25.使命を受けし勇者①
「よくぞ来た、カンポ村のユーリよ」
荘厳な面持ちと共に広大、そして豪華な一室に構えられた座椅子に腰掛ける男性が、ユーリを迎える。
極暑の火山地帯に足を踏み入れているニルス達とは反対に、その部屋は非常に過ごしやすく快適な温度管理がされているようだった。
ただ、ユーリはその故郷の名に僅かに顔を顰めていた。もちろん、声に出すこともせず表情も極力変化のないようにも努めていた。
「は、何故の御召喚でしょうか。国王陛下」
「わかっているであろうに」
「それは、そうですが……」
「それにしても、カンポ村とは聞いたことがないな」
壮年らしい国王は短く整えられた顎髭を弄りながら自由奔放に疑問を口にする。
「開拓村ですので、知れ渡っていないのかと。……先日全焼致しましたし」
結局両親も無事で、村も復興しているが、この国の町村の管理体制は随分とザラなものだとユーリは思う。開拓村とはいえ、十数年前から存在する村を、正確に知らないとは。
「開拓村?」
その単語に、国王が反応を見せる。
「……すまないが、そなたの母の名を聞いてもよいか?」
「はあ。母はリゼット、と申します」
「……やはりか! いや、顔立ちはどこか面影があると思っていたがまさかそうとは……」
突然に納得する国王にユーリは戸惑う。この男、中々に落ち着きがない。
「あの……」
「念の為、父の名も聞かせ願おうか。……いや、やはりいい。あの男の名など聞いただけで虫酸が走るわ」
その顔は憎悪のような何かも感じ得た。過去に問題でもあったのだろうか。
「えっと……母が如何したのでしょうか」
「おお、すまぬな。余ばかり興奮していてはいかん。……実はな、そなたの母リゼットは余の姉でもあるのだよ」
「……は?」
「そのままの意味だ。先代王の長子リゼットは紛れもなく余の姉なのだ」
「母さんが……王族?」
これには呟かずにいられなかった。まさか、母がそれほど立場のある人物だったとは。信じようにも少し時間が必要だった。
「……余はこの者と話がある。席を外せ、大臣もな」
国王はユーリと話をするため、大臣共々下がらせた。理由の一つには肉親と久々に親密に、腹を割って話がしたいというのもあった。
「驚いただろう。私も姉上が城を飛び出した時は肝を冷やしたものだが、今思えば姉上は堅苦しい生き方が出来なかったのだろうな」
「……確かに、母はそういうの苦手かもしれませんね」
一人称と、僅かに口調が変わる。それだけ甥に心を許しているということだろうか。ユーリとて、私的な場において恭しくするつもりもなかった。
「しかし全焼とは気の毒だ……姉上は大丈夫なのだろうか?」
「ええ。……復興にも助力しているようで」
実はこちらへ越してきて、と言おうとして咄嗟に嘘をつく。わざわざ村から出ようとしなかったのにも、王家との柵があったからかもしれない。
そう考えると、王都へ来ていることを伝えるのは母のためにならない。彼は発言を控えた。
「そうか。私も会いに訪れたいものだが立場ある身だしな、それに姉上も喜ばんだろう」
「母には僕の方からよろしく伝えておきます」
ユーリが王を気遣い、言葉を伝えると彼は笑った。
「感謝する」
「……でも、実感がありませんね。母が王族だったことも、国王が叔父だったことも」
「そうだろうな。私も姉上と過ごした日々をつい先刻のように覚えている。姉上は言動こそ王族に似合わぬ粗暴な様子だったが、私には優しかったのだ」
彼は穏やかな口調でそう告げる。その姿はどこか小さく、ユーリの目に映った。今はきっと一人の弟として昔の日々を想起しているのだろう。
しかしその表情は一瞬にして様変わりする。
「だが、姉上は突如として現れた冒険者を名乗る男に連れられて出ていったのだ。私は未来永劫、あの男の顔を忘れることはないだろう」
それ以前から二人が人目を憚って逢瀬を繰り返していたことは分かっていた。その決定的な瞬間を偶然目にしてしまったのだ。
とはいえ、それが姉の望んでいたことだと思うと恨みきれないのだった。
「おっとすまない。こんなことは息子のお前には関係のないことだ。さて、話もここらで終わりにしよう。ユーリも時間の惜しいことだろうしな」
そう言ってから、しばらくの間沈黙が流れる。
「……城の者を全て下げてしまったから呼びに行く者がいなくなってしまった。すまないが呼び戻してくれないか?」
「……はあ、分かりました」
こういった機会は少ないのだろうか。何か合図でも取り決めておけばよいのに、そう思いつつユーリは兵士やらを呼びに部屋を出る。
