34.弟曰く、精霊ってただの虫でしょ
数日してギルドにて報酬を受け取ることが出来た。その額なんと金貨150枚という信じられないほどの多額だった。
先日の蜂を討伐した件も含めてだが、実は今回の依頼は赤等級案件だったとアシュレイが訴えたため金額が上がりに上がったのだ。
ニルスを振り返って「これもニルスと快適な新婚生活のため」と指で2を作る姿は微笑ましい。
内容の底知れない依頼ではあったが、悪魔の排除をニルスが受けることにしたのは別のパーティと合同で依頼をこなす事に少し魅力を感じたためだった。
そういった交流があると何かと今後役に立つかと思ったものだがまさか相手がカーラ達だとは思わなかった。
非常に残念な気持ちになったことは否めない。
「……でね、あの時にアルマンが盾を構えながら『早く逃げろ!』って。でも腰が引けてたのを見たらなんか可笑しくなっちゃってさー」
そう話して一人笑うのは件のカーラである。現在居間ではカーラが募った女子会が行われている。といっても同じく居間の、少しだけ離れた場所にいるニルスが追い出される雰囲気もなさそうなので、女子会かどうか怪しいものなのだが。
「へ、へえ……そうなんだ」
カーラの話にリナが愛想笑いで答える。その様子にアシュレイが気づいたようで、カーラに忠告を入れる。
「カーラ、人を笑う話は駄目。リナが困ってる」
「えー、じゃあどうしようかしら……ねえ、あんたの面白い話はないの?」
話題に困ったカーラは、菓子を一つ口の中に放り込み、アシュレイへと矛先を向ける。
「……ニルスは依頼を探してる時、たまに子供みたいな顔になって可愛い」
「んぐっ!」
ニルスはまさか自分の名前が出るとは思わず口に含んでいた紅茶を吹き出しそうになって、むせてしまった。
「あー、そういうとこ兄ちゃんあるかも。でも可愛いはさすがに言い過ぎじゃ……」
「そんな一面もあるのですね」
「可愛らしいニルス様も見てみたいです」
そしてカーラと同じく訪れていたアリス達も興味津々に耳を向けていた。
彼女達のために椅子は二人分、用意されている。あの時ヴィオレッタが教えたのは分身の魔法だったらしい。どうやら身体を作り出し、意識の区別をすることによって見事元通りに見せかけているらしい。
「そうねー、それでいて冒険者としても強いから憧れちゃうわ」
「落差が堪らない」
本人の前にも関わらず言いたい放題だった。ニルスにとっては体がむず痒くて仕方がなかったため、話を止めようか迷っていた。
「でも、なんで呪いを受けてもあんなに強いのかしら」
「それは、兄さんが努力してきたからじゃないかな」
聞こえてきたのは階上からだった。見ると、部屋から出てきたユーリがゆっくりと歩いて階段を降りてきていたのだった。
「ま、努力っていうのは半分冗談だけど……兄さんの強さは呪いだけじゃないと思うんだ」
そして女子会にはそぐわない話をし始める彼にニルスはすぐにでも止めに入りたかった。そう思ったが意外にも食いついているアシュレイとリナのために中断もさせられない。
さらにもう一人、興奮気味なのが、
「えっ、なにあの人、すっごい顔が好みなんだけど……!」
口元を押さえてカーラがそう言ったかと思えば、ユーリと目が合うと慌てたように立ち上がり、指をさす。
「な、何よっ! 別にかっこいいからってすぐに好意を寄せるほど私は安い女じゃないわ!」
カーラが大声で叫ぶことで、場は静まり返る。聞いてもいないことを勝手にのたまわれても反応に困るだけだ。
そして彼女は自身を納得させるように「そうよ、全ては性格よ性格。でも、顔もかなり重要よね、あとは経済力が……」と一先ず落ち着いてはいるようだが、これ以上騒がれては堪らない。
「すみませんが、隣人の迷惑に繋がるためお引取り願います」
ニルスの心を代弁するようにユーリはカーラに向けて言い放った。それに合わせてニルスも入り口の側にいた二人の男に目配せする。
その意味がよく伝わったようで、彼らは短く頷くとカーラの両脇を抱えて引きずっていった。
「ちょ、ちょっと⁉ 何するのよ! ……離しなさいっ! きゃああああ! 助けてええぇ……!」
その声はやがて聴こえなくなった。
あの男二人も真顔でただ突っ立っているだけだったが、それ故にアリス達を怯えさせてしまっていた。そのため早々に退場してもらえて良かったとニルスは僅かに安堵した。
「……ねえっ! ひとまず私達のパーティに入らない?」
するとカーラが必死な顔つきで扉にしがみつきながら訴えてきた。それに対して爽やかな笑顔で応対するユーリ。その様は壮観であった。
「お断りします」
「ならせめて名前だけでもおおぉ……!」
ニルス達が引き攫われる彼女を黙って見ていると、声の主は今度こそいなくなったのだった。
騒がれるのも付属品が付いてくるのも嫌なので歓迎はしないが、またユーリの名前でも聞きに来たらいいと、穏やかな心でニルスは思うのだった。
「それで、話の続き」
