41.中々いい遊び道具をもらった
ユーリにベッド上で監禁され、することもないニルスは手のひらの上にてマナで作り上げた球を転がして暇を潰していた。
そういえばエルフのフェリシーはマナで矢を作っていた。それを思い出し、彼自身もああいった芸当ができるのもなのか思い立った。
試しに同じような矢の形に集めてみるが、維持するのが少々困難だった。まともに扱えるようになるには相当な集中が必要そうだ、というのがニルスの所感だった。
「取り敢えずは練習が必要なようね」
「そうだな」
『ま、わざわざ形を変えなくても球みたいなあれをぶつけられるだけでもかなり痛いと思うけどな』
確かにそうなのかもしれない、とニルスも思う。だが、同じくマナを使う者を相手にする以上、準備を入念にしても損はない。彼らと対峙する、その日までには扱えるように。
すると、扉が数回叩かれて、ユーリが入ってくる。
「兄さん、昼食が出来たってさ」
「ああ、今行く」
「いや、持ってきたんだけど」
ユーリの言葉に思わず起き上がろうとしていたニルスは彼の顔を見つめる。そういえばユーリからはここから出たらいけないと言われている。
これでは投獄とさして変わらない、違う点があるとすれば寝具が柔らかく温かいことぐらいだ。
「……お待たせ」
そして彼の後ろから、アシュレイが姿を現す。彼女はそのままニルスが横たわるベッドの横までいくと、椅子に腰掛けた。
「口に合うかわからないけど」
「え……?」
アシュレイは銀製の匙に、運んできた粥をすくい取りニルスの口元へと持ってくる。しかしその様子に戸惑い、中々口を開かないニルスに怒ったのか、彼女は口を尖らせる。
「まだ無理はしないほうがいいでしょ?」
ニルスの体に異常がないことを知りながらこの態度を取るとは、彼女の方も望んでしているようだった。
そしてアシュレイは「ほら、垂れちゃうよ」と水分が滴り落ちそうになるのをみながら催促する。
「じゃあ、遠慮なく」
彼は有り難く思いながら口を開けて食べると、海鮮の豊かな香りが口の中で広がり、卵によって味わい深く整っている。
「これは、アシュレイが?」
「うん。どうだった?」
その問いにニルスは頷くと、彼女は笑いながら「じゃあもう一口」と再び口へと運ぶのだった。
そしてその行為は器の半分程度の量を繰り返された。小っ恥ずくはあるが、アシュレイの笑っている顔が見れればニルスはそれ以上気にしなかった。
ところが食事はまだ途中だと言うのに、アシュレイは手に持った食器を見つめたまま、黙り込んでしまった。
「……どうかしたか?」
「いまいち、食べさせづらい」
そう言った彼女は少しの間器と睨み合っていると、何かを思いついたようでおもむろに粥を口に含む。そしてニルスの顔を両手で押さえながら――
「ちょっ、ストップ!」
ニルスは慌ててアシュレイの顔を右手で阻む。阻まれた彼女は不思議そうな顔を作り、一度飲み込む。ニルスは急にアシュレイの顔が近づいてきたため自身でも動揺の程が知れる程鼓動が速くなる。
「……どうして?」
「もう少し節度をわきまえてくれ」
「なぜ? 家の中だから問題ない」
何食わぬ顔でまたアシュレイは粥を口に含む。食べやすくするための配慮だろうか、その口は咀嚼をしているようだった。
しかし傍から見れば何も気にしていないような表情でも、ニルスにはそれが引き攣っていることに気がついていた。
恐らく先日のニルスの記憶の件を引きずっているのだろう。彼女はニルスに気を使わせたくないという思いのみが先行し、わけがわからなくなっていた。
もはやアシュレイを止められるのは彼だけである。
「はあ……アシュレイ、動くなよ」
「あ……」
ニルスは右手で彼女の頬を力まないように挟む。こんな時に左手が消失してしまう呪いが煩わしく思えてくる。片手では不自由極まりないものだ。
すると、いつの間にやってきていた情報のはやいリナが口元を押さえて見ていた。
「わ、兄ちゃんしちゃうんだ……」
『これは期待大ね』
ニルスは意気揚々と覗こうとする精霊を咎める気にもならず、頭の後ろへと手を回しアシュレイと強く唇を重ねる。そのまま舌で粥を自分の方へ掻き出して味わった。
自身だけが魔素を吸うように、力加減を加えながら。そして流れてきた記憶の中には楽しそうに粥を作る彼女の姿があった。
「……どう?」
「愛が足りないかな」
「さっきは自分から止めたくせに…………でも、愛なら負けない。もういっかい、確かめてみる?」
唇に指を当てながら笑うその姿は、いつになく妖艶だった。アシュレイを見つめたまま一瞬、思考が止まった。
