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22.無条件で信じきれるっていいよな

 ぽたり。

 冷たい雫がニルスの頬を打ち、毒によって失っていた意識が覚醒する。


「アシュ、レイ……?」


 彼女は泣いている、のだろうか。


「どうしてニルスは私に心配させてくれない?」


 それが涙というのは勘違いで、雫はどうやら雨だったようだ。顔の上ではアシュレイが不満そうにしていた。


「どういうことだ?」


「だって、あんな毒食らったらニルスも死んじゃう……そう思ったのに」


「寝たら毒ごと回復してしまうのね。まったく、不死身なんじゃないの?」


 ひょっとしたらニルスは粉々にされない限り死なないのかもしれない。まさに化物という名が相応しかった。


「そういえば昔に毒のようなものを食べたことがあるな」


 それでも平気だと本能が理解していたから、毒を持つポイゾナスフロッグを食せると思ったのだろう。


「はあ……でも帰ったら改めて解毒する必要があるわね。ニルスの体、毒が循環してるわよ」


「え……」


「もう、毒っていうのは体に流れる水……血の循環を阻害するの。なのに、同じように毒を循環させるってどういう状況よ」


「もはや毒にすら傷つけられないということ」


 アシュレイは得意気だった。彼女の言う通り、毒に対する抵抗が強ければ体は正常に働く。もちろん、一般人は解毒の処理を行っての話だが。

 それを多量の毒を抱えたまま日常的に過ごすなど人間にはあり得ない話であった。


「でもやはり解毒はしといたほうがいいわね」


「それなら任せて。『ドレイネイジ(排水)』」


 アシュレイは体内の毒を浄化するのではなく、排出してしまう方法を選んだ。しかし毒を含んだ体内の水のみを取り出すにはそれなりの技術が必要だ。

 それだけでなく、


「駄目よ、ニルスには魔力が通りにくいじゃない」

「それなら……こうする。ニルスも受け入れてくれるとやりやすい」


 すると彼女はニルスへと体を寄せて腕を背に回す。抱きつくような形で魔力を繰り出す。そうして余すことなく浸透させた排出の魔法によって毒が体外へと出ていく。

 その際に皮膚を破って外へ出ていくため、血も吹き出る。


「止血はする」


 腰のポーチから布を取り出して出血箇所に巻き付けていく。


「ありがとう、至れり尽せりだな……ってなんで全身?」


 布は全身に渡って巻かれていた。もはやそれだけの量をどこから持ってきたという疑問も湧く余裕がない。


「全身から血が吹き出してたら仕方ない」


 これならば眠りについたほうが早かったのだろうが、この先いつ眠れる状態を作れるかわからない。睡眠は温存しておくべきだとアシュレイは考えたのだ。


 包帯を巻かれ、全身包帯男と化したニルスはアシュレイと手分けしてそこらに転がる魔石を拾っていった。その中に一際大きい物が目を引いた。

 恐らく、女王蜂のものだろう。これだけの大きさならばしばらくは食費に困ることもない。


 そしてニルスは自身の体が異様に軽いことに驚愕を覚えていた。どうやら毒が体内を回っていたというのは本当らしい。それらはニルスを死に至らせないまでも、常に水面下で動きを阻害していたのだ。


「それにしても受け入れるってどういうことなのかしら?」


「ニルスは体質的に魔力を受けにくい。でも、ニルスが心を開けば通りやすい気がする、たぶん」


 闘技場における肉体の損傷の全てがニルスの体質を変えてしまった。魔法だけではなく元素への耐性もつき、つまり物理的な損傷も受け付けないようになったのだ。

 魔法の受け入れに関しては、旅の最中にアシュレイが偶然気がついた。治療の仕方も同様である。


「なるほどね。確かにニルスが魔力を受けようとしているときは魔孔、っていうのかしら、閉じていた壁が開くような感じがしたわ」


 それでも意図的に魔力を通すように意識することにはまだまだ修行が必要そうだと、アシュレイは思った。




 それからニルス達はギルドの受付へと魔物から剥ぎ取った部位を袋に携えて立ち寄る。回復できないとはいえ、止血くらいならば容易らしく、その頃にはニルスの包帯も既に外れていた。


「依頼達成の報告でしょうか?」


「はい。ポイゾナスフロッグ掃討の依頼を」


 ニルスの返答の後、アシュレイが小瓶に詰めたカエルの毒液を受付に差し出す。


「確かに受け取りました。この件は排除の依頼ですので、報酬は調査を行ってからになります。バッジをお預かりしてもよろしいでしょうか」


「分かりました。それともう一つ」


 ニルス達は徽章を渡すと袋から針を取り出した。


「ギガホーネットの毒針なんですが、同じくラーゴ湖のほとりで遭遇しまして」


「あっ、少々お待ち下さい」


 受付の女性は驚いた顔を見せると奥へと入っていく。そして急ぎ足で戻ってくる。


「失礼しました。確かに、討伐依頼が出ていたようで、こちらも調査の末、報酬をお渡しいたします。しかし、依頼自体赤等級のものでしたので……よくご無事でしたね」


「倒したのはこっち」


「は、ニルス様が……?」


 彼女は明らかに驚いている。その目は彼のバッジと顔を行き来する。紫等級がまさか倒せるはずもないと思っているのだろう。

 しかしアシュレイが嘘をつく理由など、彼の等級を無理矢理にでも引き上げる以外に考えられない。


「これでニルスも昇級間違いなし」


 受付嬢はその線が濃くなったような気がした。


「い、いえ……それが、ニルス様が今後昇級なさることはありません」


「え?」


「いえ、あの……それだけの実力があれば、いずれ赤等級にもなると思われますので言わせていただきますと――」


「待って。昇級できないのに赤等級ってどういうこと」


 アシュレイが引き留め、説明を求める。


「はい。ギルドでは等級分けがされていますが、紫と赤だけは特別なんです。紫というのは戦えない者を暗に示していて、試験の際に戦闘能力がないと判断された方がなり、事故を防ぐため昇級ができない仕組みになっているのです」