アシュレイはユーリに話の続きを促す。ニルスのこととなれば見境なくなるのは彼女にとって通常であるから仕方がない。
「まず兄さんの馬鹿力について。兄さんは昔から攻撃を加えようとして力を込めてたよね」
「ああ、今でもたまにするかな」
呪いがあるとはいえ、制御もいつか崩せるものと思っていたのだ。実際、それを達成してしまってもいる。
「その時に重要なのが、攻撃できないっていう呪い。その呪いは裏を返せば攻撃の意思があれば幾らでも力を込められるということなんだ。兄さんも実践してると思うけど」
ニルスも頷く、鍛錬のためにひたすら筋力を高めることはよくやっていた。
するとアシュレイがその真価に気づいたとばかりに口を開いた。
「……つまり、呪いの限界が来ない限りずっと鍛えられる」
「そうだね。しかも呪いだからこその利点がもう一つ、無駄な力が全くいらないんだ」
「無駄な力?」
アシュレイが首を傾げる。彼女の聞き入る姿勢はニルスのものより明らかに過剰であり、表情には表れないもののニルスやユーリには伝わっていた。
「うん。最も効果的に拳を繰り出したければ、無駄を全て捨てる、僕の師匠が言ってた」
「リゼットさん?」
「いや、母さんとは違う人だよ。でも、母さんの動きにも取り入れられているから、もしかしたらその人の影響を受けてるのかもね」
ユーリはそう言って、とにかく、と本題へと話を戻す。
「兄さんが拳を振るう時は効率良く力が入っているんだ」
「……確かにそうかも」
「分かるのか?」
「うん」
筋肉の動き一つ一つまで些細な動きも逃さない、という彼女はもはや変質者の域にいるに違いなかった。
そんなやりとりを気にするでもなくユーリは続ける。
「兄さんのように力をかけようとしたらそれを受ける人や壁が必要になるでしょ」
そうすると必ず力の入れ具合は偏る。均衡が保たれなければ力も維持できず、長時間における鍛錬が不可だとユーリは語る。
その点ニルスは、彼の力量にかかわらず全身を均等に押さえつけることで持続的に力を高めることができた。
「それでも並の人だったら到底真似できない、兄さんの努力を重ねた結果が今なんだと思うよ」
「そう、なのか?」
「うん。ニルスは十分頑張った」
まるでもう努力しなくてもいいとばかりにアシュレイは告げる。甘えたらいい、とでも言うつもりだろうか。
「ま、僕もまさか呪いを破るとか、予想してなかったけどさ」
「ちょっ! ユーリちゃんそれどういうこと⁉」
するとヴィオレッタが酷く慌てた様子でニルスの頭から飛び出してきた。
それを聞いたニルスは徐ろに、近くにあった木製の椅子目掛けて「これのことだろ」と手刀を繰りだした。腕が、僅かに傾く。
「ちょちょちょっ! 何やってるのよ⁉」
「え……? 何かまずかったか?」
「まずいも何も……それは、ありえないわ」
あり得なくないと、ニルスはもう一度同じ動作をしてみる。もう少し無理すれば、剣をまともに振るうぐらいはできるかもしれない。しかしその際の負担は底知れないだろうと容易に推測できる。
「おかしいわ! だって……そもそもの話、呪式は精神回路に作用しているから自力ではどうこねくり回したところで抗えないのよ! それこそ、頭おかしいくらいの精神力が……」
早口だったヴィオレーヌはそこまで言ったところで固まる。とはいえ、彼女がここまで取り乱すところをニルスは初めて見た。それほどまでに彼は規格外だったのか。
「まさか兄さんがとんでもない精神力の持ち主だと?」
「……確かに、面の皮は厚い気がする」
「そんなちっぽけな話じゃないのよ! これは……伝承にも載っちゃうような、恐ろしく凄いことなの!」
ヴィオレッタは興奮状態というよりも、かなり混乱している様子だった。
「そういうもんなのかな? 兄ちゃんはいつも痛みと戦ってるから、そういう精神力はすごいと思うな」
「それが先程聞いた呪いの話なのですか?」
「ニルス様はお強いのですね」
呑気にも少女達は椅子に座りながら足をばたつかせて会話を続ける。
しかしそんな様子にヴィオレーヌは憤ったようだ。
「そうじゃないってば! もう、何で伝わらないのかしら!」
そのままリナの頭の上まで行くと、何度も飛び跳ねて蹴りをくらわす彼女。しかし女性が両腕で軽く何度も叩くような、小さな反抗に違いない。
「痛い痛い! 足で蹴らないでっ!」
「ん……? 足?」
そこで、ヴィオレッタに体はないはずなのに、どうしてリナは自然に足で蹴ったと表現したのだろうかと気づく。単に咄嗟に出てしまっただけなのだろうか。
そう思い、ニルスはもう一度ヴィオレッタを見る。
「え……ヴィオ、その体って」
「あら? 体が……できてる……?」
そこには、自身の体を両手で触りながら不思議そうに見つめる、手の平ほどの小人がいたのだった。
「兄さん、ところでこの後用があるんだけど」
「えっ、まさかの興味なし⁉」
暖かな日差しが差し込む一軒の家屋に、素っ頓狂な精霊の声が木霊した。




