42.急に情報量増えたな
晴れて鈍った体を動かして外へ出ることが出来たニルスだが、まさか最初に行く場所がギルドだとは彼自身思わなかった。しかし鈍ったとはいえ、鍛錬は怠らず続けていたので戦う上では多少の問題で済むだろう。
しかし今日は依頼を受けに来たのではない。
「すみません、マナの試験を行ってほしいのですが」
「は、はい! 少々お待ち下さい」
ユーリはギルドの受付カウンターで一言述べると、職員は慌てたように奥の扉へ入っていく。これが赤色の力か、それとも試験とやらがそれほど厳正なものなのか。
「おまたせしました。それで……」
しばらくして現れた女性職員は窺うようにニルス達の顔を一瞥する。
「あ、受けるのはこちらの兄で」
彼女の言いたいことを察してユーリがニルスを手で指し示す。「ですよね、ユーリ様が受けるわけないですもんね……」と恥ずかしげに顔を赤くする。
「それにしても、ニルス様がお兄様だったとは……」
「まあ、あんまり知られてないですからね。……こちら、受付のオリーヴさん、といっても知ってるとは思うけど」
普段依頼などのやり取りはこの女性と行っていたが名前まで知らなかった。勤務中のため口調は整えてはいるがユーリとはどこか親しげに話しているような印象を受ける。関わりあいが深いのかもしれない。
「あ、そうでした。それではこちらへどうぞ」
思い出したように彼女はニルスをどこかの部屋へと案内する。
そして狭小な通路を進んだ先の厳重な扉を開く。その先にも同様の扉、どうやら二重になっているようだった。
なぜそのような構造になっているのか、ニルスが疑問に思っていると、オリーヴが説明を加える。
「この部屋はマナが地上での標準的な密度より小さくなるよう管理されています」
「へえ……」
彼はいまいち実感はなかったが、魔力を持つものならある程度体が周囲とのマナ濃度を均衡を保つために騒ぐ感覚を覚えるものだった。
「これからニルス様にはこちらでマナを練っていただきます。大きさとしては……そうですね、拳ほどあれば十分だと思います」
試験にしては妙な部分が曖昧だ。ニルスはいよいよこれが正式なものではないのではと疑い始める。
「それで?」
「試験終了です」
「え……それだけ?」
当然のように語るオリーヴにニルスは動揺を隠せない。
「はい」
「動かしたりとかは?」
「マナを必要量練ることができれば、最低限マナからの攻撃から身を守ることは出来ますので、試験としてはそれで十分です」
説明を聞きながら納得する。マナをそれだけ扱えるということは耐性もそれなりについているということだ。ニルスが一人頷いていると「では……」とオリーヴさんは促してくる。
本当に試験の基準から流れまで、ギルドの仕事というものは雑なものだ。と、彼は内心ため息をついた。
そしてニルスは早速意識を集中して手のひらにマナを集める。なるほど言われた通りこの場所はマナが少ないようで、集まってくるのにも時間がかかる。
「あ、もう結構ですよ」
「え、終わりですか?」
「はい。それじゃあ手続きにいきましょう」
彼女は何かを羊皮紙に記入すると、ニルスを連れたって受付まで戻る。
「あれでいいんですか?」
「集まっていく速度も申し分ありませんでしたので。徽章を」
オリーヴは事務的に書類を整理し、バッジを差し出すように示すと「お預かりします」と言って受け取った。そして書類ごと別の職員に手渡す。
「それでは、徽章の処理が終わるまで赤等級の簡単な説明を。……まずはご昇進、おめでとうございます」
彼女は会釈。ニルスもそれに合わせて頭を下げた。ニルスに実感というものが欠落しているが向こうはお構いなしだろう。
「次回からニルス様はギルドの機能を正式利用することができます」
「正式……?」
「はい。まずは、これまで定期的にお支払いいただいていた組合費は徴収いたしません」
組合費、と称したギルドの維持費はそれなりに生活費を圧迫していた。それが免除とはニルスにとってありがたい限りであった。
「それから掲示されていない比較的な高度な依頼もお受けすることができます。その際は受付にてご確認ください。さらに依頼遂行時に限りギルドの機密事項をご案内することができます」
