47.誕生です
「兄さん!」
幹部から魔力の砲撃が飛んでこようとするとき、ユーリはニルスを見て叫んだ。それに応えようと彼は走り出す。
「無駄ですよ」
しかし男は砲撃を飛ばすとともにニルスの全身を包むようにして時を停止させた。
そして魔力砲が発射される直前、男の肩を使って頭上に逃げていたユーリは、2種の魔法を同時に発動、などという予想外の動きに目を取られていた。
「私に構っていてよいのですか? 今もあなたの妹が危険に晒されていますよ」
ユーリは思わずその方向を見る。するとそこには先程決着をつけたはずの幹部達がずるずるとその足を引きずってにじり寄っていた。
アシュレイはリナを彼らから守ろうと身動きが取りづらい中、奮闘した。
「本当は蘇生魔法が使えれば良かったのですがね……魔力不足でして。私に都合が悪いこともありますが」
魔石教はユーリを見上げて口端を持ち上げた。そして真上に向けて放たれる魔力の柱。巨大な力の奔流が、ユーリの眼の前を染め上げていった。
「不味いことになったな」
「ああ……」
脳の活動を時間軸的に停止され、再び夢へと訪れたニルス。彼の目には危機に瀕している仲間の姿があった。それだけでなく、いつの間にか男が放っていたのかナイフが目の前に映っている。
それらは彼と同じように時の魔力に抱擁され、切っ先をニルスに向けたままピタリと止まっていた。
再び時間が動き出せば真っ先にニルスへと突き刺さるのは間違いない。それもまた、問題の一つだった。
「さあ、どうする?」
「まあ、突っ込むかな」
「ほぉ……」
相手はニルスが今この瞬間に状況を把握しているとは思ってもいないだろう。本来ならばナイフに驚くなどして動きが止まるところを、男の思考を逆手に取って突っ走る。
それだけのことだった。
「『リフティング』……!」
魔力がほんの少し戻ってきたリナが魔法をニルスに向けて放つ。そして彼は現実へと引き戻される。
リナは、現在身を挺して自身を守ってくれているアシュレイを手助けするわけでもなければ死にかけているユーリを救い出すわけでもなければニルスを解放することを選んだ。
この状況を打破してくれるのは彼しかいないと、判断したためだった。
ニルスはすぐさま幹部へと走った。咄嗟に頭と右手を庇ってナイフを受ける。足や胴には魔法の速度に乗せられたそれらが突き刺さるが、彼は走りを止めない。
男は一瞬、驚いたようにニルスを見る。その顔へニルスは左手で拳を作ってぶつけた。そう、ただのマナで作った拳を。
その衝撃で魔力の砲撃が弱まった。
「うあああぁぁぁ!」
すると魔力砲の中からユーリの咆哮が聴こえる。彼の腕からは膨大な魔力を伴った魔石教と同じ砲撃が繰り出されていた。その束は幹部のそれを押し込んで優勢に立つ。
男は本来ならユーリの魔力に押されることもなかっただろう。しかしニルスに誘われた動揺が彼の力加減を狂わせた。
「こんな……」
ユーリの撃ち出すそれによって男は飲み込まれる。彼の魔力はその幅は見劣りするものの範囲を狭めれば威力は十分なものだった。
それもそのはず、その砲撃はまさに彼が打ち出したものを魔法によって反射したもの。ユーリは魔力砲を受けている間、少量の魔力で反射しながら自身の体を守っていた。
とはいえ威力が釣り合っているわけではなかったので徐々に上空へと押し出されながらできるだけ体を縮めて狭い範囲で反射を続けていた。
そしてタイミングを待った。幹部の男はユーリを始末したと油断して魔力を減衰させる、その時を狙っていた。しかしそれはニルスの手によってこじ開けられた。
今も彼はすぐ脇を走り抜けてから死霊と化した幹部たちへ向けて力を蓄えた右手で破砕している。勢い余って自身の腕を引きちぎっていたのは、見なかったことにしたが。
「『リプロデュース』」
そのしぶとさはどこから来るのか。頭だけを残した男が再び治癒魔法を自らに唱える。それを予測してか、ユーリは即座に男の両腕を聖剣で切断する。
「あなたの言った通り、魔法っていうのは良いものだよね」
「ぐ……屈辱的ですね……」
幹部はユーリの顔を見上げながら不敵に表情を緩めた。
「屈辱的? 兄さんが受けた屈辱に比べればこんなもの大したことないだろ!」
彼の言葉にユーリは激昂した。呪いを与えられ苦労して生きながらえてきた兄の気持ちを分かるはずがない。自身でさえ理解しようとも出来ないというのに。
