46.この戦いであと何度死ねばいい?
魔石教幹部が倒れていく中、魔力の剣を武器に戦う彼だけは、未だにユーリと戦っていた。
流石に4対1では分が悪いので、その場から逃げることを目標に掲げているようだが、それをユーリが追う。
「そんなものですか。私にはまだ身体を強化する術が残っていますが、あなたは既にその魔法を使用している」
「くっ……」
ユーリはその幹部の言葉に歯噛みした。今は拮抗している勝負も相手に能力の底上げをされれば太刀打ちが難しくなってしまう。
「どうやら鍛錬不足のようですね。粗方、勇者の持つ力にかまけて鍛えることなど全くしていないといったところでは?」
全くの図星であった。その言葉にユーリは無言を貫く。
「力不足の勇者など相手にしても面白くはないですが、殺しておいたほうがあの人のためになりますかね」
男は呟いた。このまま振り切ってしまうか殺してしまうか。変に力を見せつけるような真似をしては勇者も鍛えるということを覚え、万一にも『あの人』の驚異になってしまうかもしれないが。
しかし飽くまでも万に一つの確率、勇者の伸び率が未知数なだけであって恐らくは彼に太刀打ちできる存在ではない。
「それにしても恐ろしいのはあなたの兄です。やはり私は彼から一度逃れるため退却することにしましょう。運が良かったですね」
そういって彼は姿を晦まそうと森林の中へ駆け込んでいく。とはいえ先程まで戦闘を繰り広げていた相手からそうそう逃げられるものではない。
彼はそのために、緊急用の転移陣を用意していた。尤も、まさか自分に今のような窮地が訪れるとは思わなかったので確実に動くかは不明だった。
「ふう……今日は散々な目に遭いました。帰ったら早めに寝るとしましょう」
そして彼は森の中独り言つと、静かに『アクティベート』と言い放った。展開された魔法陣が歓喜したように淡い光を放って幹部の男を包み込む。
3人がやられたのは仕方のないことだ。早い内に最大限の力を発揮していれば状況が変わっていたかもしれない。だがその男は身内にすら手のうちを明かす事を嫌った。
ましてや彼らは同業者とはいえ同じ立場を狙う敵でもある。むしろ今回のあれは自分にとって好都合だったのかもしれない。
結局ニルスがどれだけ恐ろしかろうとやはり『あの人』には敵うまい。自分はそのすぐ下で甘い汁を吸えばよい、そう思って目を閉じた。
思えば、力に執着しなくなったような気もする。それもそのはず、もっと強大なものを見てしまったからだ。先程のニルスだってよもやあれほど力をつけているとは、いや、あれは呪いを全て受け入れていた。
ふと、違和感を感じたのはそのときだ。転移魔法が上手く作動していないようだ。やはり壊れてしまっていたのか、転移特有の浮遊感が襲ってこない。
そして男は異常を確認するために瞼を開けた。
「お目覚めか?」
眼の前には拳を構えたニルスが、悠然と立っていた。そして握られた拳に思わず目が行く。しかし次の瞬間にはそこにはなくなっていた。
「うぐぼぁッ!」
目にも留まらぬ速さで突き出されたそれは男の腹をつきやぶり、その先にあった。彼の口からは大量の血液が吐き出される。
「はあッ……はあッ……『リプロデュース』っ……」
ニルスの攻撃を受け、息も絶え絶えに後退り、自らに回復魔法をかけると、恨めしそうにニルスを見た。
「どうしてか、って顔をしてるな。そう簡単に見逃せるわけないだろ?」
「……ふ、ふふ。違いますよ。今からあの苦痛に耐えなければならないと思うと嫌で仕方ないのでねッ!」
彼は語尾を強く、それと同時に左手を胸に勢いよく音を立てて当てた。苦痛に眉を顰める。
叩いたのが痛いのではない。マナを自身に注入するように常に流し込んでいるためだった。
多量のエネルギーの奔流に当然体が拒もうとする。その意思を無視して送り込むと神経の一つや二つ、おかしくなっているのではないかという感覚に襲われる。
「……来る。でっかいの来るよ!」
リナがすぐに魔力の動きに反応した。他の者も、恐るべき魔力の大きさを感じ取ることができた。ただし、ニルスを除いて。
