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28.彼女らが姫なら王子はきっと陽気な二足歩行ウサギ

 その夜、慣れるためなのか否か、アシュレイがニルスと床を同じくしていた。


「う……ん?」


 隣で密着するアシュレイはよく眠っている。彼女は既に割り切っているとでも言うのだろうか。


 とはいえ、ニルスは未だ慣れるわけもなく、暫くの間体温を感じながら天井を眺めて過ごしていた。今晩は疲れのあまり寝ずにはいられないだろうが、毎回こうもいかない。次からはリナに魔法で眠らせてもらうのが得策か。


 そして予想に反せず、ニルスの意識は沼のように深い奥底へ落とされていくのであった。



――――――――



 そして翌日。気分爽快とばかりに伸びをするアシュレイと、その隣で寝心地の感想を聞きながら歩くリナとともに、ニルスはある村へと出かけていた。本日のギルドの依頼は一人の少女を救えとのもの。


 どうやらとある少女が悪魔に取り憑かれたとか。それならば教会などにお祓いでもしてもらえば、と思うがそれが悪魔というのが凶暴なものらしく、少女の体から追い出すまではいいが、その処置を腕の立つものにお願いしたいとの事だった。


 少女の命がかかっているのだ、失敗は許されない責任重大な仕事。ニルスが聞く話ではもう一組のパーティと合同で依頼をこなすらしいが……


「へえ、あんた達が一緒だったの」


 先に待っていたのは、アシュレイの元パーティメンバー。その筆頭、カーラはニルスを見るなり早速の勧誘を始めるのだった。


「どう? ニルスはあたし達のパーティに入る気になった?」


「だめ。ニルスは私の抱きま……旦那様だから」


 ニルスの返答を遮ってアシュレイが答える。彼女が言いかけた言葉からも察するに、どうやら睡眠中はニルスを安眠具という認識で乗り切っているのだろう。

 しかし彼女の動揺も昨日ほどではない。ゆっくりでも、こうして関係を進展させていければいい、ニルスはそう思った。


「あんたには聞いてないわよ」


「……ニルス、どうするの?」


 女性二人に回答を求められ見つめられる。パーティ入りの件は以前に否定したつもりだったのだが、どうにも忘れられていると言うべきか、絶対に仲間に入ってくれる等という自尊心の強さが浮き出ていると言うべきか。恐らく後者であろう。


「少なくとも俺を抱き枕としてしか見ていないような所にはいかないな」


 少し意地悪く言葉を返してみた。

 しかしニルスは思うが、彼に抱きついたところで心地良くはないだろう。そのことからも、彼女はニルスがニルスだという認識を捨てようとしている可能性が強くなる。


「う……」


 アシュレイの顔が少しだけ歪む。まずいと思ったのだろうか。対するカーラはその反応に訳が分からないといった表情だ。


「冗談だって。俺が大切だと思っているのは家族で、このパーティだから」


 彼がそう言うとアシュレイは安心した顔でカーラに向き直る。


「ほら。ニルスは渡さない」


「くっ……あたしがこれくらいで諦めると思ったら勘違いよ! いつか頷かせてみせるんだから!」


 まるで負け惜しみのように吐き捨てると、カーラはその場を立ち去っていこうとする。


「いや、これから依頼を達成しにいくんじゃ……」


「っ! お、お手洗いよ! そう、お手洗いに行くだけ!」


 そう言って顔を赤くさせながら去っていく。少しだけ気の毒に思えてしまった。するとカーラの取り巻きの一人が口を開く、が、名前が分からない。


「よくもカーラにあんな辱めを受けさせたな。お前のことは許さない」


「はあ……」


 体のほとんどを多い隠せてしまうほど大きな盾を担ぐその男は憎まれ口を叩いてニルスを睨む。低く冷静さを保った声ではあるが、その表面に怒りだとか負の感情が浮き沈みしている。どうやら非常に嫌われてしまったようだ。