依頼に関しての自由も広がるらしかった。ニルスの場合、依頼は二の次であるためあまり重要視はしていなかったが。
「最後に、ギルド専用の情報網をご使用になることができます」
そういって女性職員が取り出したのは一冊の分厚い本。彼女は本の真ん中辺りを開いて見せてる。
しかしその頁は全くの白紙だった。
「こちらに調査が必要な事項を頭に浮かべていただくと、ギルドの知り得る情報、それから他の冒険者の方からご提供頂いた情報が記されますのでご確認ください」
ニルスは本の真っ白な面を眺めながら考える。一体何を調べてみるべきか。
「試しに、魔石教団のことでも調べてみたら?」
「ああ、そうしてみようか」
ニルスは『魔石教団』とだけ念じてみる。するとどうだろう、魔力によってなのか、文字が浮かび上がるようにして白紙だったページに情報が注ぎ込まれていく。
「魔石教。新興宗教で、教祖は不明。発祥は定かではないが赤虎の年より徐々にその勢力を拡大し…………うわぁ」
魔石教についての歴史が、長々と綴られている。こんなもの心底知りたいとは思わないのだが、特定の団員の居場所を知る手がかりなどないものか。するとオリーヴが華奢で白い手を本に添える。
「この程度の情報ならば王立の書庫にて調べることができます。こちらを」
彼女がページをめくると、そこには各都市町村における魔石教団員数が記されていた。
「こんなに詳しいことまで?」
「はい。ぜひ、こちらもご使用になりますよう。それから、何か有益な情報があればギルドが買い取らせていただきます。ご協力のほど、お願い致します」
情報が整えば冒険者に適切なものを届けられるからか。それにしても至れり尽くせりの状況にニルスは圧倒にも近い感情を得る。
ユーリの言ったとおり、ギルドはやはり赤等級のためにあると言っても過言ではないのではないだろう。
「説明は以上になります。バッジも出来たようですので、お受け取りください」
当然ではあるが、赤かった。その角をふと見てみると傷が一つ、ニルスが以前に同じ場所に傷をつけてしまったことがあった。
「もしかしてこれって色変えただけなんですか?」
「はい、魔術によって変色させています」
それならばニルスに見覚えがあることにも頷けた。
「偽造の心配をなさるかもしれませんが、色変えの魔法を許可されている者は都市ギルドに一人ずつ。そこへ魔素を流し込んでいますのでもし正式な手段で造られていない物は検査で弾かれます。魔素には個々で違う記憶が含まれているため特定は容易です」
説明を聞きながらニルスは胸辺りにバッジを取り付ける。まさか彼自身等級を飛ばしてしまうとは思っていなかった。いや、そもそも紫からは上がることができなかったが。
しかしこれでは橙等級以下の位付けは無意味になってしまうのでは、とニルスは思う。
『意味ないっていうよりは、牽制の意味で色付けをしているんじゃないかしら? 無闇に格上に手を出して痛い目を見ないように』
彼女の言うとおり、ギルドのシステムそのものが無意味というわけではなかった。
やはり胸に付けられた分かりやすい等級を区分してある効果もあり、冒険者間においての争いは避けられている。しかしそれを悪用し権力とばかりに力を振るう厄介な者もいないでもなかったが。
「言い忘れていましたが閲覧の際には使用料をいただくことになっておりますので次回からお願い致します」
「わかりました」
暇な時にでも調べに来ようとニルスは思った。まだまだ魔石教団についても知らなければならないことが多量にある。
「……他に質問などございますか?」
「あ、試験の時に気になったのですが、マナの少ない場所ってそうあるものなんですか?」
「はい。魔石はマナを少量ずつ吸収するので魔水晶の多い洞窟内や、地殻マナよりも比較的離れた山地や上空、また別にマナを集めている人がいると少ないと言える状況が生まれますね」
また気になる言葉がいくつか出てくる。それをニルスが訊こうとすると、
「この『博識書』にて調べていただきますと詳しい場所と名称、標準状態と比較し、数値化した表記もあります」
「いえ、結構です」
いくらなんでもそこまでして知りたいと思わない。細々とした情報の羅列が浮かんでくることはわかりきっていたのだ。
ニルスは否定しつつも博識書を開いた。