頼りになるのは音だけだ。ニルスはそう思い、目を閉じた。瞬間、轟音が目の前から、いや左右からも響いてきた。ニルスをゆうに多い尽くせるほどの大きさに、逃げ道は既に見当たらない。
『下だ!』
ラーシトが脳内で叫ぶ。ニルスはその言葉の意味を完全に理解する前に、無意識で地面を突き破った。
魔力の砲撃は男の意思によって動く。リナは咄嗟の判断で近くにいたアシュレイの手を掴んで空中へ飛び出し、初撃を躱していた。いや、途切れていないことから、それはまだ続いていると言うべきか。
「あっ、ユーリ兄ちゃん!」
気づいたときにはユーリと魔力砲が重なっていた。膨大な魔力量に加えその操作もかなり速い。ユーリが追いつかれてしまうくらいなら自分は到底敵わない。それでも。
「ストップ!」
無意識にそう願った。するとユーリの前に時間の止まった壁が生じ、少なくともその時はユーリを魔力の塊から守ることができた。
次々に壁へと当たっていく砲撃。それらは同じように時の止まった世界へと放り込まれていくが、やがてその膨張に耐えきれず、破裂してしまった。
アシュレイはその様子に、先程の幹部との戦いの活路を見出していた。耐えきれないほどのエネルギーを送り込んでやればいいのだ。
しかしそれも、終わったことだ。今もそれは失敗に終わった、そのカバーはニルスが本体に直接飛び込んで、収まった。
彼女は突然、浮遊感を感じた。見ると周りの景色が上がっていく、そこで自身が落下していることに気がついた。
アシュレイが彼女を引っ張り上げていたリナを見ると、彼女は大量の汗をかいていた。時を止めること、それがどれほど魔力を必要とするか、リナは身を持って体験した。
時を止める、それはあらゆる物の動きを静止させるということ、それが如何に世界を変えるといった事象に関与しているかが分かった。
アシュレイはリナを空中で抱くような体勢を取り、衝撃少なく着地した。
リナは自分で歩けることを伝えてすぐにユーリの元へ駆け寄る。見ると、左半身を消失していた。ニルスだったからこそ少々肉が溶ける程度で済んでいたものの、本来はこのように一瞬で肉体が消し飛ぶ程の威力だった。
「あ……あ、兄ちゃん……『レストレイション』!」
リナがその魔法を唱えると、塵となったユーリの体が元通りになっていく。しかしそれに動きは見られない。
「あれ……?」
リナは絶望した表情で彼を見るが、すぐにユーリの体にかけられている魔法に気づき『リフティング』と唱えた。
するとユーリは瞼を開け、リナを見る。
「リナなら助けてくれると思ったよ」
あろうことか彼は、魔力に飲み込まれてしまうのを避けようがないと悟ると、自らの体に活動停止の魔法をかけたのだった。
「ああ……良かった」
全て分かっていたかのような彼の表情に安堵して、リナはその場にへたり込む。それだけでなく自身の内から魔力を放出したため再び立てるほどに体力は残っていなかった。
「リナは任せて。ユーリはニルスを」
アシュレイに促されてユーリは頷く。今もニルスだけは幹部の男と交戦しているのだった。
ユーリは駆け出し、幹部の男へと肉薄する。それに気づいた魔石教の男はすぐに剣を振り下ろす。ひらり、とユーリは身を翻して躱す。
そしてもう一打、今度は聖剣で受け、方向を僅かに変えて受け流した。
全てはニルスの時間を稼ぐため。
「あなたの言うとおり僕は少し怠慢な所があってね、鍛錬は進んでしていると言ったら嘘になる」
「……気を散らそうという作戦ですか」
ユーリには剣を受けながら会話するだけの余裕があった。一流の戦士を凌駕するほどの筋力を持ち合わせているわけでもなければ、飛竜に勝るほどの敏捷を備えているわけでもない。
ただ彼の、母より受け継がれた戦闘方法と、勇者の素質が成す踊るような剣技だった。
彼は躱し、受け流しながらも自ら演舞に乗せて斬り込んでいく。
「だから力を使うのは嫌いでさ、どちらかといえば頭を使っていたいかな」
「それには同感ですね。その点、魔法というのはいいですよ」
剣撃を受けつつ、対峙するユーリには中々当たらない。そんな中でも彼は冷静さを失ってはいなかった。この距離ならば砲撃が直撃するのは間違いなかったからだ。
そうして男は魔力を高めた。




