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最後の祈り  作者: Yuki-N
7/12

クレイグ②

 時間の感覚がない。小型船のコックピットから自分が「消滅」して、どれくらい経ったのかも、よく分からない。ただ、何もない闇の中で、意識が、記憶が、どんどん引き伸ばされていくのを感じる。そこに、何か、とても気持ちの良い感覚が浸み込んでくる。それとともに、古い記憶たちが蘇ってくる。

 森だ。

 アイルランドの祖父の家はダブリン郊外のアパートメントにあった。だが、祖父の先祖代々の家が残っていて、クレイグは子供の頃に何回か遊びに行った。絵本の中では妖精がいるとあったが、いたのは虫と小鳥たちだけだった。

 良い場所か? たしかに良い場所だろう。そこに生まれ育った人たちには。でもそこは、クレイグの場所ではない。

 次にクレイグは、イングランドのパブリックフットパス、小川沿いに続く幅の広い緑地を歩いている。柵の向こうには牧草地が拡がり、羊たちが草を食んでいる。初夏のエバーグリーンは、魔法にかけられたように美しかった。

 ケンブリッジにいた時、ガールフレンドとフットパスを歩いた。並んで草の上に座り、サンドイッチを食べた。悪魔のように課題は出たが、教授とは馬があった。充実していたし、楽しかった。

 帰るとすれば、ここだろうか?

 だが、教授はとうに亡くなった。ガールフレンドたちとは在学中にみんな別れてしまい、今どこでどうしているのかも知らない。もう彼女たちに対しては、興味すらない。今更帰ったところで、自分を迎えてくれるものは、誰もいない。

 同じようにコスモポリタンな育ちをしても、多くの友を作り、絆を得て、帰る場所をたくさん持っている者たちはいくらでもいる。自分は、どうしてそうなれなかったのか?

 どこで道を誤ったのか、クレイグには分からない。道を「誤った」のかすら、定かではない。


 どれくらい経った頃か、記憶の波がいつの間にか引いていき、再びクレイグは闇に包まれていた。

 独りだった。

 ――おい!

 クレイグは呼びかけた。声が出るわけではない。ただ、強く思った。気配がある。

 ――いるんだろう? そこに。

 答えはない。

 ――お前は何者だ?

 やはり、答えはない。

 ――わかった。

 気が遠くなるほど待った後、クレイグは諦めて、やり方を変えることにした。

 ――今から、可能性を二つ挙げる。現実は、そのうちのいずれかかもしれないし、そうでないかもしれない。でも、とにかく挙げてみる。その一。ガス状の物質の成分は分からないが、ともかくそれが、人体に何らかの影響を及ぼして、俺は一種の催眠状態に入っている。この意識は、催眠状態の中でのものだ。だが、船の生体維持機能はあと数日で切れる。そうなれば、生物学的に俺は死ぬ。それとともにこの催眠状態も終わりを告げる。

 クレイグを包む闇に、何も反応はない。

 ――以上がその一。その一は、おそらくは、より常識的な現状解釈だ。その二。こっちは、突飛な解釈だ。ガス状の物質は、ただの物質ではない。意思をもった何か、地球上の生命体とは異なったタイプの生命体、ひらたくいえば宇宙人のようなものだ。君たちは、漂流している地球人に興味を持った。だから、宇宙船から取り出してみた。そして今、地球人がどんなものなのかを、調べている。

 やはり、反応はなかった。

 ――いろいろ言ってみても、張り合いがないな。

 少し考えてから、クレイグは言った。

 ――じゃあ、勝手に希望を言わせてもらう。まず第一に、真っ暗で何も見えないのはつらい。周囲には、星の光があるはずだ。星を見せてくれ。

 そして、クレイグは、星々の光に包まれた。


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