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33.大きな出来物ができました

 その後、ヴィオレッタの説明によってアリスがミリアの体に取り込まれてしまったことが分かった。

 何やらとんでもないことになっているようだが、呪いというものは、媒体に精神的な依存をしているほど効能の操作がしやすいと彼女は話していた。


 それならば早く言ってほしいものだとニルスは文句を垂れそうになるが、呪剣は信頼を置くどころかむしろ嫌悪しているまであるため、その呪いが無作為な効果を取る傾向はますます高まっているだろう。


「これが最善だったかわからないけど、取り敢えず息はつけそうね」


 精霊は疲労感を露わにして溜息を一つついた。しかしアリス達には嘆くべき事態なのだろうか、その表情を窺ってみても憂いが見てとれる。


「ですが……このままではニルス様を困惑させてしまいます」


「それは大変申し訳ないです」


 嘆くべき点が違う気がすると、ニルスは自身の懸念が杞憂だったことに苦笑する。

 すると俯く少女達にヴィオレッタが何かを思いつき提案した。


「あ、それなら後で良い魔法を教えてあげるわ」


「よろしいのですか?」


「ご教示いただけるのですか?」


 続けざまに同じ顔から聞かれる状況に、混乱するばかりだ。同時に話し出さない示し合わせたような器用さには、一種の才能を感じた。

 彼女ら自身ではなく相手を当惑させてくるのだから。


「……ややこしいから、私達としても必須事項よ。やっぱりすぐにやりましょ」


 そう言ってからアリス達を近寄らせて何かを教え始める。そんな魔法があるのか、とニルスは魔法というジャンルの幅広さに感心するがその解決力は中々に高いようだ。


「そうだ、ヴィオ。実はさっきの悪魔、逃げたわけじゃなかったんだ」


 ニルスはその点、魔法の有用性に頼ってしまおうと考えた。


「俺の頭の中、勝手に息を潜めて住み着いていた」


「……なるほど、少し面白そうな予感がするわね。アリスちゃん達、ちょっと待っててね」


 面白いとは人聞きの悪い。

 その時、脳内の悪魔が「なぜバレた……!」と頭を抱えていた。

 むしろ腫れ物ができたような違和感に気づかない方が難しい、とニルスは思うが、アリスがその存在に気づいたのがつい最近と推測するとそうでもないのかもしれない。


「よしっ、それじゃあ二回目だけど張り切っちゃおうかしら」


 しかしヴィオレッタが画策しているのは結局呪いだった。恐らく、いや十中八九半分はニルスのためにならないことなのだが、ニルスの恩に報いようと意気込むアリス達の瞳が眩しい。


「なあ、今回は呪いじゃなくてもいいんじゃないか?」


「ニルス様、すぐに終わるよう私達も頑張って手伝います」


「どうか気を楽になさってください」


 ニルスの言葉は彼女らの耳に届くことはなく、仰向けに寝かされることになってしまった。


「諦めなさい。この子達やる気満々だもの」


「……なんでこうも周りには俺を呪いたい人ばかりいるんだ」


「ご愁傷様ね」


 そう言ってくすくす、と笑った精霊をニルスは少し睨むが、彼女はお構いなしとばかりに儀式を始めようとする。しかしその前に、ニルスは一つだけ確認しておきたいことがあった。


「そもそもなんで呪いなんだ?」


「ああ、それはね、引き離すことができないからよ」


 本来、強い力で結び付けられた呪いとその媒体は力づくで引き剥がすには困難だった。それは冒険者が束になっても難しいと彼女は語る。


「でもこの剣は簡単に外れるけどな」


「それは恐らく呪いが不完全だからよ。本来強く引きつけあうだけの結合が、離すと電撃を生むのもそのせいだと思うの」


 不安定に構築された呪いでは剣をニルスに引き付けておくことができず、意図せず着脱が可能なのだという。

 そしてヴィオレッタは「そろそろ始めるわよ」と言ってリナに背中と額に手を当てさせる。


 ヴィオレッタが何やら呪文を呟くと、途端に頭の内側が焼けるように熱くなるようだった。次第に文言を唱える声が速く強くなっていく。

 そしてヴィオレッタが締めとばかりに最後の言葉を言い放つと脳が焼き切れるように熱くなり、かと思えば一瞬にして霧散した。


「終わったわ」


 その一言にニルスは顔を上げる。目の前にいたのは不安そうな面持ちでニルスの表情を伺うアリス達、しかしニルスに異変がないことを悟るとその顔を綻ばせるのだった。


「これで、悪魔はここに閉じ込めたってことになったんだな」


「あ、やっぱり不満だった?」


「いや、人を収容所にするのはおかしいだろ」


『ふう、一時はどうなるかと思ったぜ。おい、何があったんだ?』


 頭の中で響くその声は疲弊しているようだが著しい変化はない。健在なようでなによりだ。


 済んでしまったことは仕方ないので憂いは溜息として空へ流し、ニルスは呪いを確認することにした。


「左腕が消失?」


 呪いは左腕が消失するというもの。そしてそれに付随するのは左腕は生物として独立する、とのものだった。


「兄ちゃんの腕、なくなるの?」


「……そうみたいね」


 リナの問いにヴィオレッタが答えた。それを受けてリナは「じゃあ私の魔腕を貸してあげるね!」と能天気に笑うのだった。


「独立するってどういうことなんだ?」


「そうね……潜在魔力が、ニルスのものとは別として扱われるとでも思っておけばいいわ」


「でもそれ、左腕がないと意味ないよな」


「……それはまあ、ニルスならどうにかできるわよ」


 なんと放任な、とニルスが驚いていると今度は頭に声が響いてくる。


『何だと⁉ 動きが制限されている……? 一体どういうことだ!』


「……あのな、今更の反応やめてくれよ」


 事情を知らないから仕方ないとは言わない。


 その後、彼に対しては無視することを決め込んだのだが、頭の中でやかましく叫ぶその声に堪りかねてニルスは折れた。呪いについて色々説明してやって大人しくさせるしかなかったのだ。