ユーリは危うく男を手にかけそうになり、必死の思いで留まる。この復讐は兄のものだ。自分が邪魔するべきではない。
「ふう……ねえ、僕に対して屈辱を感じてくれているんだよね。それだったら、もう少し話をしよう」
もっと、屈辱を与えるために。自身の憂さを晴らすために、ユーリは口を開いた。
それからニルスが合流しようとも、ユーリは溜まった毒素を吐き出すように幹部にぶちまけた。
先程転移陣を使おうとした際、その発動間際に中断の魔法をかけたこと、それが可能だったのは探査用の魔法を魔石教相手に施していたためだった。
故に魔力が尽きない限り、いつでも男の居場所を特定できる状態、その状況で敢えて幹部を見失ったかのように見せかけ、油断を誘ったのだった。
特に複雑な名推理を行わなければならなかったわけではない。彼自身が警戒を怠った、あるいは交戦相手を見くびっていたために招いた結果だった。
「どう? 格下だと思っていた相手に負けた屈辱、味わってくれた? 僕にはまだまだ――」
ユーリが次の言葉を紡ぎ始めると、ニルスが背中の剣を抜き取って男の正中線目掛けてぶった斬る。
「ユーリ、もういい」
ニルスに止められ、彼は脱力感に襲われた。勇者とはいえ一人の人間。その人間性に狂いがあったとしてもおかしくはない。
そんな時、真二つに両断された幹部の口が動き出す。
「ふ…………せめて、あの……人に、『センド』」
突如、彼は自らを斬り刻んだ剣を魔力で包み、何処かへ飛ばした。そして事切れ、動かなくなった。
「ぐっ……」
「兄さん!」
「いや、大丈夫だ。それより触ると危険だから」
ニルスは呪剣が彼の元を去ったことにより、呪術的な電撃が襲う。それを弟に浴びせないためにも、彼を自身から遠ざけたのだった。
やがてニルスは立ち上がり、胸に手を当て苦しそうに顔を歪めながらも空を見上げた。
「……なあ、終わったんだよな」
「うん。復讐に生きるなんて悲しい生き方、しなくていいんだよ」
「ニルスは十分頑張った。これからは皆に甘えたらいい」
「嬉しいことなんだから、もっと笑って!」
見守ってくれているであろう両親は何を思うだろうか。無念は、晴らせただろうか。ニルスは見上げた夕空に自身の行為の正当性を願った。
――――――――
「わー、美味しそうですね」
「が、我慢ができませんね」
アリスとミリアがニルス宅の食卓に並べられた豪勢な料理を煌めかせた瞳で椅子から立ち上がり眺めている。
「なんかよく分かんないけどおめでたいのね。これ全部食べちゃっていいの?」
さらにカーラも加わり、食事が次々に消化されていく様が目に見えるようだった。
「少々質素ではありますが、中々楽しそうですね」
「マリナ、よだれがでてるわよぉ」
そしてマリナ達の姿もあった。本当は招待しないつもりでいたが、人数は多い方が良いとリナに説得されて結局大人数での催しとなった。
「ふう……」
皆を置いて、ニルスは一人夜風を浴びる。
大袈裟ではなくニルスの、いや、その家族にとっての人生の区切りとしてこのようなパーティーを開催することにしたのだが、やはり賑やかなのは慣れていないためか疲労感に苛まれてしまうのだった。
「主役が一人で抜け出して何してるのかな?」
「ニルスがいないと面白くない」
ユーリとアシュレイが彼の両側からその顔を覗き込む。
「ごめん。もう少ししたら戻るよ」
ニルスは夜の町を眺めながら呟いた。
「……それにしても、突然すぎたな」
「仕方ないよ。童話みたいな物語じゃないんだから」
「嫌だった? 私はニルスとの時間が増えるから嬉しかったけど」
そんな二人の言葉にニルスは顔を上げた。
「そうだな。悪いことなんて、何もなかった」
「さ、そろそろ入ろうよ」
ユーリに促され、もう一度部屋へと戻る。するとそこにはリナを先頭に、皆が集まっていた。
「あっ、きたきた! 行くよ? せーのっ!」
『ハッピーバースデートゥーユー!』
「心機一転、今日から兄ちゃんは新しく生まれ変わるんだよ! これからは違う生き方をしてみよう! なんてね」
次々に巻き起こる拍手。そんな中、ニルスは温かい笑顔に包まれ自身まで心が温かくなるような、いや、胸が熱くなるような気持ちになった。
生まれてから最も、今が幸福だと感じるのだった。