「うわっ!」
扉を開けるとそれにつられて大臣が倒れた。どうやら聞き耳を立てていたらしい。
「い、いや、話の内容など聞いてはおらぬぞ!」
それはそうだろう。そうでなければ部屋から出てくると分かっているにもかかわらず、扉の近くに突っ立っているなどという頭の悪い真似はしないはずだ。
「くだらないことはいいですから、陛下がお呼びですよ」
見送り、後を歩いて追いながらユーリはため息をつく。そもそも内容を聞いたかどうかではなく、盗み聞きしようという行為が問題なのではないか。
とはいえ面倒だったので、口止めでもされない限りは不問にしておこうと思うのだった。
――――――――
「さて、カンポ村のユーリよ」
「お言葉ですが、国王陛下。出自を問われたためお答えしましたが、その村の名を口にするのはやめていただきたく存じます。あまり良い記憶がないもので」
「そうか、では改めよう。勇者ユーリよ、聖剣に選ばれし稀有なる存在よ、魔王を打倒して参るのだ」
「仰せのままに」
ユーリは頭を垂れる。その腰には、先代勇者が手にして魔王と戦ったとされる聖剣が下げられていた。女神の加護が為されたというそれを、ユーリは城内へ立ち寄った際に引き抜いていた。
それこそ、「ついで」感覚だった。
なぜなら彼には自分自身が勇者だということを精霊から伝えられ知っていたからだ。そのため勇者にしか抜けないと言い伝えられている聖剣を抜き去るには一切の躊躇もなかった。
『ユーリさん、城には学者の方とお話に来たんじゃ……』
『そのつもりだったけど、あんまり収穫も無さそうだったしね。イーリスもそんなに身構えなくて大丈夫だからさ』
魔法について聞きたいことがあったが、思いの外研究は進んでいないらしく、それならばこの大陸の東に位置する王都より反対側の研究所へ行く方がいいだろう。
それに、聖剣を手にした影響か、今は特別な勇者の力もある。ユーリと契約を交わした精霊――イーリスは主を気遣うがいらぬ心配だったようだ。
「一人では困難もあるだろう。そなたに王国随一の戦士を遣わせよう」
そしてユーリの元に現れたのは赤く派手だが頑丈そうな防具を着こなす戦士風の男と、杖を持ち白いワンピース風の衣服を儚げに纏い、水色のマントを首に余らせて羽織った女性だった。
『あれが……王国随一?』
『どうかしたの?』
『あっ、えっと……いえ、私の勘違いであればいいのですが……』
不安げな様子の彼女に、ユーリは首を傾げるばかりだった。
はっきり言って戦況は良くなかった。いや、傍から見ればユーリ達が優勢なのは明らかだろう。
だが、彼らの中で明確に断裂の音が聞こえていた。
「そっちに行ったよ!」
ユーリが中身のない鎧型の魔物と剣を交えていると、違う一体がその横を走り抜け、仲間の元へ迫る。
「任せろ!」
戦士の男がそれを受ける。が、想像以上に鎧の押す力は強く、次第に押し負けそうになる。
「援護します! 『ファイア』!」
炸裂した魔術師の女性による下級が魔物へと迫る。しかしその炎は鎧の魔物だけを対象としておらず、戦士の男を巻き込み豪炎を上げる。
「があぁッ!」
吹き飛ばされた戦士は呻き声さえ十分に上げられずに倒れる。そこへ未だに健在な鎧の魔物が近づき剣を振るう。巻き込んでおいて致命傷すら与えられないとは、ユーリも呆れるばかりだ。
ユーリは瞬時にその剣を受け、一振りで魔物を仕留める。さらに自身目掛けて飛んできた火球を聖剣で霧散させると大きくため息をついた。
傍らで座り込む魔術師はしきりに謝罪の言葉を述べていた。
問題は戦闘だけではない。
「先程はすみませんでした……」
その言葉を聞いて、どれくらいたっただろう。魔術師として回復も担っている彼女だが、火属性であるその女性は魔力により身体を活性させ治癒するという手法をとる。
活性自体、その被術者の生命力に依存するため、ある程度時間が掛かっても仕方のないものだったがそれにしても遅すぎる。
これでは日が暮れてしまう、とユーリは腹立ちを覚えていた。
移動でさえもそうだった。
「はぁ、はぁ……なあ、ちょっと歩くの速くねえか?」
「これでも遅いくらいだよ。君達こそもっと速く歩けないの?」
「勇者様はお強いからいいですが、私達にはこれが限界です……休息を、取らせてください」
ここでユーリはまたもため息をつく。この二人では魔王討伐に貢献することでさえ難しいのではないだろうか。
ここは一度、帰還するのが得策か。彼は魔法を唱えるため自身の魔力を高めるのだった。




