とニルスは思考するものの、結局どうでもいいことだと考えを投げ打ってしまった。
『というか、ヴィオはまだ行ってなかったのか?』
『いえ、行ってきたけど、あまり必要とされていないみたいね。でもまあ、あまり長居したくないと思える職場だったわ』
『女神様の遣いっていうと大変そうだしな』
『ある意味ね』
するとニルスがいち早く敵を察知し、二人に警告する。
「何か来るぞ!」
その言葉にサラとエドガーは得物を構え周囲を警戒する。低く唸るような魔物の鳴き声が、空洞内に木霊する。
ニルスが荷物を下ろし、飲料をいつでも手渡せるように準備を終えるとその姿はついに見えた。
「グオオォォ……」
苦しげな声を上げながら辿々しい足並みでゆっくりと近づいて来るのは人型の魔物であるグールだった。
「行くよっ!」
「任せて!」
サラが声を上げ飛び出すと、それに続いてエドガーも駆ける。連携はしっかりと取れているようだ。一先ず安心した様子で、ニルスは見守る。
相手の数は3、数の不利はあるが地竜を相手取るつもりなのだ、グール程度に手こずるようではいけないだろう。ニルスは余程の窮地でない限りは手を出さないことを決めた。
「やあっ!」
サラが平面の大きい金属の槌で屍霊を叩く。それによりグールは縦に潰れ、肉と骨が粘り気を含んだ音で歪んだ。
しかしそんなことはお構いなしと言うように、手を伸ばしてサラを捕らえようとする。敏捷性の欠片もないような魔物だが、一撃の重みは侮れない。
「させない!」
グールの攻撃が届く寸前、エドガーが走り込み立ち止まると腕に嵌めた篭手により魔物の振り下ろされた爪を防ぐ。そして彼は真っ直ぐに拳を振り抜き、グールの腐った肉体を貫通させる。
それでもなお動きを止めないグール。エドガーは一度跳躍して後退する。そのタイミングを見計らって今度はサラがハンマーをスイングさせ、屍霊の胴を打った。
勢いよく弾き飛んだグールは洞窟の壁にぶつかり、呻き声少なく横たわった。
仕留めた余韻も少なく、残りの2体もサラ達目掛けて擦った足を寄せてくる。
サラがまとめて槌で圧壊を試みるも、グールも生命力では生者に見劣りせず、有効打となっていないようだった。
ハンマーは重量があるだけに破壊力はあるが、それ故に隙が大きくなってしまう。そのカバーをするためにエドガーは彼女がその重い武器を振り下ろした時に前へ出るようにしているのだが、サラが前に出過ぎたためサポートが間に合わない。
これは二人がパーティとして活動を始めてから度々起こっていた。無闇に敵地に入り込んでしまうのはサラの癖である。
「きゃああッ!」
グールの力強い一撃がサラの腕から横腹にかけて一筋に繰り出される。肌が裂かれ皮膚の下の赤色が露わになる。
「くっ……サラ、下がって!」
エドガーは体当たりの要領で一体のグールを突き飛ばし、もう一体に拳を当てる。
サラはよろめきながらも後退し、ニルスの元へ戻った。そして彼はサラの容態に大きく変化がないことを確認すると、治癒飲料を彼女の口に含ませた。
「うむっ! ……ちょ! 待って待って」
ほぼ飲料水が喉を通ってないにも関わらず、サラはその手を止めさせた。
「どうした?」
「えっと……お腹いっぱいで……」
サラは腹部を摩りながらこれ以上飲めないことを主張する。当然である、道中に数本飲み干しているのだから。
「それに、ちょっと催しちゃって……」
彼女はさらに容量超えによる弊害が体の中で起こっていた。太ももを締めながら小さく体を震わせる。
「そんなこと言ったって傷が……」
彼女が一悶着している間に傷口から流れ出る血液は洞窟内の地面に赤い染みを作っている。ニルスは仕方なく、飲料の入ったビンをサラの傷に添わせる。
「滲みると思うけど……我慢しろ」
そう言って、ニルスはビンの液体を傷口に注いでいく。こういった薬品を使用する機会も必要もなかったのでうろ覚えではあったが、傷口に直接かけても効果はあることをニルスは知っていた。
「つッ! うぅ……」
本来飲むための治癒飲料を直に注ぐのは、中々に神経を直接触るような激痛が襲ってくる。サラは全身に力を入れ、目を強く瞑りながら必死に耐えた。
その間にエドガーはグールの頭を飛ばせば動きが止まることに気が付き、残りの2体を仕留めることに成功していた。
「ふう……大丈夫?」
「えへへ、またやっちゃったー」
「はあ……地竜相手だと取り返しがつかないかもしれないんだよ」
エドガーは心底呆れた様子で項垂れると、サラは悪びれもなく「ごめんごめんー」とにこやかに謝った。
「まあ、目的の場所はもうすぐみたいだし問答もそこまでに」
「あ、そうなの? じゃ、ちょっと決戦前に済ましておくよ。……覗かないでね!」
仮にも女の子であるはずだが、彼女は洞窟内のちょっとした窪みへと屈み込んで用件を済ませてしまった。
この状況を知った地竜は果たしてどんな反応を見せるのだろうか。ニルスは先が思いやられるばかりだった。