 紫等級の冒険者には薬草の採取やパーティー内でのサポートが推奨される。戦いのできない者の等級が存在するのは、その方面で需要があるからだろう。


「赤は?」


「詳細は申し上げられませんが赤等級へはただでは昇級できません。ある条件と赤等級の方の推薦が必要になります。それを満たせば、たとえ紫等級の方でも色変えは可能かと思います。何しろその条件というものが実力を示す上で非常に判断しやすいので」


「推薦とある条件か……」


 そんなもの一体誰にされればいいというのか、そもそもその条件というのも全く心当たりがない。

 これでは当分は紫等級のままだとニルスは内心ため息をついた。これといって等級に拘りがあるわけではなかったので、構わないとも思っていたが。


 受付嬢も重要な点さえ除けば話してもいいと思っていて持ち出したのだ。本当に実力があるなら自力で辿り着けるはずだから。



「あっ! アシュレイじゃない。何やってるの?」


「……カーラ」


 ニルス達が帰路に着こうと踵を返すと、そこへ現れたのは男二人を引き連れた、やたらと着飾っている女性だった。目が覚めるような色合いのきつい赤いコートに、肩には触り心地の良さそうな白い綿毛を身に着けていた。

 あの格好で冒険者をやっているというのだろうか。


「あれ、横にいるのがニルスって人?」


「なるほど、アシュレイがパーティーを脱退した理由ってやつか」


 取り巻きの男がニルスを目を細めて見る。訝しげにする理由は、以前に同パーティーとして親しくしていたアシュレイがなぜ目の前のニルスと共にいるのかという疑問からだ。


「等級、紫じゃない。そんな男のために抜けたっていうの? よっぽど好きなのね」


「好きじゃない。愛してる」


 アシュレイはそう言って指にはめられたリングを見せる。光を反射して煌いたそれと、アシュレイの変化の乏しい表情を見てカーラは失笑する。


「あははっ、よくもそんな恥ずかしいセリフが言えるわね」


「にしても紫って、冒険者のゴミだぜ」


 笑うのは髪の毛を逆立てたもう一人の男だった。ニルスは黙っていられず不満を口にする。


「ゴミとは心外だな。人は見かけの称号で判断するものじゃないと思うが」


「はあ? その色が何よりもの証拠だろ」


「マリユス、そんなのに構ってないで行きましょ」


「おっと、俺達は今からドラゴン討伐に行かなきゃならないから暇じゃないんでね。これで失礼する」


 マリユスと呼ばれた男がそう告げると三人は去っていく。その影から男が気づかぬ間に現れてニルス達を横目で見る。

 鋭い眼光と歪んだ口角。先が僅かに曲がった小型のナイフを携えている。


「新しくこのケヴィンも入ったことだし、ドラゴンなんか一捻りしてきちゃうから。薬草でも摘んで待っててー」


 笑いながら振り返るカーラ達を無言で見送る。アシュレイはその姿を見つめつつ、声を発した。


「ニルス」


「ん?」


「薬草採りに行こう」


「えっ」



――――――――



 そして、二人はいつしか再会した時の草原に来た。そんな中一心に薬草を採取するアシュレイ。その姿を見て、ニルスはどう対応すべきか決め倦ねていた。


「そんなに必死になることなのか?」


「カーラ達がドラゴン討伐してる間に大量に採っておく。そしたら私達が薬草をこんなに採れるくらい時間がかかったのか、って言い返せる」


「私怨が混ざってるぞ」


 アシュレイも彼らの言い方に思いの外腹を立てていたらしい。そこらの大地から緑が無くなりそうなほど、薬草を引っこ抜いている。


「ニルスが悪く言われたのは許せないから」


「えっ、俺?」


「うん。ニルスの事、何にも知らないくせに」


 怒りの原因はニルスだったようだ。


「いや、俺のことは良いから、夕飯食べに帰ろう。リナ達が待ってるぞ」


「そうよ。そんなことしてもニルスじゃなくてアシュレイの憂さ晴らしになるだけじゃない」


「……分かった」


 アシュレイもその通りだと思った。自分がいかに気が晴れてもニルスには全く関係ないのだ。

 ヴィオレッタは「それにしてもアシュレイって中々大胆よね」とニルスの頭上を回りながらアシュレイを評価する。

 とはいえ、ニルスのことを率直な意見で表すのはアシュレイにとって当然の行為だったが。



 そうして今晩の献立を期待しながら帰宅した彼らには、そのことなど跡形もなく吹き飛んでしまうほどの思わぬ衝撃が待っていた。


「お、帰ってきたか、ニルス」


「おかえり、ニルスにアシュレイ。元気だった?」


 それは、アシュレイでさえ見覚えのある顔ぶれ。軽薄そうに手を挙げて歓迎する男性と、快活そうだが慈愛の満ちた笑みを浮かべる女性だ。


「兄ちゃん驚いた? お父さんとお母さんが、生きてたんだよ!」


 彼らの両親であるスティードとリゼットである。そのような突然すぎるリナの言葉にニルスはただ耳を疑うことしかできないのだった。

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