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31.なんでこいつ今まで静かに生きてきたの

「兄ちゃん、キスするんだよ」


「えっ⁉」


 ニルスは妹の突拍子もない発言に驚愕した。そして彼女があまりにも真剣な顔で言っているものだから二重で驚いた。


「ほら、おとぎ話であったでしょ? ワニだか鳥だかに変えられちゃった王子様が、お姫様のキスで元の姿に戻るっていう話」


「うん。まあ、それはあったけど……」


 だからといってそれを信じているというのか。そのような純粋な心はぜひ失ってほしくないものだと、ニルスは半ば現実から逃げるように遠い目をする。


 しかし引き出してくるならば、呪いで永遠の麻痺を引き起こされてしまった姫を王子のキスで呪いを解いた、という話の方が状況に合っていたような気もしないでもなかった。


「だから兄ちゃん、キスしかないよ!」


 なぜそれほどまでに目を輝かせているのか、妹よ、とニルスは困惑しかない。


「リナ、一度落ち着いて考えよう」


「私が動きを封じるから……って、あれ? でも、どうやってやろう?」


 リナは首を傾げた。その動作そのものは可愛らしさに溢れていたが、どうも無計画だったらしく困り顔を見せている。


「お困りのようね!」


 そんな折に、絶妙なタイミングで現れたのはニルスの体に住まわっているあの精霊だった。


「ヴィオ、いつの間に戻ってたのか!」


「ついさっきね。宿主の醜態、しかと見たわ」


 とんでもないことを宣いながらヴィオレッタはニルスの頭上を飛び回り、目の前で止まる。

 彼女は先程まで世界の現状を見たいと言ってニルスの元を離れていたのだ。契約とはなんだったのか疑いたくなるほどだ。


「醜態って、お前な……」


「ヴィオー、私はどうしたらいいの?」


「ええい、オレの事を無視して話しやがって! もう許さねぇ!」


 するとアシュレイの体に乗り移った悪魔が痺れを切らして迫ってきた。どうやら幼児用の絵本の中の怪物みたいには待ってくれないらしい。

 彼の今度の標的は、リナだ。


 ニルスは瞬時に横へ跳び、直進してくる腕を掴んで止めた。それでも悪魔は狼狽えもせずもう片方の腕でニルスの顔めがけて拳を降る。


「さっきのようにはいかねえよ!」


 ニルスは軽く攻撃を躱しながら腕を離さないように握り直した。悪魔の言うさっきのよう、とは動きを羽交い締めにした時のことだろうか。


「意気込んでるところ申し訳ないが、残念ながらもう既にまともに動けないんだよ。お前は」


 すると悪魔は表情を緊迫したものへと変え、辺りを見渡す。さらには掴んでいない方の左手を動かしたり握ったりしている。


「……へ、へへ。何にもないじゃねえか。驚かせやがって!」


「いや、これでいいんだ。後は神官様が何とかしてくれるまでこれを繰り返す」


 ニルスの単純な考えだが、悪魔が他人の体を移っても動きを封じてしまえばどうということはない。

 その度に強くなる点を考慮していないのはやはり考えなしの行動がいかに危ういかを示しているが、ニルスがアシュレイに危害を加えることはできないため、これが最善だろう。

 その点、男衆に乗り移った時は容赦がないことを予め決めておく。


「兄ちゃん」


「ん?」


「その神官様なんだけど……さっき目を覚ましてどっかに逃げちゃった」


「……え?」


 驚くべきことに件の神官は職務放棄ときた。それだけならまだしも、悪魔を呼び出しておいてそのまま放置。

 迷惑も良いところ、最悪の場合村の一つや二つを明け渡すことに等しい状況だろう。


「呼び戻そう、今すぐに!」


 ニルスが鬼気迫る表情でそう言うとヴィオレッタは短く唸ってみせた。


「うーん、酷い怯えようだったから、強引に連れ戻しても施術を再開できるとはとても思えないわね」


「だからさ、やっぱりキ――」


「何か方法を考えよう」


 リナは自身の発言がかき消されたことで少し不機嫌になってしまったようだが、しかし今考えるべきなのはこの悪魔の処理法だ。

 別の神官を呼ぶにも時間がかかり過ぎる、ここはやはり、突っ立っているカーラの取り巻きに、協力を要請するほかない、と思われたその時。


「リナちゃん。やっちゃって!」


「うん。……『アーム(魔腕)』」


 ニルスが思慮を重ねている内にヴィオレッタがリナに何かを教えたようで、リナが唱えるとニルス達の足元から無数の手が生え、彼らの腕、足、そしてやがて全身に及び拘束を施していく。

