43.ちょっと見に行くだけ
ニルスは帰る前に博識書を漁った。調べるのは魔石団員の各町村における分布。更新は町ごとに行われているらしく、日付の新しいものからそうでもないものまであった。
記されている情報源も疎らだが、しかしそれでもある程度は信頼できる情報だろう。
「あれ? もしかしてニルス君?」
その姿を見つけてニルスに声をかけてきたのは、肩まで伸ばした長髪ではあるが、コートのような裾の長い衣服を端正に着こなしたどこか知性を感じさせる青年だった。
見覚えのあるその顔立ちに、ニルスも彼が誰かはすぐに分かった。
だが再会を惜しむでもなく青年は上から網の書を覗き込んでくる。そうだ、彼には少し抜けている部分があったのだとニルスは思い出す。
「なんだ、魔石教団か」
「知ってるのか? というか、ルイ、だよな?」
問われ、「そうだけど?」と当たり前だと言わんばかりに口を開く彼は、見た目は幾ら立派になっていても中身までは変わらないものだと、ニルスに確かな安心感を与えた。
「いや……どうしてこんなところにいるんだ?」
「ああ、司祭としての役割をね」
またしてもルイは何気なしに答えた。その事実を、ニルスは全く知らないというのに。
「司祭?」
「ああ、今は教会に勤めてるんだ。僕には鍛冶よりやっぱりこういうことの方があってたって、昔から思ってたんだけどね」
彼はやっとニルスの考えを察してか、自身のことを語る。そう、エレロではその大多数が鍛冶師を目指して日々修練を繰り返すが、ルイも例に漏れずそうさせられた。
しかし彼には力仕事よりも神に祈りを捧げ民の健やかな暮らしを願うような細やかな仕事が似合っていた。もちろん、鍛冶において繊細さが物を言うことも、彼は理解していたが。
「教会……魔石教団か?」
「違うよ。本家大元、ピエドゥラ教会だって」
それは魔石教団と比べ物にならないほど歴史は古く、人々の大多数が農耕を行っていた時代が起源と言われていた。
それと同時に、ほとんどが信仰しており、葬儀や食事の慣習はピエドゥラに倣っている。
「まあ、そうだね。魔石教団と全く関わりがないってわけじゃないんだ」
ため息をもらすルイ、その様子は何故か憂いを帯びているようだった。それはつまり、彼らも魔石の乱用をなるべくして防ぎたいという意思にあった。
表面上の理念は一致しているのだ。上層部が会合を開くことも少なくなかった。
「つまり、本部のような場所も知ってるってことか」
「あぁ、大主教なら詳しいことも知ってるかもね。実は僕も場所くらいなら知ってるんだけど……」
ルイは言いながら、頬を指でかく。何か後ろめたいことでもあるのか、大方秘匿されている事実を知ってしまったのだろうから、ニルスは触れないことにした。
「それがどこか教えてもらうことはできないか?」
「うん。どこの村かまでは分かるんだけど、たぶん反対運動が激しいってことで自力では見つからないような場所にあるんだよね」
「なんでもいいから、教えてほしいんだ」
ここぞとばかりにニルスは身を乗り出して聞く。その執着の仕方にルイは不思議に思うが、すぐにニルスの持っていた博識書を借りて地図を出した。
「うん。この町だね……」
「そうか、ありがとう」
ニルスは彼との偶然の邂逅と、助言があったことに感謝した。これでまた彼らへと近づいたのだ。
とはいえ、たとえ虱潰しに町を回るようなことがあっても、ニルスはそれを厭わないのだったが。
「気をつけて」
心配そうなルイを振り返り、ニルスは頷いた。
彼は早速出発した。旅の支度もまともに行っていない。今回はただの偵察、それだけのつもりだったのだ。
「あれ、ヴィオは?」
ふと、彼女の姿がないことに気づいた。脳内で話しかけてもラーシトの返事しか返ってこない。
『知らねえな。さっき、ギルドを出るときにどっか行っちまった』
この頃ヴィオレッタとも親しい悪魔も詳しくは知らない様子だった。ニルスは不思議に思いつつ、またすぐに戻ってくるだろうと思考を打ち切った。
人通りがそこそこ多いセデという町で、ニルスはすぐに魔石教団本部を訪れようとはせず、時間をかけて調査を始めた。
何もかもが思い付きそのままで、路銀すらもそこらで狩った魔物から得た魔石を換金して間に合わせた。
「このくらいあれば十分かな」
それは宿を取るために金が不足していたためもう一度森林へと赴いていた時だ。
「魔石を置いてください」
後ろから威圧感。振り返ると魔石教団を象徴する白いローブを羽織った者が4人、立っていた。
「これはこれは、呪いの方がお見えになったとは気づきましたが剣のあなたでしたか」
「お前は……!」
内一人が前へ出て懐かしそうに告げる。ニルスは彼に見覚えがあった。村を焼いた、犯人だろう。
そして村を逃げる際に襲撃をした人物でもあった。さらに言えば、両親を一度は殺した、あるいは殺そうとした人物だろう。
「いやあ、今となってはあれも必要ないものですが、回収はしておきましょう。そろそろ溜まりに溜まったことだと思いますし」