「じゃあ、僕は本格的にお邪魔なようなので、これで」
ユーリの言葉で現実へと引き戻される。だがニルスは先程と同じようにアシュレイに押さえ込まれてしまう。
そこからは彼女に凄惨な記憶を植え付けてしまわぬように戦う一日だった。
――――――――
「いやー、それにしてもこの家に口吸い魔がいるとは思わなかったわ」
「口吸い魔?」
「所構わずキスして回る人よ。あの子の場合、ニルス限定だろうけど」
「ああ……」
ニルスは現在夢の中。彼が眠った時のこの空間を夢と呼んでいいものか迷ったが、便宜的にヴィオレッタが夢と呼ぶことにしたのだ。
「しかしよお、無理し過ぎなんじゃねえか」
悪魔に心配されるとはニルスも末だ。それにしても、脳内でヴィオレッタと戯れているためにラーシトも随分と様変わりしたものだ。
「ラーシトも大人しくなったな」
「ケッ、オレは今力を蓄えてんだよ」
ラーシトは拗ねたように胡座をかいて横を向く。本当に変わったものだ。
変わったといえばニルスも睡眠前にさらなる高みを目指そうと、攻撃する対象を天井定めながら腕を振るっていたのだがやはり拳分程も動かせるようになっていた。
それでもニルスは満足せずさらに力を加えてみると、何かが切れたようにして腕が前に進む。ブチブチ、と音を立てるそれは恐らく筋繊維だったようで、凄まじい痛みとともに意識を失ったのだった。
あの、繊維が一度に断裂する音は今も耳に残っている。恐らく限界はニルスの肉体の方に訪れたのだろう。それほどの筋力を得てしまうとは、やはり異常だとヴィオレッタが呆れる。
「全く……本当は動くだけでも凄いことなんだからね」
ヴィオレッタの肩をすくめている姿を見て、そういった細かな動きを見るのは初めてだったりすることにニルスは若干の感動を覚えた。
「余計なことを考えて……ま、自覚がないなら別にそれでも構わないけど」
自覚と言われても、彼自身は幼い頃からいつか克服できると思って行動していたため、出来て当然だと思っていたのだ。
それでも、十数年の修練が必要だったのには悔しい思いで、もう少し効率を重視できなかったものか反省をするほどだ。
「……ニルスがどう思おうと私には関係ないかしらね。それで、ニルスが攻撃できない呪いを持っていることは公言しないほうがいいかもしれないわよ」
「……まさか、どっかの研究家に目を付けられて人体実験させられるわとかか?」
「そのまさか、ね。だからそれくらい、ニルスが思っている以上にとんでもないことなのよ」
ニルスは、ヴィオレッタがそこまで言うなら気をつけることにしようと、頭の隅にその言葉を置いておいたのだった。
――――――――
そのようにして日は落ち、また昇り、繰り返して三度。ニルスは今まで以上に腕を動かせるように、そしてマナで思い通りの形を作り、思い通りに動かす様に柔らかな床の上で特訓した。
マナというのも、単純な使い方をするだけなら苦労しないがそれを武器やあるいは防具として形を変えることは中々骨が折れる。
更には想像したとおりに動かすというのにも、汗を垂らしながら打ち込んで、やっと多少は動いてくれるようになったものの、何しろマナは自分の体から離れれば離れるほど操作が不安定になる。これはもっと練習しなければだめだな。
『一度、ちゃんとした使い手の人に教示してもらったほうがいいかもね』
「機会があったらな」
なるほど、扱いの上手い誰かに教わるという手も、悪くないのかもしれない。そう思ったが色々と金とかかかりそうな気もしたので今の所は我慢することにニルスは決めた。
『あの勇者なんかは、色々知ってるんじゃねえか?』
ラーシトの言うことも同意できる。マナについて初めに詳しく教わったのはユーリだった。聞いてみて一計を案じるのもいいかもしれない。
「兄さん、起きてる?」
すると、タイミングよく扉を叩く音。彼は入ってくるなりニルスの布団をひと目見、近づいて勢いよく捲り上げた。
「やっぱりいた」
「アシュレイ?」
そこにはアシュレイが丸まって寝息を立て背中を上下させていた。布団が妙に盛り上がっていると思ったら、彼女がいたのだ。
「姉さん、朝だよ」
「ん……?」
揺すり起こされ彼女は寝癖を跳ねさせニルスを見ると、寝ぼけているようで抱きついてそのまま眠ろうとする。
「姉さん! ……はあ。取り敢えずいいや。ところで兄さん、今日は起きてもいいから、ギルドにでも行こうよ」
ユーリに許可され、そして提案された久々の外出。外は雲一つない、まさに散歩日和だった。
「そうだな」
彼は長らくして得られた開放感とともに頷いた。