 その間事の大本であるヴィオレッタは面白そうにニルスを観察し、時折頭の中を覗きに来ては大いに楽しんでいた。



『……まあいい。このままオマエから力を徐々に吸い取っていけば元通りだからな』


「それってどれくらいかかるんだ?」


『え、そ、そうだな……1年、いや2年だ!』


 嘘だろう。そもそもアリスに取り憑いて、力を奪い取るのに長くかかりすぎている。


『う、嘘じゃねえ! くそッ、今に見てろよ』


 この様子なら当分は大丈夫そうだ、とニルスは楽観的に判断する。しかしアシュレイの姿が先程から見えない、大丈夫だろうか。

 ニルスにはそちらの方がよほど心配だった。


「姉ちゃん起きて! アウェイク! あれー? 魔法でもだめみたい」


 アシュレイのそばではリナがまさに格闘中だった。しかしその声には演技じみた意思の籠もっていなさそうなもので、手を見れば魔力を用いていないのは明らかだった。

 そしてニルスと何度も目線を合わせながら一言、


「やっぱりキスしかな――」


「なあ、ヴィオレッタ。魔法で目を覚まさせるのはそんなに難しいことなのか?」


 ニルスは彼へと振り返るリナの声を遮って大仰に聞いてみた。


「え、ええ。そうかもしれないわね」


 焦りを思わせる声で彼女はそう告げる。

 なるほど、ヴィオレッタはそちら側だったかとニルスは軽く彼女を睨む。するとリナが俯きながら尋ねてきた。


「……ねえ、兄ちゃんはさっきからずっと避けてるけど、そんなにアシュレイ姉ちゃんとキスするのが嫌なの?」


 そう聞かれてしまえばニルスも答えには困る。嫌な訳がない。しかしそれを考えなしに答えてしまうのは紳士としてあるまじき行為だと思っている。

 何を返したらいいのか分からず沈黙しているとリナは問いかけるように言った。


「姉ちゃんはもう準備できてるんだよ。ねえ?」


 すると何故か寝ているはずのアシュレイに同意を求めた。それを受けた彼女も、一回だけ小さく頷いた。

 起きてるんじゃないか。彼は心の中で悪態をつくが、よく見ると彼女の手は震えていた。


「……ニルスが求めるなら、私も拒むことはできない」


「そんなに無理すること、ないだろ」


「大丈夫。早くしないと私の目が覚めちゃう」


 と、寝たフリ。ニルスの頭上を飛んでいるヴィオレッタも「本人が喋っちゃだめじゃない……」と呆れている。


「はうぅ……ニルス様、キスされるんですか……?」


「ドキドキ、です……」


 アリス達も遠目からニルスを見つめ、期待の眼差しを向けてくる。こんな衆人環視の中で口付けなど神経がよほど図太くなければできないだろう。

 だが、彼はもう腹を決めた。


 ニルスはアシュレイのそばに寄り、頭の後ろに左手を置いて支える。その動きに彼女は目を強く瞑り固まっている。その様子に胸の痛みを感じながらも、柔らかな唇に静かに唇を重ねた。


「ん……」


 すぐに離すと名残惜しそうに「あ……」と声を上げた。


「……足りない」


「そうは言ってもな……」


 これ以上はリナ達に見せられなくなってしまう。そう思って更に密着しようとするアシュレイを制し、自身が立ち上がるとともに彼女を起き上がらせた。


 しかしアシュレイは後悔した。キスなどしなければ良かったと、見なければよかったと。

 彼のために全てを受け入れるつもりでいたが、彼の虐げられる記憶には耐え難いものがあった。


 彼から流れてきた記憶は、ほんの一片に過ぎない。闘技場での話だ。目の前には槍を構えた男が一人。

 男は容赦なく槍を突き刺してくるが、磔にされ身動きの取れないニルスは為す術もなく受けてしまう。

 体には蜂の巣のように穴が開き、血が止めどなく流れた、そんな記憶だった。


 それを受けてもなお、ニルスが平気な顔をしていることに理解ができなかった。私はこんなにも胸が苦しいのに、そう涙を必死に堪えながら思った。



 熱も程々に冷め、ニルスは顔を上げて皆の方を見るが、すぐに目を逸らされてしまう。


「あれ、みんな?」


 そう呼びかけるも、素知らぬ顔でリナは地面に散らばる黒焦げになった机の木片を足で蹴っている。


「ヴィオレッタ?」


「……さっき気づいたけどこの状況、めちゃくちゃ気まずいわね……」


 だから先程から皆無言だったのだ。ニルス自身もそのような雰囲気に飲まれ、押し黙ってしまう。口づけを促したのはそちらじゃないか、とも思った。


「顔が熱いです……」


「……心臓の音もはやくなったままです」


 双子の姉妹がそう呟くとまた再び沈黙が訪れる。ニルスはその空気感に、耐えられなる。

 早々にこの依頼を達成にしようと言いかけると――


「あ、あれ? 悪魔はどこなの?」


 それまで意識をなくしていたカーラが目を覚ましたのだった。というか、気を失っていたことさえ知らなかった。


「あ、ひょっとして今回もニルスがちゃちゃっと片付けたのね! ……え、みんなどうしてそんなに静かなの? ねえ!」


 何も知らないカーラが非常に羨ましいと思った。

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