「4人いれば回収も楽だろう」
「我々が会議のため、本部に集まっていたのは彼にとって運の悪い事でしたねぇ」
彼らの言っていることは要領を得ないが、どうやらニルスの剣を狙っているようだった。
すると地魔法による野太い砲撃が飛んでくる。
「『キャノン』」
「『ストップ』」
それをニルスは避けると、今度は胸の内側が、時を止めたように動かなくなる。全身の血の気が引き、力が抜けていく様子に苦しんでいると上と横から同時に攻撃が飛んでくる。
ニルスは動かない体を強引に後ろへ引かせて躱すと、その瞬間に引き裂かれるような痛みが襲いかかった。
魔力を無理矢理にも引き剥がし、無事に逃げおおせた彼は胸を押さえながら息を吐く。
「あなたも中々無茶をしますねぇ。さぞ、痛かったでしょう」
時止めの彼は「でもすぐに楽にしてあげますよぉ」と笑いを浮かべる。それからニルスの頭部目掛けて手を差し出した。
「『|ストップ』!」
先程の魔法は甘かった。なぜなら今度はニルスの全身を対象として時を止めるように魔力を放っていたのだから。よって彼は、袋叩きにされてしまうことを逃れられない。
魔法によって飛空中の教団の男が助走をつけてニルスの腹に拳を食い込ませる。当然の様に彼に反応はない。
「硬い……?」
「邪魔だ……」
損傷の少ない事に疑問を呈する内に、今度は地魔法の男がニルスを見定める。
「『キャノン』」
男はそれまで充填していた魔力を一度に放出する。それもニルスに直撃し、光の中に溶け込まれる。
「しぶといですねぇ」
時止めの男はすぐに片付けられると思っていた相手の頑丈さに歯噛みしていた。
彼らは呪いを負った上でここまで成長できることを全く予期していなかったのだった。
「これならどうでしょう」
そしてニルスに呪いを与えた男、その因縁の相手が柄部分のみしかない剣を片手に「『リリース』」と呟いた。
するとこちらも充填していた魔力、それが柄から放出されると剣身を形どって留まる。
彼はそれをニルスの鼻先に突き立て、勢いよく差し込んだ。切れ味の良い特別製だったが、即座に貫通することはなく金属同士がぶつかりあうようにして火花が散り、やがて刃が進んでいった。
「うわぁ、痛そうだな……」
「普通だったら死んでるぜ」
ニルスは自身の無残な姿に顔を歪めた。
現在ニルスは夢の中を訪れていた。切っ掛けとなったのは脳が時を止められたことによってその時間軸に意識が存在しなくなったためか。
夢の中故、如何にして攻撃を受けているのかは全て傍観することができていた。そして睡眠時と同じ状態からか損傷を受けたと同時に回復も出来ていた。
実際に全身を飲み込むほどの魔力の砲撃を食らって体の前半分ほどが削られていたのを瞬時に回復したことによって無傷に見せかけていた。
「それにしてもあれは強力すぎるだろ……」
「だがそれだけに消耗が大きいようだぜ」
砲撃の男は肩を上下させている。魔力を大きく消耗したことによる倦怠感が襲うのだった。それだけでなく貯蔵魔力も大幅に減少し、次を撃つためには時間がかかりそうであった。
「ん?」
しかし彼はマナを集め始め、ある程度溜まると抱きかかえるようにしてマナを自身の体へ押し込んでいく。
すぐに体へ吸い込まれていくマナ。それが終わると彼は直ぐ様魔力の充填を開始する。
「おいおい、あれで魔力を回復させたってのか?」
「それって可能なのか?」
「詳しいことがオレに分かるわけねえだろ。でも現に回復してる」
彼らに魔力量が減少していたことは分かっていなかったが、充填する前の行動としては魔力を回復させる以外不自然な動きとなっていた。彼らはそう結論付けるしかなかった。
「オマエも大概だが、こんなとこにも化け物みたいなのがいんだな」
ニルスはその言葉を黙って聞いていた。あれをまず始めに対処しなければ回復がすぐにできない以上厄介だった。
すると次の瞬間、意識が戻る。時止めの男の魔力が尽きたためだった。彼は同様にマナで魔力を回復させると、剣の男の後ろへ跳んだ。
「なるほど? 常に治癒してるというわけですか」
「厄介。……ここは一気に決めるべきだ」
「でしたら皆さんで大技といきますか」
「分かった。なら、俺に合わせろ」
魔石教団の幹部らしき男たちの推測は外れていたが一度に技を集中するという作戦は悪くなかった。ニルスは来たる攻撃に備え、目を閉じた。
するとないはずの左腕には黄色の光が集まっていく。ニルスがマナで腕を象って取り付けたのだった。
『おっ、それを実践で使う時が来たか』
ニルスは静かに頷く。彼らもマナを使ったことに警戒し、すぐには切り出さない。
風が草原となった森林を通る。互いに武器を構えたまま沈黙が流れる。
風の影響か意図的にか、ニルスの左手のマナが数秒不安定に揺らめいた。
――今だ。
飛空中の男が飛び出し、ニルスの頭のすぐ上を通り抜ける。それを合図に、幹部達は動き出した。




