クレイグ③
クレイグは、突然に星々の光を浴びて、しばし自失していた。
星々からのほのかな光は、闇に慣れたクレイグのブルーグリーンの瞳には、焼け付くほどにまぶしく見えた。
そして、笑いが込み上げてきた。
俺はいま、異星人とファーストコンタクトをしている。しかも、半端な異星人じゃない。 まず、生命の体系が根本から違っている。というか、地球の科学では、おそらくこの異星人について理解しようとしても歯が立たないだろう。
そして、彼らはおそらく万能だ。それが彼らの科学力なのか、もって生まれた能力なのか、あるいはそのどちらでもないのか、それもまたてんで分からない。ただ、きっと何でもできるのだ。それなら。
――フィッシュアンドチップスが食べたい。
クレイグは念じた。
――油でべとべとの、安っぽいヤツ、場末のパブで売っている様な。
次の瞬間には、目の前に、フィッシュアンドチップスが浮かんでいた。揚げたてで湯気がたち、油でべとべとの、フィッシュアンドチップスだった。
――部屋だ。
クレイグは希望を浮かべる。
――何もないところに浮かんでいるのは、つらい。部屋を用意してくれ。部屋の様子は、ニューヨークのプラザホテルのスイートだ、分かるか? それに、重力だ。地球にいるように、その部屋でくつろぎたい。
瞬きをする間もなく、クレイグはホテルの一室で、ベッドに横たわっていた。だが、窓の外はさっきまでと同じ宇宙が拡がり、星の光が差し込む。
――ビールだ。ちょうどよく冷えた黒ビール。ギネスが飲みたい。一パイントだ。
それからクレイグは、リビングに移り、適度に冷えたギネスでフィッシュアンドチップスを流し込んだ。その後、熱いコーヒー、苦みの強いコロンビアをゆっくりと時間を掛けて飲んだ。そして、熱いシャワーを浴び、髭を剃り、プラザホテルのバスローブを着て、今度はライムを多めに絞ったダイキリを飲んだ。
いっそ、本当のプラザホテルに移送してもらおうか。いや、ハワイでもカリブでも、おそらくどこへでも移送してくれるだろう。
――この異星人は、接触した地球人の希望を何でも叶える。であれば、俺は異星人に何を望む? 金か? 権力か? 美しい女か? あるいは、不老不死か?
いや、やり直すか、人生を。
宇宙空間での事実上の戦争状態に関与する前に、テロを辞さぬ工作員になる前に、ハニートラップにかかる前に、ケンブリッジで教授と飽きもせずに議論を続けていた時代に。
だが、そこまで戻ったところで、うまく人生の選択を変えられるようには思えなかった。自分は自分であり、ハニートラップにかからなかったとしても、結局はどこかで真っ当な研究者、エンジニアとしての道を踏み外してしまうだろうという強い予感があった。根拠があるものではないが、自分のことは自分で分かるとクレイグは思った。
自分は間違いなく同じ道へと流れていく。
では、このまま何も望まないとしたら?
小型船に戻り、生命維持機能が失われるとともに死ぬ。あるいは、ガスに取り込まれ、消滅していく。その時、魂はどうなるのだろう。消滅してしまえば、魂も失われるのか?
――魂! ずっと無神論者だった俺が、魂を気にしている!
クレイグは、可笑しくて堪らなくなった。クレイグは笑い出した。軽く一万ドルはしそうなソファの上で身を捩り、涙が出るほどに笑った。
ひとりきり笑って、笑い終えてから、クレイグは尋ねた。
――これは希望ではなく質問だ。魂は、存在するのか?
クレイグはそして、答えを待った。