「そもそもドラゴンだってお前が倒したんじゃねえだろ。そうじゃなかったらランクがもっと高いはずだぜ」


「マリユス、ランクが低いのには理由がある」


 髪の毛を逆立てたもう一人の男が割り込んでくる。

 そして都合よくアシュレイが名前を呼んでくれたのでそれがマリユスだと知ることが出来た。


 彼らがニルスを疑うのも無理はない。ニルスが火竜を倒したのを直接目撃したのはカーラだけで、何らかの手段でカーラを騙して思い込ませたとでも考えているのだ。


「ふん。カーラには言えないことだが、お前が実力がないことを隠したいならうちのパーティに入るなんて言わないことだな」


 そう言って、嫌悪感たっぷりに二人は去っていく。

 その姿をやや憐れみながらアシュレイがニルスの横で見送る。


「ニルス、あいつらの言ってることは気にしないで。きっと嫉妬しているんだと思う。カーラに認めてもらいたいのに、今カーラが一番気になってるのがあなただから」


「そう、なのか……」


 非常にややこしい事に巻き込まれている気がするが、認められたい、とはやはり色恋沙汰なのだろう。

 しかし彼らが勘違いしている事には、カーラがニルスを認めているのは冒険者として、という点であったが。


 そんな同業者との面倒事に巻き込まれながらもリナは、しばらくして帰ってきたカーラ達と挨拶を済ませている。


「あら、可愛らしいお嬢さんね」


「リナですっ!」


「リナちゃんか、よろしくね」


 しかし意外や面倒見は良さそうなカーラだが、そんなことよりもすんなりとニルスのパーティー入りを果たしているリナにニルスはその無邪気な脅威を感じる。


 思えば瞳を煌めかせたリナの、兄ちゃんの手伝いがしたい、や、ヴィオレッタの心配なら守ると誓えばいいと簡単にのたまう様にはしてやられた。

 さらに彼女は「どうせ家にいても危ない時は危ないんだし、それなら連れて歩いたほうがいいんじゃない?」と、なんと適当なことを言うものだろうか。


 結局彼は二人の勢いに押されて依頼の同行を承諾してしまった。その時のアシュレイはといえば、完全に我関せず状態だった。


「いつも兄がお世話になっております」


 リナは頭を下げる。いつの間にそのような社交辞令的な挨拶を覚えたのか。だが間違ってもニルスが彼女の世話になったことはないしこれからもない。


「兄が迷惑しております、の間違いだよ」


 リナに言われて得意げにしていたカーラに言ってやると、彼女は悔しそうにニルスを睨んだ。

 そしていつかその言葉を覆してやると宣言するのだった。しかし反応する気も失せ、ニルスはそれを軽く流した。


「ま、とにかく依頼主の所へ行こう」


「うん」


 しかし返事が帰ってきたのはアシュレイだけ。もうこいつら置いていこうか、とニルスはため息をついた。



――――――――



「冒険者の方ですか……?」


「は、はい。そうですが」


 依頼主とされる家の門を叩くと現れたのは一人の女性。睡眠が十分でないのか、少し窶れているようだ。

 今日は比較的マシだが、自分と同じだと女性にニルスは共感を覚えてしまった。すると――


「お願いしますっ! 娘を、娘を助けてください!」


 その女性は余程切羽詰まっていたのだろう、必死の形相でニルスの手首を掴んで揺すってきた。突然のことにニルスは驚くばかりだ。


「お、落ち着いてください」


「あ……すみません、つい……」


「いえ、大丈夫です」


 取り乱すくらいの重症なら、事の対処が最優先だろう、そう思ったニルスは問いかける。


「ところでその娘さんはどちらに?」


 ニルスが尋ねると女性は申し訳そうな顔から一転、真剣で深刻そうな顔へと様変わりして案内した。


「こちらです」


 彼女に連れてこられた先は少女の寝室。女の子らしく壁はピンク一色で塗られており、部屋の所々には可愛らしい装飾が幾つか、クマやイルカのぬいぐるみも目につく場所に置いてある。

 何の変哲もない、女の子の部屋だ。リナ達も似たような環境で毎晩眠っている。


 対する少女もこれまた普通の、可愛らしい女の子であった。ベッドに横たわる彼女に本当に悪魔が潜んでいるのだろうか、と疑うぐらいにその寝息は穏やかだ。


「この子が……」


「ああ、そちらは違います。双子の姉のミリアで、今部屋を駆けて出ていったのが、件の子のアリスです」


 確かに思えばドアを開けた途端に何かが通り抜けていった。

 しかし道理で今眠っている少女に何かしらが取り憑いていると思えなかったわけだ。


「双子とは初耳でした」


「そういえば依頼には記しておりませんでしたね。配慮が足りず、申し訳ありません」


 そう言いながら母親は娘の名を呼んでこちらへ引き戻す。当の少女は急ぎ足で駆けてくるのだった。しかしながらこちらもまた悪魔がその内に住んでいるとは思えないほどの活発さだ。

 ひょっとすると悪魔は表面に出てくるものではないのかもしれない。


「お母様、そんなに大きな声を出してどうしました?」


「お母様……今大声でアリスの事を呼んだような気がしますが……?」


 部屋の中から呼ばれてない方の子までその声に気づき、目をこすりながら声を発する。


「ええ。こちら、あなたを悪魔から解放してくださる冒険者さんよ」


「はっ! 私を救い出してくださる王子様でらしたのですね。私、アリスと申します」


「ミリアと申します」


 王子様……? と、この家の教育事情がどうなっているかは知らないがニルスは少々戸惑った。夢物語のような存在に、彼を重ねるというのだろうか。


『以後、お見知りおきを』


 ニルスが驚愕していると双子の姉妹が口を揃えて挨拶してきた。ニルスはやっと正気に戻って自身の紹介に切り替える。


「あ、ああ。俺はニルス。よろしく」


「ニルス様ですね」


「凛々しいお名前です」


 ニルスはただ名乗っただけなのに彼女らは目を輝かせてニルスを見ている。そんなに褒められることをしただろうか。


「ニルスを口説かないで」


「あら?」


「どちら様でしょうか?」


 アシュレイが何故か間に割って入ってきて、その姿を見た双子が首を順に傾げていく。


「ああ、同じパーティをやってるアシュレイだ。他にも俺だけじゃなくて、たくさん駆けつけてるんだけど……」


「まあ、パーティとはまた豪勢ですね」


「うーん、私はニルス様が一番気に入りました」


 彼女達と話していると調子が狂う。何かを取り違えているようであり、第一本当に彼女らは悪魔に取り憑かれているのだろうか。

 出会い頭の母親の泣きつきもあったように、事態は恐らく深刻。それなのにネガティブな雰囲気を彼女達は一切放っていないのだ。


「パーティーだけじゃなくて、夫婦でもある」


 呑気に自身を売り込むアシュレイ。いや、ニルスを渡さんとしているのか、ともかくその姿に双子の少女は「はえー」と緊張なく感心した。

 ニルスは少しこの依頼の解決が思いやられた。

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