 見た目、感触に至り随分と生々しいため非常に気色の悪い光景だった。


「えいっ!」


「うわっ」


 突然ニルスの腕を掴む手により体を引かれる。魔力はニルスに触れるとその均衡を崩すため、その腕の力は大して強くはなかった。

 ニルスは足を踏み込み、抵抗するが、足に絡む手によって体勢をを崩され、アシュレイに倒れ込む形となる。

 悪魔との接吻だけは、避けなければならなかったというのに。


「ちゅーしちゃえーっ!」


「待て待て待て! オレは男なんかと……やめろおおッ!」


 アシュレイの唇が間近に迫る中で、彼女の体を動かしている悪魔が嘆き叫ぶ。その直後、何か黒い影が彼女の体から移動したように見えた。


「あ、出てきた」


 そう言ってリナが魔法を解く。慌てて手で自身の体重を支えるニルス。その顔をアシュレイが両手ではさみ、そのまま近づけていった。

 そして抵抗する間もなく、唇が重ねられた。


「ん……ふ、流れてきた……」


 それは触れる程度の軽いものだった。彼女は静かに唇を離し僅かに微笑み顔を紅潮させた。

 流れてきたのは体内を循環する魔素だ。それは体に刻まれた記憶を含有しているため、アシュレイは一部ながらニルスの記憶を読み取った。

 それは、闘技場の記憶だった。どうしたことか彼女はそれを目にした途端、黙り込んでしまった。



 ニルス自身も突然のことに同様を隠せない。しかし、今はとにかくリナが心配なため取り急ぎ元凶を成敗することだけを考えた。


「『アーム(魔腕)』!」


「おっと、それはもう食らわねえよ!」


 彼はリナ達と既に交戦中だった。その姿をよく見てみると、外に出た悪魔は全身を黒く薄い布で覆ったような格好だった。頭に二本の触覚が生えている点以外は人間とさして変わらない。

 非常に不格好ではあるがその体表は金属のように硬質化しているらしく、光沢感が妙に気味悪い。


 ニルスはその方向目掛けてロブストの棒を投げる。するとそれはラーシトに到達する手前で僅かに速度を落とし、金属音を立てて悪魔の肩に衝突した。


「そんな……マナを扱う心得があるなんて……!」


 ヴィオレッタが驚愕したように声を震わせる。

 ニルスの攻撃により体勢を崩した悪魔はリナの放った魔力の手によって再び拘束される。


 しかしその魔腕はどうしてか安定せずに揺らいでいるように見える。目を凝らしてみると緑色の霧状の何かが悪魔の体に纏われているようだった。これがヴィオレッタの言うマナだろうか。


「ちぃッ!」


 悪魔が舌打ちをして魔法を振り払おうとする所へ、ニルスは背中の剣を抜き、確かな重量を感じながら肉薄した。

 そして剣を振り抜いた直後に悪魔が、動きの封じられた右腕でどうにかニルスの剣を受け、金属音が鳴り響き、火花が散ったかにみえた。


「うぐッ!」


 ニルスの力任せな斬撃は、ラーシトの腕をはね飛ばした。

 だが、呻いたのは悪魔だけではない。突然、腹部に激痛が走ったのだ。

 見ると先程まで敵の体表を漂っていた緑色のマナと呼ばれるそれが、剣の形をとり突き刺さっていた。不思議なことに今度は黄色へと変色している。


 ニルスは痛みに構わないように、すぐに剣を薙ぐように横へ振るう。しかし悪魔が右の肘を向けて大気中から魔素を集めた。歪な形をした黄色の塊が、なんと彼の剣を阻んだ。


 力を入れれば突破できそうなものだがどうにも出血が多い。

 流れ出た血が、足元を濡らしていく。その間にもじりじりと、剣を横へずらしてニルスの胴体を切り離さんとまさに悪魔がその顔に嘲笑を浮かべていた。


「兄ちゃん! ……『ファイア』!」


 リナが叫び、続けて『エクスプロード(爆ぜろ)』と呟くとひとかたまりだった炎は悪魔の後ろで爆発を巻き起こし、それをまともに受けたためラーシトは片膝立ちの体勢となる。

 脊髄がやられたためか、既に足腰が立たなくなっていたニルスと目の高さが同じになった悪魔は痛みに顔を歪ませながらも答えた。


「おいおい、こっちには人質がいるってのに早まんなよ? オマエが何かしようとしたらこいつをぶった斬るぜ」


 するとニルスは一度自分の剣から手を離し、腹に突き刺さる剣を掴んで止めた。もはや痛みもまともに感じれないほどだが、その時に「手が切れてしまうぞ?」と嘲る顔に怒りを覚えたのは確かだ。


「っ! ……兄ちゃん」


「俺のことはいい! 気にせずそのまま魔法を使うんだ!」


 今、彼の標的はニルスに向いている。先程のように魔法で後ろから奇襲を果たせばラーシトの限界も訪れるだろう。

 さらに得たいのしれないマナで成された剣でも、ニルスが押さえ込めば動くことはないようだった。


「ちィッ!」


 操作の利かなくなった剣をしかたなく手放し、闇に紛れるように一瞬の間で姿を消した。逃してしまったのだ。

 乗り移る度に強くなり、死地をも容易に回避できるようなまさに悪魔が。ヴィオレッタは絶望した。

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